♯177 二つのペンダント
やがてソフィアが落ち着いたところで、二人は笑い合う。そこには温かい空気が流れていた。
ベッドに並んで腰掛けたまま、ソフィアが足をぱたぱたさせながら話す。
「そっかぁ。フィオナちゃんのお母様……イリアさんが代理出産してくれたんだね。んっ、さん付けじゃ娘として失礼かなぁ? じゃあイリアママで!」
明るくそう言ったソフィアに、フィオナはくすっと笑う。自分の母をママと呼ばれるのはなんだか不思議な気分だった。
「それじゃあきっと、イリアママがお母様の親友だったんだね。お母様、たまに話してくれたの。とっても大切な親友がいるんだって。だからソフィアも、友達が出来たら大切にしなさいって」
「そうなんだね。わたしのお母さんも、ミネット様のことすごく嬉しそうに話してくれたよ。過去の記憶でも少しだけお姿が見られたけど、ミネット様はやっぱりソフィアちゃんによく似ていて、とっても綺麗な人だよね」
「んふふ、そうでしょそうでしょ! でもイリアママだって絶対キレイだったのわかるよっ。だって、娘のフィオナちゃんがこれだけキレイなんだもん! さすがもう一人のお母様!」
「ふふっ、ありがとう。なんだか、家族を褒め合うのってちょっと照れるね」
「あはは、そうかも!」
またにこやかに笑い合う二人。その距離は、以前よりずっと近くなったようであった。だからフィオナは、勇気を出して良かったと心から思った。
そこでソフィアが足のぱたぱたを止めて言う。
「――ね、フィオナちゃん」
「? どうしたの?」
「フィオナちゃんがお姉ちゃんになってくれたのはすっごく嬉しいけど、でも、やっぱりこのことは秘密にしようね」
「あ……やっぱり、知られちゃったら大変、だよね?」
フィオナがそう確認すると、ソフィアはフィオナの顔を見て大きくうなずいた。
そしてフィオナの方にその顔を近づけ、真剣に眉尻を立てて言う。
「そうだよっ。特にレミウスみたいな教会関係者に知られたら絶対大変なんだから! わたしはともかく、フィオナちゃんとクレスくんが今の生活を続けられなくなっちゃう。それだけは絶対やだ! だから秘密です! お願いします!」
「ソフィアちゃん……」
やはりソフィアが真実を隠してきたのは、クレスとフィオナのためを想ってのことのようだった。
彼女の気持ちを無下にするわけにはいかない。それに皆を混乱させるのもよくはないだろう。フィオナはすぐにうなずいて返事をする。
「うん、わかったよ。あ、クレスさんだけはもう知っているんだけど……で、でもクレスさんは絶対他の人にバラしたりしないから安心してね!」
「あはは、もちろんクレスくんだけはいいよ。世界を救った勇者様だし、大切な姉の旦那さんなんだから。二人の間で隠し事なんてさせられないよ。それより、うちの方もメイドにだけは気付かれちゃってましてねぇ」
「え? いつもソフィアちゃんと一緒のメイドさん?」
驚いて何度かまばたきをするフィオナ。
ソフィアは小さなため息をついてから話す。
「そそっ。あの子って本当に有能でね、わたしのことすごくよく見てるの。例えばわたしが料理を口に運ぶ順番とか、どのタイミングで水を飲むかとか、いつトイレに行きたくなるかとかまでわかってるし、わたしの身体がいつどれくらい成長したかまで知ってるんだよ? 身長も体重も髪の長さもおっぱいの大きさもだよ! もうわたしよりわたしのこと知っててちょっと怖いよ! あの子スパイだったらヤバイよって感じ!」
「ええっ? そ、そこまで? すごいね。でも、確かにしっかりしている人に見えるなぁ」
「あの子を本国に返したら危ないかもって教会幹部が話し合うくらいだよ。ただしっかりしすぎてるから徐々にわたしもあの子のやりそうなことがわかってきててね。例えばねぇ……おーい!」
そこで突然、ソフィアが寝所の扉の方へ声を掛ける。
「ちゃんと見張っててねー!」
すぐにコンコン、と短く二回扉を叩く音がして、その後さらに一回コンと音が鳴った。
これはソフィアと専属のメイドだけが把握している『承知致しました』の合図であり、この合図が返ってきた時点で外にいるのがあのメイドであることがソフィアにはわかるのだ。
「ほらね、やっぱりいた。たぶん、クレスくんも一緒だよ」
「ええっ? ク、クレスさんも? よ、よくわかったね、ソフィアちゃん」
「んふふ、簡単な想像だよ。わたしはみんなに入らないでねって言ったけど、そう言われたら入りたくなっちゃうのが人でしょ。聖女の寝所を盗み聞きするなんて大罪だけど、ひょっとしたら間違いを犯す人もいるかもしれない。もしそれで今までの話を聞かれてたら大変だもん。あの子は、万が一にもそういうことがないように備えてるんだよ。あの子だけはわたしたちの秘密を知ってるから、今までの話が聞こえちゃってても問題ないしね。ちゃんとそこまでわかっててそこにいるんだよ」
「ほわぁ……す、すごいね。メイドさんもだけど、ソフィアちゃんもそこまでわかっちゃうんだ……」
「ずぅ~っと一緒にいるからね。もう家族みたいなものだよ~」
「そっかぁ。……ふふっ、家族って、良いね」
フィオナが微笑みかける。
するとソフィアが「んふー」とにやけた顔をしてフィオナに飛びついてきた。その勢いで二人はベッドの上に倒れる形になり、フィオナが「きゃっ」と短い声を上げた。
下敷きになったフィオナがパチパチとまばたきをする。ソフィアはフィオナの胸に顔をうずめてすりすりしていた。
「ソ、ソフィアちゃん?」
「わたしたちも、今日からは家族だもんっ。だから、二人きりのときだけはいっぱいくっついちゃうのだ!」
「……ふふっ。でもソフィアちゃん、今まで二人だけじゃないときもくっついてきていたよ?」
「それはフィオナちゃんの母性が悪いのー! 甘えていいよって顔してるし、そういうフェロモンが出てるんだもんっ」
「フェロモンっ? そ、そうなの?」
「そうなの♪ あ、でもわたしにとっては母性じゃなくて姉性になるのかな? ともかく、甘えてもいいって言ってくれたんだからいっぱい甘えちゃいます!」
そう言った後、フィオナに覆い被さっているソフィアの表情がちょっぴりだけ不安そうに曇った。
「……えっと、い、いいんだよ……ね? ……お姉ちゃん」
「はうっ」
潤んだ瞳でそう訴えかけられて、フィオナの母性ならぬ姉性が急激に高まった。初めて目の当たりにする“妹”の愛らしさ。クレスやレナのときとよく似た、しかしまた少し別の庇護欲のようなものが爆発し、胸がキュンキュンしてしまう。
だから、返事の代わりにソフィアを抱きしめた。ソフィアは一瞬だけちょっぴり驚いた声を上げたが、すぐにフィオナを抱きしめ返し、お互いに「えへへ」と笑みを浮かべる。そんな二人の笑顔は非常によく似ていた。
そのとき、フィオナの首に掛けられていたイリアのペンダントがキラリと光を反射して輝いた。
ソフィアはその輝きを見て、「あっ」と声を漏らす。
「フィオナちゃん、そのペンダントって――」
「あ、これはね、お母さんの形見なんだよ。なくさないように着けていたんだけど、他にもね、いくつか嫁入り道具を持って帰ってきて……」
「ちょ、ちょっと待ってて!」
「え?」
突然ベッドから飛び降りたソフィアは、ベッドサイドの棚の鍵が掛かっていた引き出しを開け、ごそごそと中身を探る。そして何かを手に戻ってきた。
「これっ!」
「――あっ」
ソフィアの手に乗ったものを見て目を見開くフィオナ。
そこには、今フィオナが掛けているものとまったく同じペンダントがあった。
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