♯134 やる気を出す男
「ヴァーンの水着はちゃんとあるのだ。ただみんなに見えてないだけなのだ!」
「ハァ?」「えっ?」
ヴァーンとエステルの声が揃う。子どもたちも同様のリアクションを見せた。
「ちょ、ちょっと待って。コロネットちゃん? それはどういう意味?」
ヴァーンの方を見ないように手で視界を隠しながら尋ねるエステル。コロネットはヴァーンを指差して話す。
「実はですね! その水鉄砲は、中のお水を特殊な魔力でつつむことが出来るのだ。それでね、その水に濡れると着ている服がトウメイになっちゃうのだ~!」
『!?』
誰も予想していなかった発言に、皆が驚きで固まってしまう。
「水鉄砲の勝負は、どっちが当たったかわかりにくいのだ。だから、すぐわかるようにそうしたのだ! あ、でも安心していーのだ。服がトウメイになっちゃうだけでリタイアはないから、ヴァーンはそのままさんかしていーよ。どっちかのチームのハタがとられるか、どっちかのチームがみんなトウメイになっちゃった時点で負けなのだ!」
まさかの展開に、さすがのエステルも動揺を隠せず声を大きくしてしまう。
「な、な、何よそれはっ! そんな話聞いていないわ! なぜもっと早くに言わなかったの!?」
「後から言ったほーがおもしろいからです! なのだ!」
「ちょっ!?」
100%無邪気な笑顔で断言されてしまうものだから、もはやエステルもそれ以上文句が言えなくなってしまう。
そのときだった。
「あぶないっ!!」
「――え?」
突如として叫んだのは、レナ。
エステルはその声が敵であるはずの自分へ向けられたものであると気付いたが、その時にはもう、すべてが遅かった。
飛んできた水の弾丸が、エステルの胸元にヒット。
濡れた水着が、じんわりと色を失って透明に変わっていく。
そして当然、ヴァーンと同じようにエステルの肌も晒されることになった。
「ふにゃあっ!?」
可愛らしい声を上げつつ、慌てて胸元を隠すエステル。だが続けざまに今度は下半身が狙われ、パニクっていたエステルは避けきれずにそれにも当たってしまう。つまり、外見上はほとんど全裸と変わらないような状態に陥ってしまった。
これにはさすがの彼女も動転する。
「や、やめっ、やめて!」
思わず丸まってしゃがみ込んでしまうエステル。なんとか大事なところは隠すことが出来たが、その場からは完全に動けなくなってしまった。普段の落ち着いた彼女なら容易に避けることも出来ただろうが、“彼”が視界に入らないよう手で隠してしまっていたことが最大のミスであった。
「あ、ああっ、貴方、貴方という男はっ!」
エステルが恨みと羞恥のこもった瞳でそちらを睨みつける。同時にレナたちの視線もそちらに向いた。
撃ったのは誰か。
もちろん、この男である。
「ひゃっひゃっひゃ!! いいザマだなぁエステルちゃんよぉ!」
右手で水鉄砲をぴゅーと上空に撃ちながら、やはり一切前を隠すことはなく胸を張って立つ男。ヴァーン。
またしても子どもたちの悲鳴が上がり、エステルは頬を赤らめながらもそちらから目を逸らさない。
「ぐうっ……あ、貴方! コロネットちゃんの説明を聞いた途端に迷わず私を狙ってきたわね!? それも死角からっ!」
「おう。本当は直接ひんむいてやりたかったところだがなぁ、ま、ほとんど同じようなもんだろ? それよりようやくテメェの生意気ちっぱいが拝めて満足したわ。サイズはともかく形はいいじゃねぇか。後は揉み心地だな?」
「て、手をわきわきさせながら近寄るな変質者!」
「おっと怖え! んじゃやめときますかねぇ」
あっさり身を引いてニマニマと悦に浸るヴァーン。おそらくはただ脅して遊んだだけだったのだろう。普段とは真逆の構図に、身動きの取れないエステルは丸まったまま、ただ悔しそうに睨みつけるのみだ。
「このっ、ぜ、ぜ、ぜ、絶対に許さないっ!! 絶対だわ! 一生だわ!! その目をくりぬいてやる!」
「おおこわっ。なんならそこにあるうちの旗を取っちまってもいいんだぜエステルちゃん? そっから動けるもんならなァ」
「う、うううぅぅぅ……!!」
「しっかし仕組みがわかると面白ぇな。言われてみりゃあ確かに水着を着てる感覚があるっつーのに、マジで透けてるぜ」
ヴァーンが自分の水着を軽く引っ張って放すと、パチンと小さな音が響く。ヴァーンは間違いなく水着を着用しているが、それが皆には見えない。エステルも同じ状態だ。
二人ともただ“水鉄砲に撃たれただけ”であり、何もリタイアしたわけではない。ゲームは続行中だ。エステルがここから強引に旗を奪うことも不可能ではないだろう。しかし、それは出来ればの話である。これは、“恥”を知らない方が圧倒的に有利なゲームなのだ。
ヴァーンは赤い髪をバックに掻き上げて笑う。
「へへ、まさかエステルを見下ろしてやれる日が来るとは愉快なもんだぜ! ガキの遊びだと面倒に思ってたが、最高のゲームを作るじゃねぇかコロのガキんちょ。いいぜ、今から全力でやってやる」
「おおー、ヴァーンがやる気になったのだ! やっぱり男の子は女の子好きなのだ!」
「そういうこった! ヒヒヒ……これで一番厄介なヤツは片付いたからな。あとはフィオナちゃんとリズリットちゃんか」
「んなっ!? あ、貴方! あの子たちにまで毒牙にかけるつもり!?」
「ハァ~~? こちとら真面目にゲームをやるだけだぜ? いやぁオレ様はバトルとなると燃えちまうからなァ。その結果どうなっちまっても仕方ねぇよなァ!? オイガキ共、オレ様についてこい! 勝たせてやるぜ! ワハハハハ!」
もはや悪役としか思えない下卑た笑いで勝利を確信する(ほぼ全裸の)ヴァーン。これには味方チームのレナも「うわぁ……」とドン引きした。天然気味なドロシーとコロネットだけは楽しそうに拍手をするが、男の裸体など見たこともなかった温室育ちの貴族令嬢三人組は、あまりのショックに体調すら崩し始める始末である。初めてがヴァーンのものとあっては、いろいろと幻想が壊れたのかもしれない。
ヴァーンはすっかりいつもの調子を取り戻し、その場で準備運動をしてそのやる気を示した。身体の調子は万全である。
「うっし。んじゃあ万が一に備えて三人組は残っとけ。三人もいりゃあ旗を奪われることはねぇからな。んで残ったヤツらはオレについてこい。エステルさえつぶせりゃ今のクレスも怖かねぇ。しかもこっちにゃ身体まで透明になれるヤツがいる。もはや勝ったも同然! でもってフィオナちゃんのたわわなものがようやく拝めるぜぇ! つーか別に負けてもいいがな! 試合に負けようが勝負に勝つ! それがヴァーン様だぜワハハハハハ!」
「わかりました! レナちゃん、いっしょにがんばろうねぇ!」
「レナ、この人のチームやめたいんだけど」
「おじさんいいから前なんとかしてよ!!」
素直に言うことを聞いてやる気を見せるドロシーと、目を細めてヴァーンを軽蔑するレナ。三人組はまだ紅潮がさめやらぬ状況で、まともにヴァーンが直視出来ないでいたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます