♯143 リゾート二日目

 翌朝からも、クレスたちはリゾート地で時間を過ごす。

 いろいろなことがありすぎた一日目とは違い、二日目はのんびりとした楽しく豊かな時間が流れ、すっかり『友達』になったレナたち同級生組はずっと笑顔で遊ぶことができていた。そんな子どもたちを、クレスもフィオナも温かく見守る。

 また、クレスとフィオナは魔王メルティルのことをヴァーンとエステルに詳しく説明し、四人で情報を共有することが出来た。


「ほーん。いや、ちゃんと聞いてもやっぱよくわかんねぇな。そもそも魔王はなんでクレスにわざと斬られたんだ? ドMか?」


 太陽も高い昼過ぎ。波打ち際でキャッキャと遊ぶ子供たちを眺めつつ、ビーチチェアにふんぞり返って鼻をほじるヴァーン。エステルが侮蔑的な目を向けて口を開く。


「やはり脳みそ筋肉ダルマ猿は知性が低いのね……少し考えたら想像がつきそうなものでしょう」

「なんだよその化けモンみてぇなあだ名は! つーかてめぇにはわかるってのか? んじゃあ教えろや!」

「汚いから近づかないで。少しは自分で考えなさい脳みそスライムバターマン」

「キモイ呼び方やめろや!」

「わぁ、ケ、ケンカはダメですよ~」


 近くで昼食準備をしていたフィオナが止めに入る。その手伝いをしていた水着onエプロン姿なクレスも、ヴァーンと同じ疑問に頭を悩ませていた。

 そこでクレスが尋ねる。


「フィオナ。君にはわかるのかい? 魔王が、なぜわざと俺に斬られたのか」

「え? あ、えっと、想像くらいなら……」

「それで構わない。教えてもらえないだろうか」


 クレスの言葉にフィオナは少し考え込みながらうなずき、ヴァーンとエステルもこちらに視線を向けた。


「これは、わたしのただの想像ですけれど……たぶん、『魔王』を、やめたかったからではないでしょうか」

「え?」「は?」


 クレスとヴァーンの声が揃う。エステルだけが納得したように腕組みをしてうなずいていた。

 フィオナは子どもたちの方を見つめ、少し遠い目をして話す。


「魔王の……いえ、メルティルさんの言っていたことから考えてみたんです。あの人は、たぶん『魔王』という座にも……そして、人との戦争にもあまり興味がなかったんじゃないでしょうか」

「戦いに……興味が、ない?」


 そんな想像はしてもいなかったのだろう。呆然となるクレスにフィオナは「はい」とうなずく。


「もちろん、本当のことはわからないですけど、でも、それなら納得が出来るんです。メルティルさんは、なんとかして『魔王』をやめる方法を探していた。それで、『勇者』として現れたクレスさんに斬られることで、『魔王』はもう死んだことにした。こうすれば、あとは自由に生きることが出来ます」

「私もフィオナちゃんとほとんど同じ考えよ。それなら、『命の一つを斬らせた』という意味の言葉にも納得が出来るでしょう。魔王にいくつも命があったことは驚くほかないけれど、高位の魔術師なら魂を扱う術さえ持っている。魔王クラスならなおさらだわ。つまり……彼女はクーちゃんを利用してさっさと隠居生活にしけこんだということよ」


 フィオナとエステルの発言に、クレスとヴァーンが「おお……」と目から鱗な感心ぶりを示した。

 ヴァーンが足を組み直して言う。


「なるほどなァ。まー確かにそれなら納得出来るわ。んでも、もしそうなら『魔王』ってのはよっぽどつまらんもんなんだろうぜ。つーかくだらん戦争から逃れて悠々自適に過ごしてーなんて、意外と人間的じゃねーか」

「そうですよね。わたしもそう思いました。メルティルさんは……なんだか、とっても人間的な魔族に思えたんです。だから、人間的な考えがしっくりきました」

「そうね……。高位魔族なら人と同等以上の知性を持つ者も多い。『ローザ』や『コロネット』の例もあることだし、討伐の旅でも多くの魔族や高位種族と出会ってきたでしょう」


 フィオナとエステルの補足に、クレスは一人無言でうなずく。


「……そうか。そういうことだったのか。なら、ヤツの言っていた“借り”とは……」


 魔王メルティルの言葉を思い出すクレス。

 フィオナがまたこくんとうなずいてクレスの顔を見上げた。


「はい。あれはおそらく、クレスさんを利用して『魔王』の座を退いたことを指すのだと思います。それを、わざわざ“借り”だなんて形容したのだとしたら……」


 クレスに“借り”を返し、そしてフィオナのデザートに対する“借り”も返した。


 あまりにも――道義的だ。


 以前のクレスやほとんどの人々は、『魔王』にそんなイメージは持っていなかったことだろう。『魔王』とは魔の象徴。魔を統べる悪の存在であり、人々に畏怖を振りまく異形の者。討伐すべき対象で、この世にいてはいけない者。人類の敵。

 そう思っていた。

 皆が、そういうものだと思い込んできた。

 だからかつてのクレスも、その考えを疑うことなどしなかった。ただ人々のために魔王を討ち果たすことだけを考えていた。相手が、魔王がどんな人物で、何を考えているのかなど想像もしなかった。

 ただ、正義の剣を振るうだけだった。

 それが正しい道だと思っていた。


「……そうか。だからヤツは、俺を正義の傀儡だと……。そうだな。昔の俺よりも、ヤツの方がずっと人間らしかったのかもしれない」

「ク、クレスさん。そんなことは……」


 神妙な顔のクレスをフォローしようとするフィオナ。だがのんきな男は愉快に大笑いした。


「ハッハッハ! 言われてみりゃそうだな! 女遊びもギャンブルもしねぇ。趣味もねぇわで毎日稽古。そらぁクレスよりも世界中のスイーツを食い尽くそうなんて野心を持つチビッコ魔王の方が人間らしいわな! ガッハッハ!」

「ええーっ!? ヴァ、ヴァーンさん?」

「貴方……仮にも勇者パーティの一員だったくせによくもそんなデリカシーゼロの発言が出来るわね」

「いやいやだからこそだろ? それに、クレスがそれに気付けたのが成長じゃねぇか。オイクレス、今ならわかんだろ。女ってのはイイモンだ。それを知ってるのが人間で、男ってもんだぜ!」

「ヴァーン……」

「案外、そんなアホみたいな格好でガキの料理作ってる方が似合ってんじゃねーか?」


 ニカッと歯を見せて笑いながら親指を立てるヴァーン。

 水着エプロン姿なクレスは次にフィオナの方を見て、穏やかな表情をしながら強くうなずいた。


「うん。師匠にも似たようなことを教わっていたが……俺は何もわかっていなかった。本当に女性は素晴らしい。フィオナはいつも温かく、優しく俺を包み込んでくれる。愛する女性がいるだけで、心はどこまでも強くなれる」

「えっ? ク、クレスさん?」

「フィオナが俺を変えてくれた。フィオナが伝えてくれた想いが、そしてフィオナを愛するこの気持ちが俺を変えてくれた。俺はきっと、フィオナに出逢って本当の人間になれたんだ。ありがとうフィオナ。心から、愛している。君は誰よりも素敵だ」

「く、くく、くれすしゃんっ。そ、そんなっ、えと、えっと…………え、えへへへへへへ♪ ど、どういたしまして……。あの、わ、わ、わたしもクレスさんのこと……♥」


 テレテレと赤らめた頬に手を当てるフィオナ。ラブラブ空気の漂い始めた中でヴァーンとエステルがそれぞれに苦笑を浮かべた。

 と、そこへ子どもたちが元気に砂浜を走ってやってくる。最後尾のレナだけがちょっと疲れたような顔をしていた。


「はぁ……ちょっとこの子たち元気すぎ……。レナ、元々インドア派だからついていけないんだけど……そろそろお昼にしようよ。ママ――じゃ、なかった。えっと、も、もうごはんの準備、へいき?」


 フィオナに向かってそんな発言をしたレナに、皆が少しの間を開けて笑い出し、レナは真っ赤になってほんの少し機嫌を損ねた。

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