♯112 もぐもぐタイム
クレスとフィオナの間でベンチに座るレナは、膝上のそれを見て何度もまばたきをした。
フィオナが用意した弁当箱の中身は美しいもので、手軽なサンドイッチをメインに、色とりどりの様々な具材が並ぶ。クレスの健康状態を保つため栄養成分もしっかり考えられているのだが、中でもミニハンバーグと卵焼きにレナの目が吸い付く。
そして、とにかく量が多かった。
フィオナはじっと弁当箱を見つめるレナに戸惑いながら話す。
「あ、あのねっ、食べてほしいなってものがたくさんあって、気付いたらいつもより多く作りすぎちゃったの。だから、レ、レナちゃんにもたくさん食べてもらえたら助かります!」
「…………」
「えとえと、ク、クレスさんとわたしだけじゃ残してしまうかもしれないから……お願いします! あっ、何か苦手なものが入ってたら遠慮なく言ってね!」
「…………」
なぜか弁当を作った方が下手に出る展開に、レナはしばらく無言で何も応えはしなかった。
そこでフィオナがほんの少しだけ寂しげに目を伏せるのを見て、レナはしぶしぶとハンバーグに手を伸ばし、ぱくりと一口頬張った。
「……!」
レナの瞳が一瞬だけ大きく開かれて、それからレナはぱくぱくと色んなおかずを食べ進めていく。その反応に、クレスとフィオナが揃って微笑む。特にフィオナは安堵からホッと息をついた。
やがてレナは、先ほど落としたおにぎりにも口をつける。汚れた部分はなるべく避けていたが、それでもフィオナは驚いた。
「あの、レナちゃん。そのおにぎりはさっき……」
「いいのっ」
余計なお世話とばかりに、キッチリとおにぎりも完食するレナ。
そんなレナを、フィオナは優しく見守った。
フィオナにはわかっていたからだ。
見覚えのある不格好なおにぎりを、誰が作ったのか。
フィオナが在学していた頃にも、あのお茶目な講師はよくお手製のおにぎりを持ってフィオナのところに来てくれた。一緒に食事をするうちに、だんだんと話せるようになっていった。
誰が誰のためにこのおにぎりを作ったのか、レナはちゃんと知っているのだろう。だからフィオナは、レナがきちんと分別のつく優しい心を持つ子であるとわかって嬉しくなった。
「……ねぇ。それで話ってなに」
「え? 話?」
「さっきそっちが言ったんでしょ。わすれたの?」
「あっ――」
不機嫌そうな目のレナから尋ねられて、ニコニコしていたフィオナがハッとする。
「あの、えっと、えーっと…………ご、ごめんなさい。実は、お、お話は特になくて」
「は?」
「ご、ごめんね? とにかくまずはレナちゃんと一緒にごはんを食べたかったの。だからその、お話って言うのは口実で……。あのね、わたしも在学中はモニカ先生とお昼ごはんで仲良くなれたから。それでね、レナちゃんとも仲良くなれたらなって。美味しいものを一緒に食べると、とっても楽しい気持ちになれるから。ねっ?」
その純粋な笑顔と発言に、レナはポカンと口を開けて呆然とする。隣では、クレスが口いっぱいにもぐもぐしながら大きくうなずいていた。
クレスが飲み込んでから言う。
「――うん、フィオナの作るものは何でも美味しい。いくらでも食べられてしまう。だからすぐに太ってしまうんだ。レナも気をつけてくれ」
「うう~、ご、ごめんなさいクレスさんっ。クレスさんは何を作っても美味しそうに食べてくれるので嬉しくて……。でも、体重管理もお嫁さんのお仕事ですよね。き、気をつけますねっ」
「いや、その分身体を動かせばいいだけさ。だからもう少し俺に家事を割り振ってくれると」
「それはダメです♥ クレスさんのお世話は、わたしの生きがいですから!」
「むう。そ、そうか」
「もう、クレスさんはすぐお手伝いしたがるから油断なりませんっ。そういうのは全部わたしの役目なんです。今は特にお嫁さん力向上期間ですからね!」
「そ、そんな期間に入っていたのか」
「はい! やりたいことがたくさんあるんですっ!」
上手いタイミングを発見して家事をやらせてもらう流れに持っていったクレスだったが、やはりフィオナはフィオナであった。
そもそもこの時代に家事を行おうとする夫がいること自体が珍しかったが、それを笑顔で拒否する妻がいることもまた珍しい。ゆえにレナは二人の会話を呆けたように見つめていた。
「――ん? どうしたレナ」
「……あ。べ、べつになにも」
「ああそうだ。レナ、これは俺が畑で育てたフルーツを使ったケーキなんだ。フィオナが蜜漬けに加工して作ってくれてね。食べてみてくれ」
「それは自信があるんです! 是非食べてみてください!」
そこでクレスから真っ赤な果実の乗った可愛らしいケーキを一切れ勧められて、レナは訝しげにケーキを眺めてから、そっと口の中に入れる。
「…………!!」
レナの瞳が途端に輝いた。
とろとろしたクリームの濃厚な甘さ、スポンジのふわふわした弾力、そこへフルーツの甘酸っぱくも爽やかな瑞々しさが絶妙なアクセント。初めて食べたらしいスイーツの感動を抑えられないのか、クリームを口につけたレナの手が二つ目に伸びた。
クレスとフィオナは、そんなレナを静かに見つめる。
もちろん、本当は話したいことならあった。
だが、そんなものは後でいい。
今はこうして、ただ一緒に食事の時間を過ごすこと。それが、クレスとフィオナの一番の目的だった。
――そんなとき。
クレスの視界に、見覚えのある少女が映った。
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