♯146 三人家族の夜

 レナが二人の家に慣れるのにそう時間はかからず、数日も経った頃には、レナは自然体で生活出来るようになっていた。

 もちろん日中は『聖究魔術学院アカデミー』での授業があるが、家に帰ってからはフィオナと共に家事を始めて、元々物覚えが良いレナはすぐに何でも吸収していき、あっという間にクレスなどよりずっと家事が上手くなった。クレスがその成長ぶりに驚いたことはもちろんだが、自分でさえほとんど許してもらえない家事分担がレナには任されるという事実にちょっぴり落ち込んだものである。

 また、クレスが剣術指南役として騎士団に出向く際にも同行し、自分がどういった人々に守ってもらっているのか、また、普段とは違う剣を握るクレスの姿にレナは常に興味を示していた。


 口数が少なく、“外”に関心を示さなかったレナは変わり、常に前を向くようになった。自分の意志で行動し、時には子どもらしい悪戯をたくらみ、フィオナと共にクレスを驚かせるようなこともした。

 クレスもフィオナもそんなレナの成長を喜び、出来る限りの遠慮をなくして、三人で眠り、三人で食事をとり、三人で買い物をして、三人で笑いあう。そんな日常は、すぐに三人を本当の家族にした。

 クレスとフィオナとレナ。三人での生活は、あっという間に過ぎていった――。



 ――そしてモニカとの約束の二週間が終わる、最後の夜。


 クレス、フィオナ、レナは、三人で同じベッドの上にいた。真ん中でレナが二人に挟まれるのも、すっかり定位置である。

 夜、室内を照らすものは窓から差す月明かりのみ。わずかに聞こえる虫たちの声だけが、静かに森の夜を深めていく。


「……」


 レナはまだパッチリと目を開けたまま、毛布の中で天井を見つめていた。両隣の新婚夫婦も同様である。


 クレスがつぶやく。


「……早いものだな」


 それに、フィオナとレナが揃ってうなずいた。


「そうですね。レナちゃんがうちにきてから、もう半月です。モニカ先生に会いに行ったあの日が懐かしいくらいですね」

「ああ。初対面のレナには驚かされたな。まさか、俺が子どもに逃げられてしまうとは思わなかった」

「レナだっておどろいたよ。きゅうに人に会えーって言われて、だれか来たとおもったら、片方は勇者さま、片方はアカデミーの超有名人なんだもん。追いかけられたらにげたってフツーでしょ」

「うーむ、言われてみればそうか。だが、あれから皆で海に遊びにいったのは正解だったな。レナが心を開いてくれるようになったのもあれからだ」

「ふふっ、そうですね。そして今は、こうして三人で仲良くベッドに並ぶことができています。とっても不思議で、でも、幸せなことですね」


 楽しそうなフィオナの発言に今度はクレスがうなずき、レナはちょっぴり恥ずかしそうにむずむずさせた口元を毛布で隠していた。


 それから少しだけ間を置いて、静まり返ったとき。

 レナが毛布を下げ、つぶやいた。


「……レナ、またすてられるとおもった」


「「え?」」


 クレスとフィオナが、お互いにレナの方へ顔を向ける。


「レナの力は、こわいんだって。『夢魔リリス』も『吸血鬼ヴァンピール』も、すごい力をもってる魔族だから。パパもママも、そういってた。ほかのみんなもそういってた」


 混血であるレナは、二つの種族の力を併せ持つ。

『夢魔』は【魅了チャーム】などの代表的な魔術で人を容易に操ることが出来たし、『吸血鬼』も特殊な不死性と強力な魔力を兼ね備える高位種だ。

 人と魔族とが交わり合って生きていく時代へと変化している今、しかし、まだレナの存在は人の手に余る。平和な世界ではなおのことだ。ゆえに、レナを恐れる人々が多くいたことも自然なことである。クレスもフィオナも、そのことはよくわかっていた。

 レナは続けて話す。


「でも……モニカ先生だけはこわがらなかった。なのに、モニカ先生もレナのこと手におえなくなって、すてるんだとおもった。オトナって勝手だし。それに――レナも勝手だったから。もうイヤだった。ずっと、あの寮のせまい部屋でひとりのほうがよかった」


 レナの独白に、クレスとフィオナは何も言わない。

 それはもう、過去の話だ。

 だから、クレスとフィオナはそれぞれレナの頭を撫でた。そして、身を寄せ合う。


「最後の夜ですから、やっぱり、家族でぎゅ~ってしながら眠りしましょう!」

「うん、そうしよう。普段はレナが嫌がるところだが、最後の夜くらいはいいだろう」

「ちょっとっ、もう、だから、これじゃねむれないんだってば。いつもいってるじゃん」


 二人に抱きつかれる形で身動きがとれなくなるレナ。三人の熱で毛布の中はさらにポカポカと温まり、夜の寒さに震えることもない。


「……なんなの、もう、ふたりともさ……」


 レナがぼそぼそとつぶやき、クレスとフィオナが静かに微笑んだ。

 やがて、クレスとフィオナがレナを抱きしめながら話し始める。


「うーむ。しかし、レナには家事の腕で天と地ほどの差を付けられてしまったな……。明日からは、俺がレナの代わりになれるよう努力しなくては……」

「ふふ、クレスさんはダメですよ~」

「えっ。ダ、ダメなのか。ならレナはなぜ……!」

「クレスさんにはクレスさんの役割がありますから。レナちゃんに家事を手伝ってもらったのは、レナちゃんがうちの子どもだからです。子どもには、キチンと教育しなくてはいけませんから。レナちゃんは女の子ですし、お料理やお掃除は必須のスキルですからね。魔術なんかよりも、ずっと大切にしなくてはいけません! いつかレナちゃんが誰かと結婚するときに困ってはいけませんから!」

「おお……なるほど、そこまで考えていたのか……! さすがフィオナだ! しかし、レナの結婚か……うう~む、良い相手に巡り会えればいいのだが……。やはりそのときは俺たちが……」

「ふふふっ。クレスさん、すっかりレナちゃんのパパになりましたね」

「ん? 俺が? そうだろうか」

「はい。さっきだって、一緒にお風呂に入ってもらえたじゃないですか。レナちゃんも、もうクレスさんのことをパパだって認めてくれているはずですよ。ね、レナちゃん」

「そ、そうなのかレナっ」


 突然話を振られて、レナは二人から逃げるように毛布で顔を隠す。


「し、しらないっ。ていうか、ばかなこと言ってないでねようよ! 明日、ねぼうしちゃうじゃん!」


 それだけ言って沈黙してしまうレナ。もう話は終わりということなのだろう。

 やがてクレスとフィオナの息づかいが落ち着き、静寂に包まれた中で、レナがそっと毛布から顔を出す。それから、両隣の二人がしっかりと眠っているのを確認して――。



「……パパ、ママ。ありがと」



 三人で過ごす最後の夜は、こうして静かに更けていった――。

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