♯179 幸せ家族計画

 フィオナとソフィアは話し合いを終えると、廊下に出てクレスとメイドと共にいつものお茶会を始めた。クレスもメイドも事情を知っている身ゆえ、フィオナとソフィアは何ら隠し事をする必要もなく、四人での茶会はいつも以上に盛り上がった。


 そこでソフィアがこんなことを言った。


『ここにいる四人は、秘密を共有する仲間です! わたしにとっては特別なものだから、これからも仲良くしてね! あっ、もちろん他のみんなとのお茶会も好きなんだよ! でも、全部話せるのはこの四人のときだけ、ね!』


 ソフィアのウィンクに、クレスもフィオナもメイドもそれぞれに応えた。

 こうして、楽しい夜のひとときはあっという間に過ぎていった――。



◇◆◇◆◇◆◇



 夜は更けていき、もう街の子供はほとんど眠っているような時間になっていた。

 そんな時間に家へと戻ってきたクレスとフィオナを待っていたのは、夫婦のベッドの上でころんと丸まって寝息を立てているレナだった。

 物音で二人が帰ってきたことに気づいたらしいレナが、寝ぼけ眼をこすりながら身を起こす。


「……んん。おかえり……。もう、遅いよ……。せっかく、旅のお話ちゃんと聞こうと思って待ってたのに……ふぁぁ……」


 あくびをするレナをフィオナがぎゅうと抱きしめて、レナが「わっ」と声を上げた。それからは、久しぶりに三人で話をする時間が持てたのだった。



 昼にちょっと話をした後、どうやら遅くまでアカデミーで勉強をしていたらしいレナは、クレスとフィオナから旅の話を聞こうとこの家にやってきたらしい。だが二人の姿がなかったため、掃除などをしながら待っていた途中に寝てしまったようだ。レナは、二人が旅で家を空けているときもちょくちょくやってきては、エステルやセリーヌ、リズリットたちと一緒に家の掃除をしてくれていたとのこと。

 確実に成長している娘の姿に感動したクレスとフィオナによって存分に甘やかされたレナは、「そこまで褒めなくていいよ!」と顔を赤くしたのだった。


 その後、三人がテーブルを囲む中でフィオナが突然こう切り出した。


「あの、ちょうど三人揃いましたので、お話があります」

「ん?」「なに?」


 クレスはキョトンとした顔で、レナはホットミルクのカップを持ちながらまばたきする。


 するとフィオナは、真剣な眼差しで告げた。



「――『家族計画』を立てましょう!」



 クレスとレナが、お互いに呆けたような顔で「えっ」と反応する。


 それからクレスが声を掛けた。


「ええと……フィオナ? その、『家族計画』というのは……?」

「はい! つまり、わたしたちの今後についてのご相談です!」

「今後について……?」

「はいっ!」


 フィオナは、なんだかキラキラした目でぐっと両手を握りしめながら話す。


「旅行中からずっと考えてはいたのですが、さっきソフィアちゃんといろいろなお話をして、改めて自分がまだ子どもで、考えが甘いんだと思いました。やっぱり、これからの家庭のことをあらかじめ想定しておくことがとても大切だと思うんです」

「う、うん。そうか。しかしそれは、具体的にどういう……?」


 そう尋ねたクレスに、フィオナはワクワクを隠しきれない表情で魔力を高めていく。

 そして彼女の頭部にクインフォの耳が出現し、着ていた服がウェディングドレスに変化した。《ブライド》状態へと移行したのである。旅の途中に練習していた甲斐もあり、スムーズに変移することが出来たが、これには特にレナが驚いて固まった。


「うわっ。な、なにそれ。――あ、それが、お昼に学校で言ってたやつ……?」

「うん、そうだよレナちゃん。《結魂式魔術メル・ブライド》って言うの。簡単に説明するとね、この状態だと魔力がぐーんとパワーアップするのです!」

「説明が簡単すぎ……。まぁいいや。で、それが関係あるの?」

「うん!」


 フィオナは嬉しそうに微笑みながら、手を組み合わせて話しをする。


「この状態なら……魔力がより安定して、心身共に健康なこの状態のときでなら、きっとわたしも子どもを授かれると思うんです。クレスさんとの、大事な子どもを宿すことが出来ると思うんです」

「フィオナ……」


 フィオナはクレスの方を見てにっこりと微笑み、それからほんのり頬を赤らめた。


「で、でもですねっ、その、やっぱり子どもは計画的にと言いますか、子どもの将来のためにも、まずは夫婦であるわたしたちが、自分たちのことを考える必要があると思うんですっ」

「なるほど……俺たちの……か」


 クレスがテーブルの方に目を落とす。そこに置かれていたのは、先ほどメイドから受け取った開業届である。隣のレナも不思議そうな目で紙を見つめた。


 フィオナはうなずき、続きを口にする。


「もしもクレスさんと一緒にお店を始めることになったら、開店の準備でとても忙しくなると思います。お店を軌道に乗せることが出来るかどうかもわかりませんし、少なくとも、しばらくは今までみたいに安定した暮らしではなくなると思うんです。もしもその状態で子どもが出来てしまったら、と考えまして……」

「――うん、確かにそれは良くないかもしれないな。母子ともに負担を掛けてしまうことになるだろう」


 納得してうなずくクレス。もしもの話ではあるが、まさか身重のフィオナに大変な仕事をさせるわけにはいかない。かといってフィオナがいなければ店を開くことなど不可能だ。子作りと店作りを同時に行うことは難しい。クレスはそう考えたようだった。


 フィオナはさらに気合いの入った表情で続けた。


「あっ、でももちろんクレスさんとの子どもはとてもほしくて、その、お嫁さんとしてもお母さんとしても、と、とっても頑張るつもりではあるんです! 立派な母親ママになるための活動――『ママ活』に取り組む気はまんまんです!」

「『ママ活』!?」


 聞き慣れない謎の単語に衝撃を受けるクレス。

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