♯109 リリス・ヴァンプ
それからモニカが新しい服に着替え終わったところで、三人はモニカの講師部屋で話を始めていた。
「こんなこともあろうかと、予備の白衣は十着ほど所持する私だった! ささ、コーヒーしかおもてなしが出来ないんだけど、どうぞどうぞ。にしてもさっきはいきなりでごめんね~。ホント私はドジばっかりで、フィオナさんが在学していた頃も迷惑かけちゃってたよね。レナちゃんにも怒られてばっかりでさ~」
テーブルにカップを置きながら照れ笑いするモニカに、フィオナが「そんなことないですよ」とあせあせフォローを入れる。
クレスはカップからモニカへ視線を移して尋ねる。
「それで……依頼の話というのは、ひょっとして先ほどの少女のことなのか?」
「ああ~さすがクレス様! お察しがよろしいですね。はいはい、そうなんですよ~。今日はお二人が足を運んでいただけるということで、顔合わせだけでもしてほしかったんです。まぁ結果的に顔は見せられたけど、逃げられちったなぁ」
「そうだったんですね……。モニカ先生、あの子は……?」
フィオナが少女のことを尋ねると、モニカは自分のコーヒーにドバドバと砂糖を山盛りに入れてから一気に飲み干し、「ぷはー」と満足げな顔をした。
「うん、えっとね、あの子の名前は『レナ・スプレンディッド』ちゃん。十歳の女の子よ。身寄りがなくてねー、教会が運営している孤児院で育ったの。ほら、私の講義で孤児院に行ってさ、子供たちとワイワイ遊ぶっていう授業あったでしょ? そこで出会ったの」
「あ、はいっ。わたしも受けました。そっか、あの子は孤児院で……」
「そうそう。どうも早期に魔術の才能が開花しちゃって、孤児院でいろいろとヤンチャしちゃってたみたいなのね。それで、孤児院では面倒が見られなくなったからって
そうは言いながらもまるで悲観的な様子はなく、カラッとした表情で笑うモニカ。その口元にちょっぴりコーヒーのあとが残っている。
この時点で、クレスは彼女の生来な明るさを感じ取った。そして、それがフィオナにも多少なりとも影響したのだろうかと思い、少し微笑ましい気持ちになっていた。
「で、まぁここからが本題なんだけどね。フィオナさんに、少しの間だけあの子の面倒を見てもらいたいんだ。もちろん、クレス様もご一緒に! お願いします!」
ぱんっ、と手を合わせて嘆願するモニカ。これにフィオナは動揺した。
「た、確かに子育てという依頼でしたけれど……それは、わ、わたしがレナちゃんを育てるということなんでしょうか? でもっ、さ、さすがにわたしにそこまでのことは」
「いやいや、子育てって言ってもそんな深い意味じゃないのよ。これから二週間くらい私が忙しくなりそうだから、その間だけフィオナさんにあの子を見ていてもらえないかなーって思って。ほら、フィオナさんって面倒見良さそうだしね♪」
「うーん。確かに」
「ク、クレスさんまで。わたし、そう見えるでしょうか?」
ウィンクするモニカと、腕を組んで納得するクレスとの間で目をきょろきょろさせるフィオナ。クレスとモニカが揃って笑った。
「で、でもモニカ先生。どうして、わたしにあの子を? 子育てというのなら、もっと適任の方がたくさんいるような気がします……」
自信なさげに尋ねるフィオナ。
当然ながら、そもそもフィオナに子育ての経験などない。さすがに、クレスが小さくなったときのことはそのうちに入らないだろう。将来はいろいろと頑張りたい気持ちは満々だが、今のフィオナはまだ若すぎる。
そんなフィオナのもっともな疑問に、モニカはカラッとした笑みを浮かべて返す。
「それはね。フィオナさんなら、あの子を
「……え?」
モニカは立ち上がると、棚から二冊の本を持ってきた。
開かれた二冊の本のページには、それぞれ別の魔族についての記述がある。
「さっき見てわかったと思うけど、レナちゃんには魔族の血が入っているの。それも『
「リリス・ヴァンプ……? き、聞いたことがありません。クレスさんはどうですか?」
「いや、俺も知らないな。それはどんな魔族なんだい? ――む、ひょっとしてこの本の?」
そこで目聡く気付いたクレスに、モニカはウィンクをして「せーかい♪」と指でくるくるマル印を描いた。
そして、二冊の本に載った二種族の魔族を示す。
「『夢魔鬼』はね、『
「ええ……っ!? ど、どちらもすごく珍しい魔族さんです! それに、確かどちらも魔力の強い種族ですよねっ」
「ああ。俺も、旅の中ではほとんど会ったことがない種族だな」
「会ったことがあるだけクレス様はすごいな~! そんな子がどうして聖都に来たのかはわからないけど……アカデミーでの生活には不満もあるだろうし、もう毎日戦争よ! にへへ、私しばらく子供は作らなくていいやって思っちゃうくらいねー!」
どうやらモニカは今までに結構な苦労をしてきたらしい。クレスとフィオナも先ほどのレナの暴走ぶりから、その片鱗は感じ取っていた。
レナの魔力の高さは、二人の目から見ても確かである。そして、今の話を聞いてその理由もよく理解出来た。
ここで、モニカの瞳がすっと静かなモノに変わる。
「で、レナちゃんにはさ、きっと、自分をわかってくれる人が必要なのよ」
「わかってくれる人……ですか?」
「うん。孤児院やアカデミーでも魔族との『混血』は目立つし、そのせいでまだ友達もいないみたいだしさ。たぶん、厄介者としてたらい回しにされてると思ってるんじゃないかなぁ。あの子、まだ小さいのに賢いの。オトナの考えとか事情とか、見透かしてるところがあるのね。だから、私のこともいまいち信頼してくれてないのかなぁって。ほら、あの子から見れば私は仕事で関わっているように映るでしょ? 気兼ねなくさ、心から何でも話せる相手が必要だと思うの」
「……そう、なんですか……」
モニカの言葉を聞いて、フィオナは思った。
レナの境遇は――どこか自分と似ている。
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