♯135 みんな裸でなかよしなのだ

「さーて。そんじゃあ旗を奪われねぇように、そこのお姫様も連れてっちまうかねぇ」

「っ!? こ、来ないで! 近づくな色情魔!」


 エステルは落としてしまっていた水鉄砲を拾い、ヴァーンに向けて素早く水を発射。ヴァーンは避ける事もなく顔から水をかぶり、ニヤリと笑う。


「フッ……今のオレ様は無敵だ。大人しくしなぁエステルちゃん!」


 そのまま手を広げてエステルの方ににじり寄るヴァーン。エステルは一瞬逃げようと動いたが砂場に足を取られ、すぐにまた身体を隠してへたり込む。


「テメェを人質にすりゃあ、クレスもフィオナちゃんも手を出せねぇだろ。あとは水鉄砲こいつをピューッとすりゃあオレらの勝ちよ。完璧な作戦だろ?」

「下衆が過ぎる! 仮にも勇者パーティの一員だった男の発想ではないわ! や、やめなさい! 私に触ったら凍らせるわよ!?」

「お前に凍らされんのも慣れちまったからなァ。ほれほれエステルちゃん、大人しくオレに抱っこされな」

「い、い、い、いやっ、やめてっ! こ、来ないで――っ!!」


 怒りや羞恥心や悔しさやらでエステルの瞳に光るものが見えたとき、彼女の姿を遮るように草むらから一人の男が現れた。


「――え? ク、クーちゃん!?」


「無事……ではないようだが、なんとかギリギリで間に合っただろうか」

「エステルさん! 大丈夫ですか!?」


 フィオナがエステルのそばに寄り添い、二人の前にクレスが立つ。

 ヴァーンは「チッ」と舌打ちをして素早く身を引いた。


「フィオナちゃんまで……ど、どうしてっ」

「エステルさんや子どもたちの悲鳴が聞こえてきて、何かあったんだって慌てて来たんです! そしたら…………ええっと、な、なぜエステルさんは裸に……?」

「む? 裸?」

「クーちゃんは見ないで!」

「す、すまない!」


 すぐに視線を逸らす紳士な勇者。フィオナはキョロキョロと周囲を探って、近くに生えていた南国植物の葉を何枚かちぎって持ってくると、それでエステルの身体を隠した。だがさすがにそれでは覆いきれず、逆に扇情的になってしまう。


「エステル、何があったんだ」

「二人とも気をつけて。これはただの遊びではないわ。この水鉄砲の水は――」


 口早に説明をするエステル。水に濡れると透明化する――つまり見た目には全裸になってしまうという事実が発覚すると、クレスもフィオナも当然ながら驚く。


「ええ~! コ、コロネちゃん! そういうことはもっと早く言わなきゃダメだよ!」

「ご、ごめんなさいなのだ。でも、このゲームをしてくれた友達はみんな後から言ったほうが盛り上がってくれたのだ。だからそっちの方がよろこぶとおもったのだ!」

「うう、コロネちゃんに悪気がないのはわかるけど……。で、でもこの状態ではもうエステルさんは……」


 怒るに怒れず困惑するしかないフィオナ。

 そこでエステルがつぶやいた。


「ごめんなさい……二人とも」


 その声にクレスとフィオナがエステルの方を見る。

 エステルの瞳から、ぽろりと涙が溢れ落ちた。


「あの男が……フィオナちゃんとリズリットちゃんの裸を見ようと本気になって。それが嫌なら抵抗するなと脅されて……」

「何っ?」「ええっ!?」

「ハァ? オイエステル、てめぇ何言っ――」

「私! フィオナちゃんたちをどうしても守りたくて! だからあの男の言いなりに……そうしたら、容赦なく裸にされて……子どもたちの前で、なめ回すように身体を……もう、私は傷物なのね……」


 美しい瞳から透きとおる涙を流し、白い柔肌を隠しながら、可憐な声で弱々しくそうつぶやくエステル。

 クレスの目の色が変わった。


「ヴァーン……本当なのか……」

「いやちげぇって! オレがいまさらそんな女に手ぇだすわきゃねーだろ! つーか見ろ! ほらほらあいつほくそ笑んでる! あいつはお前を利用してオレをボコろうって魂胆なんだよ! ほら後ろ見て! 邪悪な笑み浮かんでる!」

「む?」


 振り返るクレス。

 そこで彼の目に映ったものは――


「だけど……フィオナちゃんとリズリットちゃんを守れたから、私はいいの。ねぇクーちゃん。私がお嫁にいけなくなってしまったら……第二夫人として、もらってくれるかしら? ……なんて、ね」


 涙を拭いながらも健気に微笑む、絶世の美女だった。


 クレスは水鉄砲を握りしめてヴァーンの方に向き直った


「……ヴァーン。いくらお前でも、やってはいけないことがある」

「だからちげぇって! オイクレスしっかりしろ! お前は人が良すぎんだよ! 相手はエステルだぞ!? 騙されんな! オレが健全な巨乳派だって知ってんだろ!」

「ならばエステルの言葉はすべて嘘だと言うのか?」

「ア? あーいやそれはだな」

「ハイ! ヴァーンお兄さんは、たしかにフィオナ先輩の『たわわなもの』が見られるって言ってました! でもたわわなものってなんですか?」

「バカヤロオオオォォォォ黙ってろガキィィィ!」


 手を挙げて発言したドロシーの口を塞ぎにいくヴァーン。ドロシーは目をパチパチさせながら困惑した。また、いきなり白羽の矢が当たったフィオナは「ふぇええ!?」と真っ赤になってうろたえ、自身のたわわな部分を手で覆い隠す。 


 三人組の令嬢たちがそれぞれ顔を合わせてつぶやく。


「まぁ……確かにそう言ってましたね、おじさん」

「言ってた言ってた! もーおじさん見損なったよぉ! えっち!」

「もはや私たちも被害者ですわ……男性として恥を知るべきですわよ、おじさん」

「お前らも空気読んで黙ってろよォォォォォ! ていうかオレら同じ青チームっしょ!? リーダーのオレを守ろうよ!? ねぇ!?」


 さらに三人組に告げ口されて為す術のなくなるヴァーン。

 クレスの身体から闘気が立ち上る。


 コロネットが言った。


「じょーがいらんとーは禁止なのだ! あくまでも水鉄砲しょうぶでおねがいするのだ! でもその代わりに二人の水鉄砲は全力パワーマシマシにしておくのだ! 当たるだけでめっちゃ痛いのだ!」

「了解した。拳を交えれば真実がわかる。ヴァーン、俺が勝ったときはフィオナやエステルに謝ってもらうぞ」

「だから違うのおおおおおお! ってマジでくんのかよ!? やめろクレッ――ああもうやってやんよドチクショウがおおおおお!」


 そのまま男二人の熱い闘い――もとい水鉄砲掛け合い勝負が始まり、当然ながらクレスの水着もすぐ濡れて透明化。そもそもいくら二人だけでいくら戦おうがこのゲームにおいては何の決着もつかないわけだが、それでも男の意地なのか、二人は(見た目には)全裸のまま激しい撃ち合いを続ける。


 女性陣はそんな光景をそれぞれ思い思いに眺めた。


「ク、クレスさんが本気です……。ええっと……でもこれ、そういうゲームでしたっけ……? ってわぁ!? わ、わたしの水着まで濡れちゃいました!?」

「こんなものじゃないわよ……。私をここまで辱めた責任は必ずとらせてやる……フフフ……」

「わーわーすごい勝負です! ね、レナちゃん! ってあれ? レナちゃん? レナちゃ~ん! どこいったの~~~~?」

「ちょっとおじさん! こっちまで水飛んできてるのだけど! きゃあ!? 私の水着まで透けちゃったじゃないの! もう最悪! バカー!」

「うわぁ~~~ん勇者さまたちに裸を見られちゃう! は、恥ずかしいよ~~~!」

「わ、わ、私が殿方の前で肌を晒すなんて……! こ、これでは家に帰れません! ど、どう責任をとってくれますの!?」

「あははは、すっごく楽しそうなのだ! みんな裸でなかよしなのだ~!」


 クレスとヴァーンの激しすぎる撃ち合いによって水鉄砲の弾丸は辺り一面に飛び散りまくり、結局はフィオナもドロシーもアイネもペールもクラリスもついでにコロネットも全裸状態となり、皆がやけくそとばかりに水鉄砲合戦に参加。撃ち合いは混戦を極め、現場はまさに混沌カオスと化すのだった――。

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