♯159 聖女さまは癒やされたい
――聖都。聖エスティフォルツァ城にある聖女の寝所。
時間は少々戻り、クレスとフィオナが星空デートをしていた日の夜。聖女専用の大きなベッドの上で、本日の公務を終えたパジャマ姿の聖女ソフィアが、キツネのぬいぐるみを抱っこしながらゴロゴロしていた。
「もっふもふだぁ~~~。いいなぁ可愛いなぁ。本物の動物も飼ってみたいなぁ」
献上品であるぬいぐるみをもふもふしまくるソフィア。もふもふもふもふしまくった。
聖都で動物を飼っている者はそう多くはないが、大抵が生活に余裕のある貴族層だ。ソフィアは街でたまに犬や猫を見かけるともふもふしようとするが、そのたびに飼い主の貴族が恐れ多さに困惑するまでがセットである。
特に聖域であるこの城には厳しい掟により動物が入ることは許されないため、ソフィアは常から動物愛に飢えていた。かつて
「はぁ~。せめてフィオナちゃんがいてくれたら、“ぎゅー”も、“もふもふ”もさせてくれるのに……はぁ~~~」
魅惑の恋しい感触を思い出してため息をつくソフィア。
彼女は夜のお茶会にフィオナを誘うたび、フィオナに抱きついては豊満な胸を堪能したり、たまにクインフォ族特有のもふもふなキツネ耳を触らせてもらったりしていた。専属のメイドには「職権乱用のセクハラでは」と釘を刺されたが、まったくの誤解である。断じてそんなことはない。ただ優しい友達に甘えただけだ。女の子同士でじゃれあっているだけなのだ。一緒にお風呂に入ればベタベタくっついたり身体を触りまくったりするが何も問題ないのだ。
ちなみに、唯一城に入ってこられる例外的な動物といえる黒猫モードのショコラはソフィアがもふもふしすぎて逃げ出すようになってしまったため、最近はあまり遊びに来てくれない。ソフィアは悲しかった。
ともかくソフィアは癒やされたかった。公務で荒んだ心を癒やしてほしかった。
「そういえば……フィオナちゃんが子どもを作るために頑張ってるって、前にヴァーンさんが言ってたっけ。そっかぁ子どもかぁ。わたしにも将来出来るのかなぁ。すっごい可愛いのかなぁ。うーん」
キツネのぬいぐるみを抱えたまま、ベッドの上で身体を起こすソフィア。美しいプリズムヘアーがさらりと月明かりで光った。
「まだあんまり想像もつかないけど……わたし、そもそも誰と子どもを作るんだろう! 聖女って結婚出来ないし、そもそも恋愛とか禁じられてるし……あれ? じゃあどうやって作るの? お母様にどうやってわたしを産んだのか聞いておけばよかったなぁ」
むむむ、と頭を悩ませるソフィア。当然、彼女も聖女としていつかは子を授かることになろうが、今はまだ年若い身。何より聖女として完全な力に目覚めているわけではない。話はそれからになるのだろう。
「うーん……まっ、考えてても仕方ないし、今のうちに我が子を愛でる練習でもしとこ! よーしよしよし! 可愛いなぁわたしの赤ちゃん! ほらほら泣き止んで~! ママが一緒にいるよ~! よしよしよーし! あらあらこっちも! そっちも~! ハイみんなママがいるから大丈夫だよ~! ばーぶばぶ!」
キツネのぬいぐるみを赤ちゃんに見立ててその場で練習を始めたソフィア。近くにあった別のぬいぐるみたちも巻き込み、大家族にでもなったかのような光景が繰り広げられる。見ている方が思わず笑ってしまいそうな状況であったが、それを実際に見ていた一人の人物は特に笑ってはいなかった。むしろ呆然としていた。ただ静かに、ぼうっとソフィアを見つめていた。
「…………」
「よーしよしよし! みんな可愛いなぁさっすがわたしの子どふにゃーーーッ!?」
傍観者の存在に気付いて猫の鳴き声みたいな悲鳴を上げるソフィア。キツネのぬいぐるみがすっ飛んでいき、傍観者がそれをキャッチした。
「ちょ、ちょちょちょっとレミウスーーーーっ! いるならいるって言ってよ! 聖女の寝所に勝手に入ってくるなんてぇ!」
「…………あ。何度かノックをし、お声がけしたのですが……。応答がありませんでしたので、やむをえず……」
「見たの!? 見たのね! このわたしの秘密の遊びをぉ!」
「……申し訳ありません」
「めっちゃ恥ずかしい! あんな一人遊び見られるなんてめっちゃ恥ずかしい! レミウスにおむつ替えてもらってた事実より恥ずかしい! うあーん! もうお嫁にいけない! ってお嫁に行くことないんだけどぉー!」
ベッドの上でゴロゴロと悶えるソフィア。可愛い子どもたちがぼとぼとベットの脇から落ちていった。
レミウスはそれらを無言で拾いながら、またベッドの上に戻していく。
ソフィアが赤くなった顔を毛布で隠しながらレミウスをうらめしそうに見た。
「うう……いい年して何やってるんだって思ったでしょ!」
「いえ……」
「どうせわたしは幼稚ですよー! レミウスがいつも言ってる通り、聖女にはまだまだふさわしくない子どもですよー! お母様みたいにはなれてませんよー!」
今度はいじけ始めたソフィア。ベッドに身を投げ出してだらしなく大の字になる。
すると、レミウスがぽつりと一言告げた。
「よく似ております」
「……へ?」
「ミネット様も、ここでソフィア様をお育てしておりました。産まれたばかりで、夜泣きするソフィア様をあやそうと、懸命に抱かれていたのを覚えています」
「……お母様が」
「もちろん、性格もあやし方もまるで異なりますが、それでも……やはりソフィア様は、ミネット様に大変よく似ておられるように思います」
「レミウス……」
そう語るレミウスの目は――なんだか普段よりもずいぶん優しいものだったように、ソフィアには見えた。かつてソフィアの母である先代聖女ミネットが生きていた頃にも、一度だけ見た覚えのある目だった。
すると、ソフィアは一転してニヤニヤとした笑みを浮かべる。
「ふふーん、なるほどなるほどぉ! それじゃあやっぱりわたしは良い聖女になれるってことだよね! だってお母様に似ているんだもん!」
意気揚々と胸を張るソフィア。
レミウスは咳払いをし、淡々と述べた。
「それとこれとは話が別でしょう。ミネット様のようにご立派な聖女になるため、日々ご精進ください。まずは夜更かしをせず早くお休みになっていただきたい。身体に障ります。明朝にも公務がございますので」
「あんなのほほんとした空気から説教始まったぁ! ハイハイ寝ますよ寝ればいいんでしょ~! さっさと出て行ってくださいませ! 聖女はお疲れなのです!」
「承知しました」
仰々しく頭を垂れてから下がっていくレミウス。
その後ろ姿を見て、ソフィアがギョッと驚きに目を見張った。
――彼が寝所を出て扉を閉めると、そこに控えていたソフィアの専属メイドの少女が頭を下げる。
レミウスが軽く手を挙げて横を通り抜けようとしたとき、メイドが言った。
「そちらはお渡しにならなくてよかったのでしょうか」
「……む?」
その言葉を受けて、レミウスはずっと背負ったままの物を下ろした。
ウサギをかたどった可愛らしい背負い鞄。職人が手作りしたもふもふな手触りの高級品で、ソフィアへの献上品である。彼はこれを渡しに来たらしいが、どうやら忘れてしまっていたようである。
しばし沈黙したレミウスは、その鞄をそっとメイドに手渡した。
「……ソフィア様はお疲れのようだ。また明日にでも、君の方からお渡しすればよろしい」
「そのように致します」
レミウスは法衣を翻し、スタスタと廊下を歩いていく。メイドは静かに頭を下げて彼を見送った。
「……なぜ、わざわざ背負っていたのでしょう……」
顔を上げた凜々しいメイドはウサギの鞄をじっと見つめ――周囲に誰もいないことを確認してから、こっそりそれを背負ってみた。そしてすぐに外した。
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