♯147 明日への涙


 レナは夢を見た。


 本当のパパとママと過ごした、幼い頃。

 そこは、魔族たちの暮らす町。家には、笑顔が溢れていた。幸せだった。レナはよく喋り、よく笑う、おてんばな少女だった。


 やがて、戦いが起きた。

 レナの両親はひときわ強い力を持つ魔族。この町を守るべき存在。魔王に仕える者として、戦わないわけにはいかなかった。

 それだけではない。

 レナもまた、戦いに必要とされた。

 幼いレナの身に宿る高い魔力と潜在能力は、戦いに適したものだった。レナが魔力を操れるかどうかは関係がない。戦う素質のある者は前に出なくてはならなかった。それほどまでに、各地での戦いは激化していた。勇者と魔王が邂逅するのも遠くはないと言われていた。


 だから・・・、レナの両親はレナを捨てた。


『すまない、レナ』

『ごめんね……レナ……』


 ――どうして謝るの?

 ――どうしてレナを捨てるの?

 ――どうして二人とも泣いているの?


『レナ……お前は生きてくれ。強く、強く生きてくれ』

『パパもママも、ずっと、レナのそばにいるから。それを、忘れないで。私たちは、いつまでも、レナのことを――』


 ――どうして?

 ――どうしてどうしてどうして! どうしてレナを捨てるの!

 ――イヤだ! イヤイヤイヤイヤイヤイヤっ!


 レナは泣いていた。

 まだ幼すぎたレナには、戦争のことも、両親の考えも、何もわからなかった。

 だから駄々をこね、泣き喚いて、両親の最後の言葉にも耳を貸さなかった。何も聞かなかった。

 両親はレナを友人の魔族に預け、家を離れた。

 町は滅びた。

 魔族の世界にいてはいけない。そうすればいずれ見つかり、戦いに連れ出される。

 だから、レナは人の世界へ行くことになった。

“人”のフリをするように言われた。

 これから世界は変わっていくと言われた。

 たとえどんな世界になっても、生きていかなくてはいけないと言われた。


 レナは独りになった。

 しかし、レナの中には人の血も入っている。魔力さえ使わなければ、レナの外見は人の子どもと何ら変わらない。それどころか、レナの愛らしい姿は皆に好かれた。特に、子どものいない裕福な家庭の夫婦はレナを欲しがった。“かわいそうな”レナを引き取ってくれた。皆、初めは優しい顔で受け入れてくれた。

 しかし、一度でもレナが感情を爆発させると――魔族の力を暴発させてしまうと、そのすべてが離れていった。

 皆がレナを捨てた。


『――こんな子は要らないわ!』

『――危なくて面倒なんかみられるか!』

『――魔族の血まじりなんて知らなかったんだ!』

『――どうせ魔術で俺たちを欺いていたんだろう!』

『――汚らわしい!』

『――さっさと町から出て行って!』


 人間ではないから。

 魔族の血を持つから。

 皆と違うから。

 恐ろしいから。

 よくわからないから。

 いくつもの家から追い出されたレナは、“言葉”を使わなくなった。“笑顔”を失くした。それは必要のないものだった。


 そんな彼女が何年も掛けて辿り着いたのは、聖都の孤児院だった。シスターたちはレナを魔族だと知っても迫害はしなかったが、ただ恐れた。恐れを知らない子どもたちは、無邪気にレナをからかった。

 レナは初めて、害意を持って魔力を使った。

 だから孤児院さえもレナを捨てた。

 最後にレナを迎えに来たのは、『聖究魔術学院アカデミー』の若き講師――モニカだった。


『先生はねぇ、君みたいな子は絶対に放っておけないんだよね。え? なんでって? それは君を放っておけないからです。だから先生は君を放っておきません! 覚悟してください!』


 モニカはレナを捨てなかった。

 何を言われても、何をされてもレナを放っておかなかった。

 基本過程のクラスにも、似たような子がいた。ドロシーである。彼女は毎日レナにくっついてきた。話しかけてきた。他にもアイネ、ペール、クラリスといった年上の少女たちまで近づいてきた。

 どうせみんな離れていく。それなら最初から近づいてこなきゃいいのに。

 レナはそう思っていた。

 でも。


『行こう、レナ』

『レナちゃん!』


 光の中で、自分を待っている人たちがいた。

 先頭にいるのは、クレスとフィオナだった。

 二人は手を差し伸べてくれた。

 本当に変な二人だった。

 新しいパパとママは、本当に変な人たちだった。


 レナが二人の手を握ったとき――クレスとフィオナの姿は、本当のパパとママに変化した。


 もうおぼろげな記憶の中にしか存在しなかった二人の姿が、夢の中でハッキリと見えた。



『強くなったんだな、レナ。すごいぞ。レナはパパとママの自慢だ』

『今度こそ、ちゃんと伝えられるね。レナ、どうか忘れないで。パパもママも、ずっとあなたのそばにいるよ。ずっとずっと、あなたのことを――』




 ――レナは目を覚ました。

 潤んだ視界から見えるのは、もう見慣れた天井。昇ったばかりの太陽が、窓から徐々に差し込み始めている。

 両隣からは、静かな寝息が聞こえてくる。レナの両手は、それぞれクレスとフィオナと繋がっていた。


 レナは、クレスとフィオナの顔をそれぞれじっと見つめた。


「……パパ。ママ」


 そして笑った。



「レナも――ずっとずっと、あいしてるよ」



 静かに流れる涙を拭うこともなく、レナは、目映い明日を迎えた。

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