♯155 嫁入り道具セット

 光を辿る二人がやってきたのは、今にも崩れおちそうな廃墟と化した二階建ての家屋。すぐそばにあの『ファティマ』の木が立ち、木造の家は一部が大樹と同化し始めている。それはまるで、ボロボロの家が大樹に支えられているかのような光景だった。


「フィオナ、ここは……」

「はい。わたしの、家だったところです」


 光は、フィオナのかつての家の中を示し続けている。

 二人はうなずき合って、玄関だった部分から内部へと足を踏み入れた。

 石作りのかつての炊事場はまだその形を残してはいたが、他の部屋は劣化が激しく、天井や壁は剥がれ、そこからかすかに太陽の光が降り注ぐ。床板はあちこちが抜け落ちていて、クレスほどの成人男性が歩くには少々危険な場所だ。


 そんな光景はフィオナにとって感慨深いものであっただろうが、今の彼女にはそれよりも気になることがあった。


「フィオナ、光はどうだい? なんだか弱くなってきているような気がするが……」

「は、はい。えっと、こちらに……」


 二人はゆっくりと家の中を歩き、光が示す場所へと辿り着く。

 そこは、一階のある部屋であった。


「ここは寝室でした。父と母と、三人で眠ったことをよく覚えています」

「……そうか」


 クレスがフィオナの手を握る。フィオナはすぐに彼の意志を感じ取り、彼を安心させるように微笑んだ。


「ありがとうございます。でも、どうして光はここを…………あっ」


 何かに気付いたらしいフィオナが駆け出し、クレスもすぐに後を追った。

 フィオナが床にしゃがみ込む。クレスも横から覗いてみると、ボロボロになった絨毯の下に小さな『扉』が見えた。すると、その『扉』を示していたペンダントの光がふっと消えてしまう。


「ペンダントの光が消えた……これは、地下室への入り口か? いや、それにしては小さいな。収納場所……だろうか」

「こ、こんなものがあったなんて知りませんでした。でも、ただの収納場所ならわざわざ絨毯の下に隠す必要はないような……」


 どうやらフィオナにも覚えのないものらしい。

 やがてフィオナはおそるおそるそこへと手を伸ばし――扉を、開いた。



「……箱?」



 つぶやいたのはクレス。

 扉の中に入っていたのは、たった一つの箱だった。多少土に汚れてしまってはいるが、フィオナが土を払うことで元々は白かったであろうことがわかる。


 箱を取り出すフィオナ。

 彼女がその箱の蓋に手を掛けると、クレスは息を呑んだ。このような場所に隠されていた秘密の箱。それを指し示したペンダントの不思議な光。これはよっぽど重要なアイテムが眠っているのではないかと、クレスはそう考えていたようだ。


 そして、フィオナが蓋を開く――。



「やっぱり……! これは、お母さんの『嫁入り道具セット』です!」


「へっ?」



 想像していない言葉だったのか、クレスが間の抜けた声を上げた。


「よ、嫁入り道具?」

「はい!」


 フィオナは嬉しそうな顔で振り返り、クレスへと箱の中身を示した。

 クレスが覗き込んでみると、中には魔術書らしき書物や小さめの手鏡、可愛らしいキツネのぬいぐるみ、ネコやウサギの耳のおもちゃ、布に包まれた包丁、未だに美しさを残すドレスらしきものが入っていた。


「これが……フィオナの母の、嫁入り道具……?」

「はい、間違いありませんっ。小さな頃、何度か見せてもらったことがあるんです。宝物を入れて持ってきたんだって。どこにしまっているのかわからなかったんですが、まさかこんな場所にしまっていたなんて……!」

「そ、そうなのか」


 二人は傷んだベッドの上に座り、『嫁入り道具セット』の中身を改めて確認していく。その間も、フィオナの表情は明るかった。


「懐かしいです……! この手鏡は大切な親友に貰ったって話してくれました。このぬいぐるみは母が小さい頃に祖父からいただいたもの。この包丁とドレスは祖母からの餞別だと、笑いながら教えてくれたことがあります。この動物の耳のおもちゃは……よ、よくわからないのですけど」

「そうか……きっと、どれもフィオナの母にとって大切なものだったんだね」

「はい……本当に、懐かしいです……。いつかわたしが誰かと結婚するときが来たら、この『嫁入り道具セット』を渡したいって、お母さんはそう言っていました。あちらの衣装ダンスもそうなんですよ。さすがに今は、持っていくのは難しそうですが」

「……そうか」


 一つ一つを、愛しそうに見つめて手に触れるフィオナ。これを見つけられただけでも、この村に戻ってきた甲斐はあるのではないか。クレスは強くそう思っていた。


 やがて、箱の底から一通の手紙らしきものが現れる。


「あれ……? これは……見たことがありません。手紙、でしょうか? でも、宛先は書いていませんね」

「そのようだね。むう……し、しかし、人様の手紙を見てしまうわけには……」

「ふふ、遠慮されなくて大丈夫ですよ。母は、あまりそういうことを気にする人ではありませんでしたから。それに……」

「それに?」

「母は、これをわたしに渡したいと言っていました。もしかしたら、母からのメッセージが残されているかもしれません……!」

「なるほど、そうか……! それならばフィオナが見ないわけにはいかないな。少々申し訳ないが、見せてもらうことにしようか」

「はい、そうですよね。お母さん、ごめんなさい。見せてもらいますね」


 一言断りを入れてから、丁寧に畳まれた手紙を開くフィオナ。

 二人は多少興奮したような真剣な面持ちで目を見開く。


 手紙の中に書かれていたものは――



「「……えっ?」」


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