♯114 水着は必須アイテム

 数日後。

 日ごとに聖都への日差しはその強さを増し、暑い季節が始まろうとしていた。街ゆく人々も次第に薄着となり、露天の冷たいジュースやアイスをねだる子供たちの姿が多く見られるようになっている。


 そんな時期に、フィオナはセリーヌの服飾店にやってきてレナのことを相談していた。


「――と、いうわけなんです。どうでしょうか……?」

「ふーん。アカデミーの子たちと海に旅行ねぇ。いいじゃない楽しそうで。けど、あたしは無理ねー」


 こなれた手つきで素早くたたんだ服を店頭に並び直していくセリーヌ。

 フィオナは、なんとなくわかっていた返答にちょっぴり残念そうな顔を見せた。


「そうですかぁ……よければセリーヌさんもご一緒にと思ったのですけれど、やっぱりお忙しいみたいですね」

「ごめんごめん。いやほんとフィオナのおかげでお店が捗っちゃってさ。少しずつ客足も落ち着いてきたんだけど、まだまだ忙しくて旅行なんて行けるヒマないわね。――あ、いらっしゃいませ~! 今期の新作水着、もう入荷してますよー!」


 話の途中にも数名の女性客が入店し、店を回っていく。どうやら目的は水着のようであった。

 あの結婚式においてフィオナのウェディングドレスを手がけたことセリーヌの知名度は爆発的に上がり、今では街でトップクラスの人気服飾店ブティックとなっていた。男性物も取り扱ってはいるが、女性向けの品が圧倒的に多いため、もっぱら客は女性である。


「ま、でもこっちはあたしだけでなんとかなるし、よかったらリズリットも連れて行ってあげてよ。あの子ってばアカデミーとこっちのバイトばっかりで全然遊んだりもしないし、浮いた話もないからねぇ。ていうかさ、そのレナちゃんって子より、リズの方が手掛かりそうじゃない?」

「そ、それはリズリットに失礼ですよっ」

「あははは。ま、ヴァーンさんとエステルさんが護衛役でついてきてくれるなら道中も安心でしょ。あんただって、クレスさんと海に行けるの楽しみなんじゃない?」

「えへへ、そ、それはそうなんですけど。ただ、レナちゃんが楽しんでくれるかどうかが心配で……」

「んー、そうねぇ。そこは当人に訊かないと何もわからないし、悩むくらいならとにかく話して、とことん付き合ってみることよ。ほら、リズだっていつの間にかすっかりクレスさんと馴染んでるし」


 店の片隅に目を向けるフィオナとセリーヌ。

 そこではクレスがリズリットの仕事アルバイトを手伝っており、重たい荷物運びを代わりに行っていた。水着を始め、これからの季節に向けた新作がたくさん入荷してきているのである。

 その後、なぜかクレスが荷物を利用した効率的な筋トレのやり方を指南し始めて、リズリットは必死にそれについていこうとする。どうやらリズリットが体力をつけたいとお願いしたようであった。しかし、小さな荷物を一つ持ち上げるのにも苦労するリズリットはすぐにへたれてしまう。


「ふふ、そうですね。クレスさんは優しくて純粋ですから。でも、わたしはあまり人と仲良くなるのが得意ではないと思うので……」

「ったくもー、あんたは何でも完璧にやろうとしすぎるのよ。遊びに行くんだからもっと気を抜きなさいっての! 美味しいお弁当でも作って準備しておきなさいな。そのレナちゃんって子、前に喜んで食べてくれたんでしょ?」

「あ、は、はい。そうですよねっ」


 フィオナ自身わかっていたことではあったが、セリーヌから言われて改めて自覚する。

 レナが海を楽しんでくれるかどうかは、自分たちにかかっているのだ。

 

 フィオナがただ背中を押してもらいたかったのだと理解していたセリーヌは、服を並べ終えてから手をパンパンと払ってフィオナの方を見た。


「そもそもさ、そのレナちゃんって子も誘ったら来てくれる時点である程度は脈あるでしょ。あとはなるようになると思うけどねぇ」

「そ、そういうものでしょうか」

「そういうものよ」 


 セリーヌの言うとおり、既にレナが海に来てくれることは決定している。


 先日、クレスが「海へ行こう」と言い出した後、クレスとフィオナは早速アカデミーでモニカに事情を説明し、了承を得てから、その日の授業がすべて終わったあとで女子寮のレナの部屋へ向かった。


 そこで、クレスからハッキリとこう話した。



『レナ。海へ行こう』

『……は?』

『既に先生からは了解を得ている。保護者として俺やフィオナもついているから問題ない。出発は来週末。日程は一泊二日の予定で、ここからほど近いルーシア海のリゾートビーチにしようと思う。旅費もすべてこちらで受け持つから心配は要らない。ああ、それと君の同級生――ドロシーたちも来てくれることになっているから宜しく頼む』

『なにそれ。まって。レナいくなんていってない!』

『海は嫌いかい?』

『え? ……べ、べつに……ていうか、いったこと、ない……』

『そうか。俺とフィオナは、レナと海に遊びに行きたいと思っている。寮に暮らしているとなかなかそういう機会もないだろう。海はあれで良いトレーニングの場所にもなるし、君の気分転換にもなると思うんだ。それに――』

『……それに?』

『海は良いところだよ、レナ』

『…………』


 女児を誘うにしては少々そっけなく、半ば強引にも見えるクレスの誘いに、レナはしばらく何も言わずに黙りこんでいた。

 フィオナが心配そうに返事を待っていると、やがてレナはぼそりと一言だけ返した。


『……いく』

『そうか。ありがとうレナ』


 クレスに頭を撫でられて、レナは少し不機嫌そうに顔を背けて部屋に戻っていってしまった。



「……レナちゃん、楽しみにしてくれてるのかなぁ……?」


 そのときのことを思い起こして考えるフィオナ。少なくともフィオナにはレナが楽しみにしているようには見えなかったが、かといって嫌なら来るはずもない。

 ならばと、フィオナは前向きに意識を切り替える。


「……よぉ~し! 決めました! レナちゃんに楽しんでもらえるようにがんばります!」


 グッと拳を握って眉尻を上げるフィオナ。セリーヌは苦笑しながら次の荷解きを始める。


「そうそう。あんたはそうやって突っ走る方が性にあってるのよ。というかさぁ、あんた、今までさんざんすごいことやってきて、いまさら子供相手になにびくびくしてんの。そんなんじゃ将来クレスさんの子供を育てられないわよー?」

「はっ!」


 その一言がさらなるきっかけとなり、フィオナの心の熱量を上げていく。

 フィオナの瞳は燃えていた。


「……そうです。セリーヌさんの言うとおりです! これも良い機会ですよね! 家事に魔術に子育てお仕事! なんでも出来るパーフェクト嫁になるための大切な修行です! 『逃げるなプディ・前を向けルファラ・魂を燃やせエクレーン』です!」

「そんな嫁目指してるのあんたくらいのものよ。――それで? 水着はどんなものにしていくわけ? ちょうどたくさん入荷してあるわよ~」

「……へ? みずぎ?」


 ガッツポーズを取ったまま、パチパチとまばたきをするフィオナ。

 これにはむしろセリーヌの方が驚いていた。


「あれ? そのために来たんじゃないの? まさか本当にあたしとリズリットを誘いに来てくれただけ?」

「そ、そのつもりでしたけれど」

「あらま嬉しい。けどあんた、さすがに水着なんて持ってないでしょ? アカデミーには騎士学校と違って泳ぎの授業なんてないしね。海に行くなら水着くらい持って行かなきゃ。何しに行くのよ」

「泳ぎ…………海…………水着…………あ、ああ~!」


 セリーヌの発言で、フィオナはようやくそのことに気付いた。そして慌てる。


「セ、セセセセリーヌさんどうしましょうっ。わわわわたし水着なんて持っていません!」

「いや、だから今そう言ってるじゃない。なんなら適当に見繕ってあげよっか? ただねぇ、あんたくらいのサイズになるとだいぶ限られてくるわよ。下手するとポロリあるしなー」

「はい! お、お願いします!」

「ん、オッケーまいどあり。――クレスさーん! そっちの荷物、ちょっとこっちに運んできてもらえるー!?」


 セリーヌの声にクレスがすぐさま反応し、リズリットと共にやってきた。


「この箱でいいのかい?」

「ありがとクレスさん。ところでさ、クレスさんはセクシーな水着とキュートな水着、どっちが好き?」


 そこで箱の中から二つの水着を取りだして見せるセリーヌ。片方は布面積の少ない大胆なビキニ。もう一つはワンピースタイプのフリフリが可愛らしい。 


「ん? なぜそんな質問を?」

「やー、まぁ参考までにね! 若い男性の意見が聞きたいワケなのよ」


 ちら、と隣のフィオナに目配せするセリーヌ。フィオナはドキドキしたような面持ちでクレスの返答を待っていた。

 クレスは質問の意味がよくわかってはいないようだったが、彼なりに真剣に考えて答える。


「うーむ……俺にはそういうことがさっぱりわからないが……、ただ、服とは誰かに着てもらって初めて生きるものだろう? 俺は、どんな水着であろうとその人に似合っていれば好きになれると思うが」

「ほっほ~う? なかなか挑戦的なセリフね。いいわクレスさん、あたしのセンスってのを見せてあげる! そのときを楽しみにしていることね! あとついでにクレスさんの水着も選んだげるから後で着せ替えさせなさいね!」

「ん? お、俺の水着? 一体何の話なんだ?」


 要領を得ないクレスに、背後でリズリットが首をかしげていた。

 客に呼ばれてその場を離れることになったセリーヌは、去り際にフィオナの耳元でひそひそと言う。


「んふふっ、とびっきりイイの選んだげるからクレスさんを悩殺しちゃいなさい!」

「の、悩殺……! が、がががんばります!」


 こうしてさらにやる気を出したフィオナを見て、クレスもさらに頭を悩ませていた。

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