♯145 フィオナママ、子育てに悩む(お風呂編)
食事も済ませて、夜の時間が始まっている。
静かな森の中、クレスの家の離れにある木造の浴場小屋では、一糸まとわぬ二人の乙女が湯けむりに包まれていた。
「レナちゃん、寒くないかな? 優しく洗ってるつもりなんだけど、もしも痛かったら教えてね」
「ん、どっちもへいき……くすぐったいくらい」
「よかったぁ。あ、そのおもちゃはね、モニカ先生にいただいたの。レナちゃんが好きかもしれないからって」
目をつむっているレナは、手元でアヒルのおもちゃをぷにぷにといじりながら「別に好きじゃないけど……」と複雑そうにつぶやく。ぷにぷにされるたびにアヒルは「ぷぇー」と謎の声を上げていた。
そんなレナの真後ろに座っているのは、フィオナ。天然ハーブを使ったシャンプーでレナの髪を洗っている最中であるため、レナの頭はもこもこと泡で膨らんでいた。心地良い香りが広がり、こじんまりとした浴場全体を包み込んでいる。
鼻歌まじりのフィオナに、されるがままのレナが尋ねる。
「レナの髪洗うの、そんなに楽しい?」
「うん、楽しいよ~。いつもはクレスさんの髪を洗うんだけどね、クレスさんの金髪はサラサラなの。レナちゃんは柔らかい感じで、触っていて気持ち良いんだ~」
「ふぅん……。今まで、そんな人ぜんぜんいなかったな」
「え?」
「なんでもない。それより、やっぱりお風呂もクレスと一緒なんだ。じゃあ、ことわっちゃって悪かったかな」
そうつぶやくレナ。
実は二人がここに来る前――
『お風呂も用意できましたので、三人で一緒に入りましょう!』
『ん、そうだな。レナ、行こうか』
『え、普通にいやなんだけど。男の人といっしょとかないでしょ』
『『えっ』』
『フィオナ……は、その、ママだから、べつにいいけど。クレスはイヤ。普通に考えて、ダメでしょ。なに考えてるの』
『『えっ……』』
『パパならいいけど、クレスはパパじゃないからだめ。フィオナママと二人だけならいいよ』
『…………フィオナ。すまない……あとは、まかせた……』
『え? ク、クレスさん? わぁ、ものすごく落ち込んじゃってます! ちがいますよ! イヤってきっとそんな深い意味では! ク、クレスさーん!』
『修行だ……修行が足りないんだ……』
――と、いうことがあった。
トボトボと夜の森へ消えていこうとしたクレスを慌てて止めたことを思い出して、フィオナが苦笑いを浮かべる。
「あ、あはは。でも、そうだよね。普通は男女別々だよね。わたしが気軽に誘ってしまったから、クレスさんに恥を掻かせてしまいました……。レナちゃんも、断らせちゃってごめんね」
「レナは気にしないけど。でも……後で、ちょっと謝っておこうかな。クレスって、なんかすごい真面目そうだから。あっちは変に気にしてそう。別にクレスだからイヤってことじゃないのに」
「ふふっ、そうだね。クレスさんがレナちゃんのパパになれるといいなぁ。あ、お湯をかけるから、目をつむっていてね」
幼いながら気を遣うレナに、くすくすと笑うフィオナ。ざばぁ、と桶でレナの頭に湯を掛け流し、軽く髪を整える。
「はい、とっても綺麗になりました♪」
「ん、ありがと」
レナは顔に掛かった湯を手で拭き取り、それから後ろを振り返った。
「? なぁにレナちゃん」
フィオナが目をぱちぱちとさせてレナの方を見つめる。
レナは、しばらくじーっとフィオナの顔を見上げていた。
フィオナの長いストレートの銀髪は美しく魔力灯の光を反射し、白い肌は滑らかに水を弾く。
「フィオナママって、いくつだっけ」
「え? 年齢のこと? 十五歳だよ。二月もすれば十六歳です」
「ふぅん……なんか、それにしてはキレイだよね」
「えっ」
「べつに大人っぽくは見えないけど、そこまで子どもっぽくもないし、なのにお母さんみたいな感じがして、フシギ。おっぱいもすごく大きいし。いいな。レナは十五歳のときにこうなってないと思う」
素直な感想が口にされて、レナの視線がじ~っとフィオナの胸元に向く。しかもレナは、何かを探るようにフィオナの顔やら腕やら脇腹やら太股やら、いろんなところをさすってくる。さすがにフィオナもちょっぴり困った。
「レ、レナちゃん? あのー?」
「……」
それからレナは、無言で自身のモノに目を落とす。
もちろん、フィオナのものとは比べるべくもない。レナの年齢で考えればまったく普通のことであるし、レナの同級生であるドロシーたちも大差ないが、それでもフィオナのものを目の辺りにしてしまうと、レナは多少わびしい気持ちになりながら自分の胸に触れた。
「……フィオナママは、レナくらいのとき、どうだった?」
「え? む、胸のサイズのこと……かな?」
「うん」
「えっと……そうだなぁ。あんまり覚えてないけど、レナちゃんと同じくらいだったと思うよ」
「ほんと?」
「うん」
「そんなにおっきいのに?」
「お、大きくなったのはもっと後なんだよ。本当にね、急にふくらんできたの。おば様は――あ、わたしを育ててくれた義理のお母さんはね、ミルクや鶏肉をいっぱい食べてたからじゃないかって。あとね、『アイミー』の実も、女性の発育には良いみたいだよ。あとは、よく眠ることかなぁ」
「ふぅん……そうなんだ……」
「う、うん!」
フィオナの話は少しだけ嘘であり、元々フィオナは平均より常に大きい方であったのだが、そのことはあえて黙っていた。
「しょうらい生まれる赤ちゃんはいいね、ミルクに困らなさそうで。レナ、フィオナママみたいなオトナになりたいかも」
「え……」
その言葉にフィオナはしばし呆然としていたが、それからほんのり頬を染めた。
「そ、そうかなぁ。えへへ……ありがとうレナちゃん。わたし、ずっと早く大人になりたいって思っていたから、今のわたしを見てそう言ってもらえるのは嬉しいな」
「オトナに? どうして?」
顔を上げたレナの疑問に、フィオナは照れたようにはにかみながら答えた。
「クレスさんとね、つり合う人になりたかったから」
「クレスと……?」
「うん。わたしは、まだまだ子どもだから。今は、なんとか背伸びをしているの。将来はね、もっと立派な大人のお嫁さんになって、クレスさんを守れるようになりたいんだ」
「……ふぅん」
嬉しそうに語るフィオナを見て、レナが木椅子から立ち上がってぼそりとつぶやく。
「……そっか。じゃあ、次はクレスもいっしょでいい……かも」
「え?」
「別にクレスのことはキライじゃないし。フィオナママはそっちのほうがいいんでしょ。レナ、ここにいる間は、この家の子どもだから。言うことは、きかないとだし。ていうか、ママはいちおうオトナなんでしょ。自信もてば」
淡々と話しながら視線を逸らすレナ。照れているのか、耳が赤くなっている。
フィオナがうずき出した。
「うう……」
「え?」
「か、かわ……かわっ、かわいいよ~~~! レナちゃん~~~!」
「わぁっ!? またっ、い、いきなり抱きついてこないでよあぶない! ちょっと! すべるから! ていうかっ、くるしっ……!」
「あっ、ご、ごめんねレナちゃん! またやっちゃった……!」
もがき始めたレナに気付いて身体を離すフィオナ。レナはこほこほと咳をして、多少恨めしそうにまたじっとフィオナの胸を凝視した。
「もう。そんなに子どもが好きなら、はやく子どもつくればいいのに」
「え?」
「結婚してるオトナは、子作りしていいんでしょ。えっちなことすればできるんだよね」
「え、え、えっ!」
「夫婦になったら、えっちなことするんでしょ? してないの?」
平然とした顔でひょうひょうと尋ねてくるレナ。
まさかレナからそんな発言が出てくるとは思っていなかったのか、フィオナは顔中真っ赤になってわかりやすくうろたえながら自身の頬に手を当てた。
「レ、レ、レナちゃん!? こ、子作りって……そ、そそそういうこと、もう知ってるの!?」
「? アカデミーの基礎クラスでおしえてもらうじゃん。あのクラスって、フツーの学校でもおしえるようなことやってるみたいだし。みんな知ってるよ。ていうか、フィオナママもそうだったんでしょ」
「あっ。そ、そうだよねっ! い、いきなりでびっくりしちゃって、あ、あははっ」
「なんでそんなにあわててるの? なんか、子どもをつくる話になると、オトナってみんなごまかそうとするよね。レナ、そういうのわかるし」
「え、あっ、そ、それは、えっと」
しどろもどろなフィオナの反応を見てか、レナはちょっぴり意地悪な微笑を浮かべて近づいた。
そして上目遣いに言う。
「じっさいにどうやって作るかとか、モニカ先生もウソついておしえてくれなかったけど、フィオナママは、ちゃんとおしえてくれるよね? レナのママなんだから。子どものおべんきょうだよ」
「あ、あう、あの、えっと、で、でも」
「レナもはやくオトナになりたい。だから、おしえて。フィオナママ」
「う、うう……!」
「ねぇ。どうやって、子どもを作るの?」
「はううぅ……!」
レナが一切目を逸らすことなく詰め寄ってきて、壁に追いやられてしまうフィオナ。
本当のことを言うべきか。それともごまかすべきなのか。一体どちらがレナの教養に良いのか。フィオナは期せずして子育てに悩む本物の母親の気持ちを理解することになってしまった。
頭をぐるぐる悩ませるフィオナは二つを天秤にかけ――結局は、自らの良心に従うことにした。
レナに、嘘はつけない。
「あの…………そ、それはね……!」
「うん」
フィオナがそっとレナの耳元へと口を近づけ、ひそひそ話を始める。
こうして始まったフィオナの子作り講座を、レナは静かに聞き続けた……。
――それからしばらくして。
二人は、並んで肩までゆっくりと湯に浸かっていた。レナに変わったところはないが、フィオナは先ほどから顔を真っ赤にしたまま呼吸を整えている。上手く説明出来た気はしないが、フィオナは相当の気力を使った。
まだ紅潮の止まないフィオナの横顔を眺めながら、レナがつぶやく。
「フィオナママって、かわいいね」
「……ふぇ?」
「いまいちよくわかんなかったけど、おしえてくれてありがと。フィオナママなら、ほんとの子どもができてもちゃんとしたママになれそう。よかったね。クレスと結婚できて」
「レナちゃん……」
「ここのお風呂、けっこうすき。これだけでも、このお家にきてよかったかも。料理も、おいしかったし。寮にもどっても、たまにこようかな」
それだけ言ってから、手に持ったままのアヒルのおもちゃをぷにぷにとつぶして遊ぶレナ。
アヒルが「ぷぇー」と鳴く中、フィオナはキョトンとした顔でレナを見つめて、やがて優しく微笑んだ。
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