♯137 大魔族会議
それから皆の水着が乾ききったことによって、水鉄砲による衣類の透過現象もようやく収まり、その頃には開放感によって謎のハイテンションになっていた一同もすっかり落ち着きを取り戻していた。
フィオナが驚きに目を開く。
「――え? 大魔族会議、ですか?」
大きなヤシの木の下。涼しい木陰でココナッツジュースを頂きながら、大人たちの話し合いが始まっていた。一方で、レナやドロシーたち子ども組は浜でビーチバレー遊びをしている。子どもたちにふさわしい内容の話とは思えなかったため、エステルが子どもたちを遠ざけたのだ。
ローザが「ええ」と人差し指を立てながら続きを話す。
「かつて、魔王様には『大魔族』と呼ばれる側近の部下たちがおりました。ワタクシ『風花のローザ』も、この『絶海のコロネット』もそのうちの一人です。元々ここで行われていたのは魔王様にどう尽くすかという会議でしたが、もうその必要がありません。ゆえに大魔族同士も顔を合わせることはなくなりましたが、コロネットがそれでは寂しいからと、皆をこの島に招待し続けているのです」
「なるほどぉ……そうだったんですね……」
「うんうん! ローザはいつも遊びにきてくれてうれしいのだ!」
「来たくて来ているわけではありませんわ。他の者たちがまるで来る気がないのでワタクシが自由すぎるあなたを監視に来ているのです。まったく、どいつもこいつも責任感と華がありません」
ローザの腕を掴んですり寄るコロネットに、ローザはうざったそうな目を向けてため息をつく。そのことで、クレスたちも二人が知り合いである理由がよくわかった。
ローザはコロネットの手をペチンと叩いて、それからフィオナの手をそっと握った。
「ただ、予期せずお姉様と再会出来たことは嬉しいことですわ。お元気そうで何よりです。ご旅行中とのことですが、あれから愛は深めておりますか?」
「わ、わたしもまた会えて嬉しいですっ。あ、愛は……その、立派な奥さんになれるよう頑張っています!」
「結構なことです。夫婦とは共に愛を深める運命共同体。紳士クレスも、お姉様との愛を深めるよう努力なさいませ」
「あ、ああ。わかった」
窘めるような口調のローザに思わず返事をするクレス。ローザはうんうんと満足そうにうなずいた。
「魔族から夫婦生活心配されてどうすんだお前ら。んなことより、そろそろあっちに戻らねぇとぼちぼち日が暮れちまうんじゃねぇか?」
「む。確かにそうだな。戻る準備をしよう」
「あ、そ、そうですよねっ。少し遊び過ぎちゃいました」
ヴァーンのつぶやきにハッとするクレスとフィオナ。確かにもうだいぶ日が落ちてきており、風もわずかに冷たくなってきているようだ。
いまだに元気いっぱいで、時間も忘れて楽しむ子供たちを見てエステルが言う。
「そうね、そろそろ戻りましょう。あの子たちにとっては良い思い出になったでしょうけれど、私は一日も早くこの日の記憶を消し去りたいところだわ」
「オイオイ悲しいこと言うなやエステルちゃん。楽しかったろ? オレはイイモン見られたから忘れたくねぇもんだなァ」
「そう……なら一生覚えておくといいわ……」
凍てつくような殺意のこもった視線でガン見してくるエステルにも余裕の笑みを浮かべるヴァーン。普段とは真逆な二人に、クレスとフィオナは苦笑いするしかなかった。
それから子どもたちに声を掛け、クレスたちは揃って巨大化したデビちゃんの触手に捕まる。再び《バブル・エール》の魔術を纏い、海に潜る準備は出来た。
「準備できたのだ! あたしもいっしょにいくのだー!」
「却下ですわ」
「あうっ!」
デビちゃんに跳び乗ろうとしたところを、ローザから水着の紐を引っ張られて苦しげな声を上げるコロネット。
「ア、ナ、タ、は、ワタクシが何のために来たかわかってるんですの? さぁ、会議を始めますわよ。と言っても、話すことなんてろくにありませんが」
「じゃあみんなといっしょにいこーよー!」
「お姉様たちの邪魔になってはいけません。もう十分に遊んだでしょう。ここでお見送りですわ」
「うう、わかったのだ~。――あ、じゃあ最後にプレゼントなのだ!」
肩を落としてがっくりとしたコロネットだが、すぐにまた顔を上げると、レナたちの方へトコトコと歩いてくる。
「優勝賞品をぞーていしますなのだ! 勝ったチームのMVPだから、これはレナにわたすのだ!」
「え? ああ、そういえば忘れてた……」
呆然とするレナ。
コロネットが自分の頭上の冠にちょんと触れると、そこからさらに小さな冠がぽんっと分裂するように出現。それはさらに小さくなっていって、最終的に指輪サイズになった。
コロネットがその冠をレナに手渡す。ドロシーたちも気になるようで顔を覗かせた。
「きれいな指輪……これ、なに?」
「コロネットランドのフリーパスなのだ! ふつうの人間たちはこの島には入れないんだけど、それを持っていれば、いつでもここに入ることが出来るのだ。もしまた近くにきたら、指輪に声をかけてほしいのだ。あたしかデビちゃんがお迎えにいくのだ!」
「ふ、ふりーぱす? 魔道具、なのかな? なんか、ぜんぜん予想してない賞品だった……」
「あたしたちはもうおともだちなのだ! いつでもあそびにきてほしいのだ!」
ニコニコと笑うコロネット。ドロシーが指輪を見つめて目を輝かせた。
「わぁ~! これでまたコロネットちゃんたちに会えるねぇ! よかったね、レナちゃん!」
「……まぁ。せっかく勝ったんだし、もらってく」
照れ隠しなのか、あんまり嬉しくはなさそうなことを言いつつもちゃんと小指に指輪を嵌めるレナ。それを見てドロシーたちが笑った。
子どもたちを横目に、ローザが腕を組みながら話す。
「さて、そろそろお別れですわね。お姉様、いずれまた」
「は、はい。せっかくローザさんに会えたのに、もうお別れになっちゃうんですね……」
「名残惜しさは出会いのきっかけ。いずれまたお目に掛かりますわ。それよりも、一つ気になることが――」
「? 気になることですか?」
「はい。実はワタクシがこの島に来る道中、近くで強い魔力を――」
ローザはそこまで口にしたが、突然言葉を止めて呼吸を整え、ふるふると首を横に振った。そして、憂いのない笑顔で告げる。
「――いいえ、申し訳ありません。やはり大したことではありませんでしたわ。それではまた。お姉様のご多幸を願うばかりです」
ローザはスカートの裾をつまんで優雅に挨拶をし、フィオナも少し戸惑ったものの、その場で別れの挨拶を済ませた。
こうしてクレスたち一行はデビちゃんに連れられて、元のルーシア海岸へ戻っていく。
「じゃあなー貧乳妖精! またどっかで会おうぜ-!」
「さっさとワタクシの視界から消えろですわ!!」
軽々しいヴァーンに向かってムキャーと怒鳴り声を上げ、息を整えるローザ。
皆を見送ったところで、コロネットが口を開いた。
「ねぇねぇローザっ、さっきフィオナおねえさんに何を言おうとしてたのだ?」
「聞いていたんですの? 大したことではないと言ったでしょう」
「んーん。ローザが大したことないのに何か忠告しようとするはずないのだ。たぶん、なやんで言わなかっただけなのだ。それに、あたしを止めたのもあたしに何か話したいことがあったからなのだ」
ローザは目をパチパチとさせ、呆れたように息をつく。
「……アナタは意外にカンが鋭いので侮れませんわね」
それからローザは、フィオナたちが消えていった静かな海を眺めて言う。
「確証はありませんし、とても信じられない考えでしたので、お姉様に余計な気苦労をかけることはないと思い口にしませんでしたが、それでも聞きますか?」
「うん! べつに会議するようなこともないし、おねがいするのだ! 二人きりの大魔族会議なのだ!」
「まぁそうですわね。それでは話しますが――」
無邪気なコロネットの言葉にローザは小さく笑い、それから言った。
「――魔王様が、ご存命やもしれません」
「え?」とコロネットがまばたきを止め、南国の孤島に柔らかな風が吹いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます