♯144 久しぶりの我が家

 数日をリゾート地で過ごしたクレスたちは、多くの思い出を聖都へと持ち帰った。手土産になるような民芸品、食料などはなかったが、代わりに土産話をすることで、リゾートには行けなかったセリーヌやモニカなども喜んでくれた。


「あーあ疲れたっ」


 クレス、フィオナ、そしてレナの三人が森にあるクレスの――三人の家へと戻ってくると、レナがベッドの上に座り込み、荷物を下ろしてそんな声を上げた。慣れない家でそわそわした様子が見られるものの、リラックスは出来ているようだ。

 帰りがけにアカデミーへ立ち寄った際にモニカとはもう話をつけていて、レナを家で預かる了承は得ている。その際に、レナがモニカへ今までのワガママを謝罪する場面があり、喜びのあまり泣き出したモニカをなだめるのが少々大変であった。


「フィオナ、レナも、道中で疲れただろう。レナの生活用品の買い出しは明日にして、今日は早めに休もうか」

「お疲れ様でした。クレスさんとレナちゃんこそ、ゆっくり休んでいてくださいね。わたしは大丈夫ですし、それに……少し家を開けていたので、もうお掃除がしたくてたまりません! あちこちの埃を払って、拭き掃除をして、空気の入れ換えもしなきゃです!」

「え? そ、そうか。フィオナはやはりパワフルだな。なら俺もてつだ――」

「クレスさんはのんびりタイムです! お茶を淹れますので、レナちゃんと一緒に座っていてくださいね♥」


 外はまだ夕暮れ前。フィオナは明るいうちに家を綺麗にしようとさっそく銀髪を一つに結び、エプロン姿で家事を始めてしまった。その楽しそうな姿を見てレナが目をパチパチさせる。


「今日からは三人だから、ごはんも多めに作らなきゃです。メニューは何にしようかな。クレスさんが好きなものと、レナちゃんが好きなものを入れて……うん、決まり! それからデザートは軽めに、あっ、お風呂も沸かしましょう! 潮風で髪も傷んでしまいますし!」


 しばらくぼうっとしていたレナは、鼻歌まじりにテキパキ動くフィオナを指差してクレスの方を向いた。


「いつもこんなかんじ?」

「うん。働き者の妻なんだ」

「へぇ……」


 レナがじっと見つめていると、やがてフィオナがその視線に気付き、レナと目を合わせてにっこり微笑んだ。


「レナちゃん、今日から家族ですね」

「え」

「そうだな。レナ、自分の家のようにくつろいでほしい。三人では少し手狭な家だが……何かあれば言ってくれ。寮の部屋に必要なものがあればまた取りに行こうか」

「あ……う、うん」


 フィオナとクレスからそれぞれ声を掛けられ、レナは少々呆然としながらうなずいて返事をした。

 そこでクレスがむずむずした様子で椅子から立ち上がった。


「やはり手持ち無沙汰なのがもどかしい……。フィオナ、せめて俺に風呂の準備をさせてくれないか」

「いいえいけません。クレスさんは旅行中にたくさん頑張ってしまいましたので、そのぶん家では頑張らないでください。頑張り禁止令です。我が家のルールです!」

「いつの間にそんなルールが……!? し、しかし俺も以前の傷はすっかり癒えているし、体力も問題はない。二人で分担した方が効率もよくな――むっ?」


 なんとか説得しようとしたクレスだが、途中でフィオナがやってきてクレスをそっと椅子に座り直させると、クレスの頭を引きよせるように優しく抱きしめた。当然、クレスの顔はフィオナの豊かな胸に包まれる。

 フィオナはさらにクレスの頭をよしよしと撫でた。


「身体のことだけではないですよ。いろんなことがありましたから、心も、ちゃんと休めてください。お家のことは、ぜ~んぶ、わたしに任せてくださいね」

「もごご……ふぃおにゃ……」

「お気持ちだけで、嬉しいです。良い子、良い子ですね。お手伝いがほしいときはちゃんと言いますから、大丈夫です。クレスさんは、レナちゃんとお話をしていてください。もっと仲良くなって、良い家族になりましょうね♪」


 ――よしよしよしよし。なでなでなでなで。ぽよぽよぽよぽよ。

 囁く声、優しく撫でる手、ほんのりと甘い匂い、柔らかな胸の感触。

 フィオナの癒やし攻撃によって為す術を失ったクレスの身体からは力が抜け、されるがままですべてを受け入れるしかなかった。


「……ふご……」


 癒やされ状態のクレスは、フィオナの胸に包まれながら改めて思った。

 やはりこの世界で最も強いのは勇者じぶんでもなく、魔王メルティルでもなく、彼女フィオナだ。家族を、家を守るお嫁さんこそが最強なのだ。彼女には、決して敵わない。


 そんなお嫁さんの視線がレナに向く。その目はちょっと蕩けていた。


「えへへ、これも日課ですからね。レナちゃんのことも撫でたいなぁ」

「えっ。レ、レナはいいから。ていうか、毎日そういうことして――わぁっ!」


 ようやくクレスを解放したフィオナは、続けてレナのことも同様に抱きしめ、なで回す。


「レナちゃんも良い子だね、可愛いね。えへへへ♪ すぐに美味しい物作るから待っててねぇ」

「わ、わかったから、やめっ……もごごっ」

「うん、じゃあもうおしまい! よぉ~し、クレスさんとレナちゃんにたくさんパワーをもらったところで、もっと頑張りますよ~!」


 こうして家事へ戻るフィオナ。その背中は先ほどより気力に充ち満ちていた。

 解放されたクレスの方は、すっかり骨抜きになったのか今にも寝入ってしまいそうな顔になっている。こんなクレスを見られるのはここだけであり、レナは当然びっくりしていた。


 多少髪の毛が乱れた状態のレナが、クレスのそばでぼそりとつぶやく。


「フィオナ……ママって、なんていうか」

「……うん?」

「時々、すごいよね」

「……ああ。すごい」


 クレスとレナは同調して笑いだし、そこから他愛のない話がスタート。


「ねぇ、勇者さま」

「クレスでいいよ。レナ」

「……わかった。じゃあ、クレスはどうやってフィオナママとなかよくなったの?」

「うーん、そうだな。話が長くなりそうだが……」

「別にいいよ。時間いっぱいあるし」

「そうか。なら俺が十二のとき――」

「長くなりすぎそうだからやっぱり短めにして!」

「え? わ、わかった」


 二人の会話を背中で聞いていたフィオナがくすくす笑いながら食材を切っていく。

 こうして、三人での新生活が始まった――。

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