♯103 続・二人のスイートタイム
こうして部屋風呂を堪能した二人は、これまた高級なふかふかの白いバスローブに着替えて、あるベッドルームへ移動。
三つも用意されている寝室の中でここを選んだのは、一番大きなキングサイズのベッドがどどんと鎮座していたからだ。
クレスはそんなベッドを見下ろしながら唸っていた。
「うーむ。またずいぶんと大きなベッドだな。まさに王様用というか、二人でも広すぎるくらいだ…………ん? フィオナ?」
そこでフィオナの方を見て疑問を抱くクレス。
フィオナは水の入ったコップを手に、なんだか真剣な目を見ていた。
「どうしたんだ? フィオナ」
「い、いえ! ちょっとだけ、か、覚悟をしておりました、です!」
「え?」
妙な敬語を使って固くなっているフィオナに、目を点にするクレス。
「『
よく使うまじないを唱えたフィオナは、逆の手に持っていた小さな粒を口に放り込み、それをコップの水でごくんと流し込んだ。
テーブルにコップを置く。その隣には、先ほど飲んだ丸薬らしきものが中に入ったガラスの小瓶も置かれていた。
「フィオナ? 今、一体何を……」
心配そうに声をかけるクレス。
フィオナはガラスの小瓶を持って言った。
「あ、え、えっと、これは、セシリアさんからご厚意でいただいたお薬で……」
「セシリアから? まさか……何かの病気なのかっ!?」
「ふぇ? あ、ご、ごめんなさい! そうではなくて! あのっ、こ、このお薬はですね、まったく怪しいものではなくてっ! 栄養剤というか、その…………あぅ、うう…………」
クレスを見つめるフィオナの頬が、赤らむ。なぜか呼吸が激しくなっていた。
フィオナは一歩ずつ、ゆっくりとクレスの元へ近づく。
身を寄せて、クレスのローブの裾をギュッと掴んだ。
そして、上目遣いにささやく。
「クレスさんを……たくさん甘やかすためのお薬、なんです」
「……え?」
彼女の熱のこもった妖艶な瞳に、クレスの胸が大きく跳ねた。
「今晩は、ずっと、ずぅっと……二人きり、ですね……?」
フィオナの瞳の中には、もうクレスしか映っていない。
呼吸は早まり、体温も上昇している。彼女の状態は、明らかに普段とは異なっていた。
セシリアが一体どんな薬を渡したのかはわからない。しかし彼女がフィオナに妙な物を渡すはずはない。そしてフィオナがあんなにも神妙な顔で薬を使おうとしていたことで、クレスにはそれが何か大切なものなのだろうと察することは出来た。
クレスが戸惑う中、フィオナはハッと我を取り戻してクレスから身を離す。
「あっ…………ご、ごごごめんなさいクレスさん! わ、わたし、身体が勝手に……」
「勝手に? と、とにかく、まずはちゃんと説明をしてくれないか?」
正面から目を合わせるクレス。フィオナはちゃんとクレスのことを見つめて、こくんと大きくうなずいた。
そして事情を説明していく。
「は、はい……。あの、実はあの薬には『愛の蜜』が使われているのですが……『愛の蜜』は、とってもすごい媚薬なんだそうです。相当効果は薄めているそうなのですが、それでも、好きな人の前でだけは気持ちが昂ぶってしまうそうで……わ、わたし、きっと……」
「媚薬? なるほど。あれはそういう効能の素材だったのか……。でも、なぜそこまでしてこんな?」
「それは……クレスさんの身体に、もう異変を起こさせないためなんですっ!」
「俺の身体に?」
「はい。セシリアさんが言っていたんです。その、ク、クレスさんの身体を健康に保つためには――」
それは、クレスたちがセシリアの店から帰るときのことである。
『フィオナさん。最後にお一つ』
『は、はい。なんでしょう?』
あのとき、セシリアはフィオナにこっそりと耳打ちしていた。
そこで、二人はこんな会話をしていた。
『クレスさんの異変がまた起こらないよう抑制するためには、フィオナさんの禁忌魔術を安定させることが一番です。それはつまり、お二人の融合した魂を良いバランスに保つ、ということですね~』
『はい、なるほどですっ』
『そのためには、お二人の関係をもっと深く、より心を通じ合わせなくてはいけません。お互いがお互いを想い合うことが大切なのです~』
『想い合う……はい、わかりましたっ!』
『うふふ。フィオナさんは素直で清らかな心根の方ですね。――では、クレスさんとたくさん肉体接触をしてください』
『はい! ……えっ?』
『お互いの身体に触れ合い、お互いの愛を確かめ合ってください。出来る限り毎日、長いほど好ましいです。その生活の中で、必ず見えてくるものがあります。そして、それはお二人の魂をさらに強固に結びつけてくれるでしょう。そうなれば、いずれ何もせずとも魔力が安定するはずですよ~』
『ま、まま、ま、まいにちっ……!?』
『うふふ。ですが、それではお二人の体力が心配ですよね? そこで、お薬の出番です。『愛の蜜』とは、性的興奮を高める作用のあるあまりにも強力な媚薬――つまり“惚れ薬”なのですが、適度に調合することで特製の体力回復剤、滋養強壮剤になるんですよ。お若いお二人にこそ、大変によく効きます』
『惚れ薬っ!? セ、セシリアさん? そ、そそそれじゃあ、こ、こ、このお薬は……っ!』
『うふふ。お嫁さんのがんばりどころですよ、フィオナさん』
『…………はい。が、ががががんばりまひゅっ!!』
――と、いうわけである。
魔族ローザが『愛の蜜』を特に気に掛けていたのは、そのものがあまりに強力すぎる媚薬であるためだ。古くから人間たちに密採されたことからも効果のほどがうかがえるが、当然ながらセシリアはその効能を極限まで薄めている。フィオナに手渡されたものも、ほとんどは健康的な栄養補助成分であり、体力を回復させて疲労感を緩和することが主な目的だ。そこに『愛の蜜』がほんのわずかに加わることで、精力剤の効果も生まれるのである。
フィオナがセシリアとのそんな会話を明かしたことで、クレスはようやくすべての事情を飲み込み、何度か真剣にうなずいて言った。
「……そういうことか。よし、ならば俺もその薬を飲むべきだろう」
「え? クレスさんもっ?」
「ああ。さすがに今日は疲労感もある。でも、せっかく皆が用意してくれた君との大切な時間だ。できるだけ長く共にいたいからね」
「クレスさん……」
「一応、元勇者として体力だけはあるところを見せたいものだ」
そう言って、クレスは言葉通りに小瓶の薬を一粒飲む。
すると、途端にクレスの身体は内側から熱くなっていった。まるでエネルギーがじわじわと満ちてきているようにも感じられる。
「おお……なんだか全身から力がみなぎるような……これはすごいな……! 即効性の回復薬として戦や冒険にも役立ちそうだ。うーむ、やはりセシリアはすごいな。必ずお礼に行かなくては」
「うう…………」
「ん? フィオナ?」
「クレスさん……クレスさん…………クレスさぁん!」
「うわぁ!?」
「だめ……もうだめです! わたし、もう我慢できません~~~~!」
「フィ、フィオナ!?」
フィオナに抱きつかれて、そのままベッドに押し倒されてしまったクレス。
どうやら勇者として心身共に鍛え続けてきたクレスにはそれほど大きな影響はなかったようだが、フィオナにはバッチリと薬が効きまくっているようで、瞳はまるでハートマークでも映っているかのように蕩けきっており、口からは熱い吐息が漏れている。
「クレスさんを好きな気持ちが……もう、抑えきれないんです。胸が熱くて、焦げてしまいそうで。わたし、ずっとずっと、クレスさんにこうしたくて、我慢をしていて……だけど、はしたないお嫁さんだって思われたくなくて……。さっきも、その、更衣室で、わたし、ひとりで……」
「フィオナ……」
「ごめんなさい、ごめんなさい。でも、クレスさんをたくさん撫でてあげたいの。いっぱい褒めて、抱きしめて、包み込んであげたいの。すごく恥ずかしいことも、いっぱいしてしまいたいの。あなたを――もっと愛したい! クレスさん。こんなわたしを、許してくれますか……?」
自分の中でいろいろな感情と戦っているだろうフィオナ。
クレスは、そんな彼女の目を見て微笑む。
「――ああ、もちろん。俺も同じ気持ちだよ」
「え……? クレスさん、も……?」
「大丈夫。どんな君でもすべて受け止めるよ。安心してくれ、フィオナ」
「クレスさん…………はいっ!」
二人は笑顔で抱き合う。
――クレスは、思い出していた。
子供の姿になっていた頃の記憶はほとんどない。それでも、フィオナがずっと隣にいてくれたその温かさだけは魂が覚えている。
そして、子供の姿のときに着ていた服。
今はもう必要のないその服の裏地に、こんな言葉が書かれていた。
“フィオナお姉さんを守れ”
すぐにわかった。
あれは、自分の誓い。
自分との約束。
自分に恥ずかしくない自分であるため、その夜クレスはフィオナと共に生きることの決意を新たにした――。
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