♯133 やる気のない男

 果たしてエステルの予想は当たっていた。


「あーくだらねぇくだらねぇ」


 島の西側。なんとヴァーンたち青チームは、最初にコロネットからルール説明を聞いたあの場所ほとんど動いていなかった。

 というのも、チーム内で唯一の大人がふんぞり返っていたからである。

 そしてレナ、ドロシー、アイネ、ペール、クラリスはそのふんぞり返った大人の扱いに戸惑っていた。


「もう作戦タイムも終わったしとっくに試合始まってるよ。あなたのせいでここが拠点になっちゃったじゃない。どうするの?」

「ヴァーンおじさ――お、お兄さぁん! このままじゃ、ドロシーたち負けちゃいますよぅ!」


 レナとドロシーがそう声を掛けても、ヴァーンはハンモックの上に寝っ転がったままひらひらと手を振る。


「いいんだよさっさと負けて。ルール説明を聞いたときはまぁなかなか考えてやがるなとは思ったが、こんなチームじゃ話にならん。いい加減ガキの遊びに付き合ってられるかっての。オレは寝る。お前らだけで遊んでな」

「ちょっと何それ! 無責任よおじさん!」

「そうだよそうだよぉ! いちおうリーダーなんだよおじさぁん!」

「まったく呆れたものですわ。これだからおじさんは……」

「おっさんおっさんうるせぇ! オレはまだ若モンじゃ!」


 アイネ、ペール、クラリスのおじさん呼び攻撃も一蹴し、子どもたちがため息を漏らす。


 そこでコロネットがぺちぺちとヴァーンの額を叩いた。


「ねぇねぇ、ヴァーンは女の子は好きなのだ?」

「ハァ? そりゃ好きだが、いきなり何の話だ」

「それなら、きっとヴァーンも楽しんでくれるはずなのだ! みんなそうだったのだ! いっしょに遊ぼうなのだ!」

「んだから何言ってんだお前。オレ様が好きなのは色気のあるボンキュボンなんだよ。お前らみたいなガキにゃ興味ねぇ。だいたいそれとこれと何のかんけ――」


「んふふ!」と笑顔でヴァーンに水鉄砲を差し出すコロネット。

 ヴァーンはその水鉄砲をしばらく見つめて……それから何かに気付いたような顔をして上半身を起こした。


「オイ、コロ。お前、ひょっとしてこいつはただの……」


 ヴァーンの言葉に、コロネットはただ笑顔で答えるのみ。


 次の瞬間――そんなヴァーンの顔面に勢いよく水の銃弾が当たった。


「どわぁっ!?」


 続けて彼の胸元や腹の辺りにも弾が命中し、撃たれたヴァーンが後ろにひっくり返ってハンモックから落ちる。その様子に子どもたちが小さな悲鳴を上げた。


 レナが真剣な顔をして草むらの方に水鉄砲を構えた。


「あっち!」


 そのままトリガーを引けば、水の固まりがビューと飛び出して木に命中。


「隠れてるのはわかってるから! 出てきて!」


 レナがそう叫ぶと、木陰からエステルが姿を見せた。


「あら、意外と気付かれるのが早かったわね。優秀な生徒だわ」

「わぁ! エ、エエエエステル先生です! ど、どうしましょう~!」


 慌てた声を上げて身をすくめたのはドロシー。彼女たちにとってエステルは新任講師であり、尊敬すべき大きな存在だ。そんな相手がいきなり敵としてやってきたのだから無理もない。


「さて、これで後は子どもたちだけというわけね。校外実習をしてあげましょう」


 クールな微笑を見せるエステルに、子どもたちが背筋を冷やす。

 身を起こしたヴァーンが声を荒らげた。


「いってえぇ……オイコラエステル! 不意打ちしてんじゃねぇぞ卑怯もん!」

「やる気のない男が何を言っているのかしら。貴方はもうリタイアになるのでしょう? 己の情けなさにうちひしがれながら黙ってそこで――って! あ、あ、あっ……!」

「ア? ンだよその顔は」


 突然狼狽したエステルに顔をひそめるヴァーン。やがて子どもたちからも「きゃあ!」と甲高い悲鳴が次々に上がり、レナとドロシー以外の三人娘は手で顔を覆ってしまった。


「うっせぇな! なんだよお前らいきなり!」

「あ、あ、あ……貴方! な、なんてものを見せつけるのよっ!」

「ハァン? だからテメェさっきから何言って――」

「自分の姿を見てみなさい!」


 叫ぶようなエステルに言葉に、ヴァーンはイライラした様子で自分の身体を見下ろす。



 ヴァーンは素っ裸だった。



「うおっ? なんだこりゃ」

「それはこっちのセリフよ!! そ、そ、そんな卑猥なものを見せつけてこちらを油断させようなんて卑劣極まりないわ! 無人島だからって何をしてもいいわけじゃないのよ!」

「アーアー初めて見たわけでもねぇだろうに騒ぐなっての。これだから処女はよぉ」


 股間を隠すこともなく、堂々としたままやれやれと首を振るヴァーン。初めてではない――という発言にか、子どもたちが「えっ」というような顔でエステルの方を見た。


「誤解されかねる発言をしないでちょうだい! とにかくそれをどうにかして!!」

「んなこと言われてもなぁ。オレ様の派手な水着がどっか消えちまったぞ。まさかさっきひっくり返ったときに脱げるはずもねぇしなぁ」


 ポリポリと頭を掻いて周りを見回すヴァーン。

 どこにも彼の水着は落ちていない。ならばなぜこんな状況になっているのか。


 その答えを知っているコロネットが口を挟む。

 

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