♯136 ずぶ濡れな決着

 一方その頃――



「……うう。み、皆さん、なんだかすごく騒いでます……」



 東側の砂浜に一人ぽつんと立ち尽くすのは、赤チームの旗を守るリズリット。小山の向こうからかすかに聞こえてくる声は実に盛り上がって聞こえた。


「リ、リズも行った方がいいのかな? フィオナ先輩たちを守らなきゃ……! あ、で、でもそうしたら旗を守る人がいなくなっちゃうし……でもでも、リズも撃ち合いしたい……な……」


 独り言をつぶやきながら大きな銃を見下ろし、試しにゆっくりと引き金を引いてみるリズリット。銃口からぴゅーと水が零れる。


「あ……そうだ! いざというとき動けるように、れ、練習しておこっ!」


 リズリットはうんうんと自分で自分の案に賛成してうなずき、自分のチームの旗を相手に見据えて射撃訓練を始めた。途中から徐々にテンションが上がり、左右にぴょんぴょんと飛び周りながら撃ってみたり、寝転がりながら上空に向けて撃ってみたり、普段はなかなか見せない輝くような笑顔で機敏に一人遊びを始めた。めちゃくちゃ楽しそうである。


 が、その機敏さが災いし、岩場や旗に当たって跳ねた水がいつの間にかリズリットの水着を濡らし、透かしてしまっていた。そしてそのことに気付いた彼女は当然戸惑う。


「ひゃわっ!? え、えっ!? リ、リリリリズなんで裸なんですか!? み、水着どこっ!? あれあれ!? あわわわわ! な、なんでっ!? ええ~!? ど、どうなってるんですかぁ~~~~~!? フィオナ先輩たすけてくださぁ~~~い!」


 涙目で水着を探しても見つからず、最後は西の方へ駆けだしていくリズリット……。


 そうして拠点に誰もいなくなったタイミングで――赤い旗の隣で風景がぐにゃりと歪んだ。


 魔術によって周囲と一体化していた彼女が魔術を解き、その姿を現す。

 レナは自分の身体を見下ろしてつぶやく。


「…………まぁ、誰も見てないからべつにいいけど……」


 どうやらリズリットの一人遊びの被害に遭っていたらしいレナは、小さなため息をついてからクレスチームの赤い旗を掴み、引っこ抜くのであった。




「――とゆーわけで、勝ったのは青チームなのだ! おめでとうなのだ~!」


 こうして、レナがサプライズ的にクレスたち赤チームの旗を持ち帰ったところで試合は終了。(見た目は裸の)コロネットが貝殻で作った笛をぷっぷぅ~と吹き鳴らし、全員が水鉄砲を下ろした。


「やったぁ! レナちゃんすごぉ~い! わたしたち勝ったよぉ~!」

「いや、べつにうれしくないし……。ていうか着替えたいんだけど」

「とんでもない恥をさらしたわ……。でも勝ちは勝ち、よね?」

「やったじゃんレナちー! 豪華賞品ゲットだー!」

「ひどい茶番でした。ただ、一体どんな賞品なんでしょうね」


(見た目は裸の)ドロシーとハイタッチをした後に抱きつかれて、疲れ切った顔をする(見た目は裸の)レナ。(見た目は裸の)三人娘たちも二人の周りに集まってくる。


「ハァハァ……しゃああああ勝ったぜええええ! オラ見たかクレス! オレ様が場を引っかき回す見事な囮作戦! 今回はオレの勝利じゃああああウヒョウ!」

「くっ……仲間を信頼して囮役になるとは、さすがだヴァーン。いつの間にかそんなにも彼女たちと絆を深めていたんだな。レナも、こちらが手薄な隙をついてたった一人で拠点攻めをするとは……肝が据わっている。俺たちの負けだ」

「ク、クレスさんはがんばりましたよ? すごかったです! 格好よかったです!」

「負けた……この私が……? あんな脳筋ゴーレムに……? ……汚点、人生の汚点だわ……!」

「あのあのあのっ!? そ、それよりなんでみんな裸なんですか~~~~~!?」


 ガッツポーズを取る(見た目は裸の)ヴァーンと、膝をついてうなだれる(見た目は裸の)クレス。その隣で(見た目は裸の)フィオナがクレスを励まし、(見た目は裸の)エステルが恨みがましい目を向けて、(見た目は裸の)リズリットが一人困惑して涙目になっている。


 コロネットが嬉しそうにぴょんと跳ねた。


「こうやってあそぶと、みんなすごくなかよくなれるのだ! おかーさんも、ハダカのつきあいが大事ってよく言ってたのだ。だからあたしたちもみんななかよしになったのだ! すぅっごく、たのしかったのだ~!」


 全裸状態の身体を隠すこともなく、綺麗な笑みで両手を広げるコロネット。頭上の冠と笑顔はキラキラと輝いていた。隣で審判役を務めたデビちゃんも嬉しそうに触手をうねうねさせている。


 そんなコロネットを見て。


 まず最初に、レナが噴き出すように笑った。

 すると、つられて全員が一斉に笑い出す。

 大人も子どももみんなが全力で水鉄砲を撃ち合うという乱戦の結果は、全員が裸になって終了というなんともアレな状況ではあったが、それでもあまりの馬鹿らしさになのか、それとも無人島の開放感がそうさせるのか、気付けば全員が楽しそうに笑っていた。普段の聖都暮らしの中ではありえない状況に、皆どこかで興奮していたのかもしれない。

 それでも、今ここにいる皆の心が近づいていたことだけは間違いがなかった。



 そんなとき、上空から声が聞こえてくる。



「……馬鹿騒ぎもいい加減にしていただきたいですわね?」



 その声に全員が空を見上げた。

 フィオナが「あっ!」と大きな声を上げる。



「ロ、ローザさんっ!?」


「ご無沙汰しておりますわ、お姉様」



 ひゅるるると美しい羽を揺らして静かに降りてくるのは、確かにあの花畑で出会った妖精の魔族――ローザである。フィオナは自分が裸(に見えてしまっている)ことに気付いて慌てて前を隠した。


 今日はフィオナたちと同じ人間サイズになっているローザが、腕を組みながら怪訝な目で隣を見やる。


「何をしていたのかはすぐに想像がつきますが……私のお姉様にまでこのような愛のない破廉恥な遊びをさせたこと、この華麗なる貴族ローザが許しませんわよ。コロネット」

「ローザとフィオナはおともだちだったんだ~! でも楽しかったよ~! ローザともまたいっしょにやりたいね!」

「二度とやるわけねぇですわっ!! というより呼びつけておいて何を勝手に人間たちを招いて遊んでやがるんですの! ここは魔族のための島でしょう! あなたは本当に変わりませんことね!? そもそも先ほどのどんちゃん騒ぎで上空にいたこのワタクシにすら水がかかってやがるんですのよおおお!?」

「よぉ、久しぶりだなちんちくりん妖精。相変わらずうるせぇ貧乳だなぁオイ。透けてるとよくわかるぜ」

「てめぇもまったく変わりませんことねクソ野蛮人!!」


 コロネットとヴァーンに怒鳴りつけて騒ぐ(見た目は半裸状態の)ローザ。

 花の魔族との予期せぬ再会に、クレスたちは驚くばかりであった。

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