♯106 人気
慌ててフィオナを迎えに行ったクレスが、人だかりの中へ声を掛ける。
「フィオナ! そこにいるのか! 迎えに来た!」
すると、人だかりの中央で銀髪の頭がぴょんぴょん跳ねるのが見えた。
フィオナは決して背の高い方ではないため、周囲に埋もれてしまっている。今日は休日であるため、多くの生徒がフィオナについてきてしまったようだ。
「ク、クレスさんですか~! ごめんなさーい! お、お待たせしてしまって!」
フィオナがそうやってクレスの名を呼ぶと、彼女を囲っていた生徒たちがババッと一斉にクレスの方を見た。その目は一様に輝いている。
「わぁ……クレスさまっ! 本物のクレスさまですわ!」
「勇者様っ! ああっ! 是非、一度だけでもお会いしたかったです!」
「みてみて! すごいすごいっ! フィオナ先輩だけでなくクレス様にまで会えるなんて!」
「ああ……夢みたいです……英雄クレス様……!」
「クレス様! 是非冒険のお話を!」
「フィオナ先輩との馴れ初めも!」
『クレス様ー!!』
中には男子生徒たちもいたのだが、それを押しのけるように怒濤の勢いで女子生徒たちが大勢押し寄せてくる。これにはクレスも動揺した。
「おおっ? 君たち、ちょっと、お、落ち着いてくれ!」
キャーキャーと黄色い声に囲まれて、身動きの取れなくなるクレス。現役時代から女性人気の高かったクレスではあるのだが、現在その人気はさらに上昇していた。
というのも、勇者の力と名前を失いながらも、たった一人街外れで陰ながらに聖都を守り続けてきたという過去が明らかになったことが大きい。愚直なほど涙ぐましい彼の真摯な生き方は、多くの女性のハートをがっちりと掴んだ。クレスが結婚しているなどという事実はもはや関係なく、お近づきになりたい者が多いのだ。
「お、俺はフィオナに迎えにきただけで、話はまたつぎの――う、うわああああ!?」
こうして、ついにはクレスまでもが人波にのまれてしまう。
そんな状況を遠くのカフェから眺めていたエステルが、ため息と共にカップをテーブルに戻し、ヴァーンの首根っこを掴んで立ち上がった。
――その後。
クレスとフィオナの二人は、ヴァーンとエステルが助けにきてくれたことでようやく生徒たちの群れから脱出。新たにアカデミーの講師となったエステルはともかく、ヴァーンが堂々と女生徒たちをナンパし始めたことでほとんどが散り散りに逃げてしまったのである。
ヴァーンは先ほどのレストラン――テラス席に戻ってふんぞり返っていた。
「チッ、最近の若い女は見る目がねぇな。男の中の男でしかねぇオレよりクレスみたいな優男の方が好みってことかい」
「それを見る目があると言うのよ」
「うるせぇ貧乳カチコチ女! あ、リズリットちゃんはちげぇよな? クレスよりオレの方がカッコイイもんなァ~?」
「ひぁっ」
一人だけ立っていた少女――リズリットは声を掛けられただけでびくりとすくみ上がり、クレスの影に隠れてしまった。それを見てヴァーンが肩を落とし、エステルは微笑する。
リズリットはすぐに「あっ」と気付いて、掴んでいたクレスの服から手を離す。その顔は紅潮していた。
「ご、ごごごめんなさい! あのっ、か、か、勝手に……」
「いや、俺は構わないよ。それよりヴァーンのことを誤解しないでほしい。少し口は悪いが俺にとっては信頼出来る大切な仲間で、男気もある良いやつなんだ」
「やめろ! てめぇに褒められてもうれしかねぇ! オレは女にモテてぇんだ!」
「ヴァーンは十分に女性から好かれていたと思うが……。旅をしていたときは、出先の街でよく女性と時間を過ごしていたじゃないか」
過去の冒険を思い出していたクレスに、エステルが髪を払って言う。
「クーちゃんと旅をしていたときは、『魔王討伐の勇者パーティ』という肩書きがあったからでしょう。『勇者』は他にもいたけれど、特に聖剣を手にしたクーちゃんに対する人々の期待が大きかった分、それが周りにも影響したのよ」
「む。そうなのか?」
「ええ。平和になった今は、彼のように粗暴でオラつく『オレについてこい』タイプの前時代的な男はもてはやされないのよ。今時の流行りは温厚で気の利く家庭的な爽やか男子だというのに……哀れな人……」
「哀れむなコラァァァ! クソったれ何が流行りじゃ! オレが【
「脳まで筋肉になった男は黙っていて」
テラス席から路上へ向かって叫ぶやかましいヴァーンの口を、エステルが氷結させて物理的に黙らせる。そんなドタバタぶりを立ったままのリズリットがポカーンと眺めていた。
「ええと……とりあえず、リズリットさんも座ったらどうだろうか」
「そうだよリズリット。おいで。こっちに椅子を用意したから」
「――へ? あ、は、はいっ。あ、ありがとうございますっ」
クレスとフィオナの間で、ちょこんと足を揃えて座るリズリット。人見知りな性格もあり、いくらフィオナのそばにいるとはいえ緊張しているようだった。
「しかし、まさかリズリットさんまであの中に紛れていたとは思わなかったな。今日は、リズリットさんもフィオナの講演を聴いていたのかい?」
クレスが話しかけてみると、リズリットはこくこくうなずいて答える。
「は、はいっ! 幸運にも当選して、すごく身になるお話が聴けました……。それでその、久しぶりにフィオナ先輩とお話がしたくて、帰りにご挨拶へ向かったら、み、みんながすごい勢いでフィオナ先輩の元へ……。リズ、ちっちゃくて力もないので、ま、巻き込まれてしまって……」
「な、なるほど……それは大変だったね。けど、フィオナはやはり人望があるんだな。リズリットさんやあんなにも多くの生徒たちから慕われていて、俺まで嬉しくなるよ」
「は、はい! そうですよね! リズもそう思います! フィオナ先輩はリズの憧れで、み、みんなも同じだと思うんです!」
素直な感想を話すと、リズリットはまたこくこくと大きくうなずいて同調してくれた。リズリットはフィオナのことになるとなかなか饒舌になるところがあった。
だが、褒められているはずのフィオナはなんだか複雑そうな表情でクレスの方を見つめている。
「ん? フィオナ、どうした?」
「……クレスさんだって、そうですよ?」
「え?」
「クレスさんは、それこそわたしなんかよりとっても人気があるんです。人見知りなリズリットも、クレスさんとは普通にお話が出来るみたいですし……。さっきだって、女の子たちはみんなとってもキラキラした目をしていました」
「そ、そうかな」
「そうですよ。わたしだって同じ女だからわかります。クレスさんは本当にすごい人だから……それもきっと、当然ですよね。えへへ」
クレスは戸惑う。
なぜか、フィオナが寂しそうに笑ってそんなことを言い出したからだ。
氷結状態から復活したヴァーンが「ああ~」とだるそうな声を出して足を組み、リズリットがとても慌てた顔で「ち、ちちちがうんです!」とフィオナに寄り添う。二人はフィオナの心情をすぐに察したようだったが、クレスだけはそれがわからない。
そこでエステルがスッと立ち上がってクレスのそばにやってくると、そっと耳打ちをしてくれる。
「――クーちゃん。フィオナちゃんは嫉妬しているのよ」
「え?」
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