♯110 フィオナとレナ
レナの境遇はフィオナと近いものがあった。
家族がおらず、魔族との『混血』であり、人付き合いが上手く出来ず、さらにはフィオナと同じ十歳という年齢でアカデミーに入学している。そして、アカデミーでモニカという講師に出会った。
だからなのか、フィオナはレナに強く感情移入することが出来た。
同時に思う。
「……わたしは、きっと、とても恵まれていたんですね」
フィオナは、目を伏せながら胸に手を当てる。
「レナちゃんとわたしは、似ています。けれど、わたしにはベルッチのおじ様とおば様がいてくれました。温かく見守ってくれる家族がいることがどれほど心の支えになるのか、わたしもアカデミーに入ってよくわかったんです。それに……」
隣に座るクレスの顔を見つめるフィオナ。
「心の中に、ずっと大切な人がいました。だから、どんなに大変なことでも乗り越えて来られたんだと思います」
フィオナが笑いかけると、クレスは一度大きくうなずいてからフィオナの手を取った。
それからフィオナは、モニカの方に目を向ける。
「モニカ先生。
「うんうん、よろしい。花マル合格点あげちゃうゾ!」
モニカがフィオナの前でまた人差し指をくるくる回し、宙に描いた花マルのマークをフィオナの額にペタンと押す。
これは、フィオナが在籍していた頃よくやっていたやりとりであった。二人は懐かしさで同時に笑う。
「急なお願いでごめんね。でも、レナちゃんにとってもフィオナさんにとっても、すごく良い経験になるんじゃないかなって思うんだ。もちろん資金面のこととか、私やアカデミーでも支援をするよ! だから、少しの間だけお願い出来ないかな? フィオナさん、クレス様。レナちゃんを、どうかよろしくお願いします」
席を立ち、深々と頭を下げて懇願するモニカ。
フィオナがクレスの方を見ると、クレスは無言でうなずいてくれる。
だから、フィオナはすぐに答えを出すことが出来た。
「顔を上げてください、モニカ先生」
モニカが、言われた通りに顔を上げる。
「わかりました。この依頼、お受けします」
「フィオナさん……わーありがとう! よかったぁ! ああ、安心して腰が抜けちゃいそう~。それじゃあ後は報酬のお話だね。今回は弾んじゃうよ!」
「あ、いえっ、お金は受け取れません」
「え? どうして?」
フィオナの言葉に目をパチパチとさせるモニカ。
フィオナは、少し困った顔で返した。
「その、お金を受け取ってしまったら……それは、“仕事”になってしまいます。でも、わたしは仕事としてではなく、対等にあの子と向き合ってみたいと思ったんです。わたし、少しはレナちゃんの気持ちをわかってあげられるかもしれませんから」
「ええ~? で、でも……クレス様もそれでよろしいんですか?」
「ああ。異論はないよ」
躊躇なくうなずくクレス。
フィオナは穏やかな表情で告げた。
「モニカ先生。今回の依頼は、きっと、わたしたちが安定した生活を送れるように、そういう面まで考えてくれていたんですよね」
「……あはは~、ちょいバレしてる? まぁ、そういうこともちょっぴりあるかな。二人の結婚式とっても良かったし、先生としては少しくらい援助したいからね」
「……ありがとうございます」
フィオナはよく知っていた。モニカがどういう人物なのか。
だからこそ、依頼を受けても良いと思えたのである。
「それに……モニカ先生は、わたしにとって恩師です。わたしがアカデミーで毎日頑張れたのも、卒業出来たのも、先生のおかげだと思っています」
「え~? いやいやそんなことないのよ? それはフィオナさんが優秀だったからで、新米だった私は大して力になれなかったもの~」
「ふふ、そんなことないです。だからわたしは、先生が困っていたらお力になりたいです。いずれは……きっとレナちゃんも、わたしみたいにモニカ先生と仲良く出来るはずですよ」
「フィオナさん……」
そう言って微笑むフィオナに、モニカはしばらく呆けて言葉を失っていた。
なにせ、フィオナは在学中にこんな表情を見せることはほとんどなかったから。
そんなフィオナが成長し、立派な姿で自分の前に戻ってきてくれた。
モニカは、勢いよくフィオナに抱きつく。
「あぁ~~~ん! なんて良い子に育ったのぉ!」
「わっ!? せ、先生っ?」
「フィオナさんこそ私の自慢の生徒なんだよぉ~! フィオナさんのおかげでお給料上がったし、待遇も良くなったんだからぁ! ありがとうありがとう~! 花マルいっぱいあげる~~~!」
「先生? あの、お、落ち着いてください! わぁ~~~!」
「うんうん。立派な師弟愛だな」
感動したらしいモニカがフィオナに頬ずりとキスをし始めて、クレスは一人神妙な顔でうなずきながらその光景を見守っていた。
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