♯102 二人のスイートタイム
天井には魔力灯のシャンデリアが光るリビング。革張りのソファ、重厚な木材のテーブル、備え付けの家具はすべてが最高級品で、アダルティな雰囲気の壮麗な一室。
ベッドルームはなんと三つもあり、付き人も共に宿泊出来るよう造られている。そんなスイートルームのあまりに豪奢な装いに、クレスとフィオナは多少の申し訳なさを覚えながらも、ソフィアたちに感謝していた。
そして部屋に備え付けられている、この部屋の宿泊客のみが使える風呂。
内風呂はもちろん景色を楽しめる露天風呂まであり、当然どちらも地下から湧き出す源泉を利用している。クレスとフィオナは夜景を楽しむため、露天の方に二人で浸かっていた。
長い銀髪をくるりと丸めてアップにし、うなじを露わにしたフィオナが立ち上がって言う。
「わぁ……クレスさんクレスさんっ! ここは他の建物よりも少し高いので、街の景色もよく見えますよ! 街の魔力灯の光が綺麗です!」
「そうだね。でもフィオナの方が綺麗だよ」
「ふぇっ!?」
唐突な褒め言葉にフィオナが思わず振り返る。
「…………そ、それは、どなたかから教えられたセリフ……ですか?」
「ん? ああ、そういえばヴァーンに女性が何かを綺麗だと評したらそう言えと言われていたな。でもそれは関係ない。素直に思ったことを言ったんだ。何かおかしかったかな?」
「ふぁっ……そ、そう、なんですね。素直に……えへへ。そっかぁ……そう思ってもらえてるんだ……ふふ。ありがとうございます!」
フィオナはデレデレした笑みを隠しきれずに、ご機嫌な様子で肩まで湯に浸かり、クレスのそばに戻る。
一階の浴場に比べれば小さい露天ではあるが、それでも二人で入るには十分な広さだ。それでも二人はあえて密着しており、クレスがフィオナを前に抱きかかえ、クレスの胸元にフィオナの後頭部がくっつくような、恋人らしくも兄妹のようにも見える形での入浴を楽しんでいた。
「このような入浴の仕方には慣れていないが……フィオナは大丈夫か? 暑苦しかったりしたら言ってくれ」
「ふふ、そんなことないですよ。わたしは、クレスさんと一緒に入浴しているって感じがして嬉しいです。クレスさんこそ、わたしの髪とか邪魔じゃないですか?」
「問題ない。それにしても、フィオナの髪は本当に綺麗だね。世界でも銀髪はなかなか見かけないからよりそう思える」
「そ、そうですか? えへへ。ちゃんとお手入れしているから嬉しいです。でもわたし、クレスさんの金髪の方が好きかもです。キラキラしてて、月の光みたいで綺麗です!」
「そうかな。結婚してフィオナが手入れをしてくれるようになったからだろうか。しかし、短いものに慣れていたからこの長さは違和感があるな。また切ろうか」
「もったいない気もしますけれど……そうですね。短い方が、クレスさんの顔がよく見えて嬉しいかもしれません」
「ならそうしよう」
子供の状態から薬の効果で元に戻った際、一気に伸びてしまった自分の髪を見上げながらつまむクレス。フィオナが顔だけを後ろに向けてくすりと笑った。
それからしばらくの間はとりとめもない話を挟み、やがてフィオナが言う。
「クレスさん」
「うん」
「わたしは、ちょっと欲張りになってしまいました」
「欲張り?」
クレスの疑問に、フィオナは前を向いたまま続きを話す。
「初めは、クレスさんのそばにいられたらそれでいいと、好きになってもらえなくても、結婚なんて出来なくても、ただ、クレスさんを見守っていられたらいいと思っていたんです。わたしのかけた禁術は、ある程度近くにさえいれば効果を持続してくれますから」
「そう……なのか」
「はい。でも……クレスさんがわたしを受け入れてくれて。術のことを知っても変わらずにいてくれて。結婚式を挙げることが出来て。みんなに、祝福してもらえて。わたしは、毎日がとっても楽しいです。幸せになればなるほど、もっと幸せになりたいって、思うようになってしまいました。これは、きっと欲張りですよね」
そっと自分の胸に手を当てるフィオナ。
二人の鼓動は、今も重なっている。
「……いや、俺も同じ気持ちだよ」
「本当ですか?」
「ああ。君と一緒になってから、今まで知らなかった世界が開けたように思えるんだ。俺は、君とその先へ進んでみたいと思っている」
「クレスさん……えへへ。じゃあ、二人でもっと幸せになりましょうっ。わたしは、クレスさんにもっともっと幸せな気持ちになってほしいです!」
「うん。なら、今度は何をしていこうか」
「クレスさんと、もっといろんなことがしたいです!」
「いろんなことか」
「はいっ。こうやって一緒にお風呂に入って、身体を洗ってあげて、髪のお手入れをして、お泊まりをして、たくさんスキンシップをして……恋人らしいこと、夫婦らしいことをもっと一緒にしてみたいです! 今からでも遅くはないと思いますし、やっぱりデートが基本だと思いますっ!」
「デートか。確かに、俺たちは結婚までが短かったからな……。昔、ヴァーンにも女性とはいろんなイベントを積み重ねろと言われていた。ヴァーンは娯楽都市に、エステルは海や湖に行くのが好きだと言っていたな」
「わぁ、それも楽しそうですね! クレスさんは、わたしと何かしたいことはありますか? わたし、なんでもしてあげちゃいます!」
「ん? そうだな……」
フィオナの質問に、眉間に皺を寄せるほど真剣に考えるクレス。
しばらくの間、源泉からの湯がチャプチャプと注がれる音だけが聞こえた。
「…………すまない。具体的な案が浮かばなかった」
素直に答えたクレス。
普通の女性であれば、この返答にいくらかの不満でも抱きそうなものであったが、フィオナは違った。クレスがどういう人物か、よくよく理解しているからである。
「ふふ、考えすぎないでください。なんでもいいんです。こうやって一緒にお風呂でお話をするとか、簡単なことでもいいですから。クレスさんが幸せになれることなら、わたしはなんでもしたいです」
「簡単なこと、か……」
そう言われてみて、クレスは思いついたことをそのまま口にしてみた。
「全部、だな」
「え?」
「俺は本当に知らないことが多い。だから、なんでもフィオナと経験してみたい。どんなことでも、君さえそばにいてくれたら俺は幸せになれるだろう。そもそも、普段から君がいてくれるだけで俺は幸せなんだ。うん、間違いない」
「ク、クレスさん……」
いくらクレスがそういう人間であるとはいえ、そんなセリフを照れも躊躇もなく言えてしまう彼に、フィオナはぽっと赤くなる。
そして、思わず笑みがこぼれた。
「……もうっ、クレスさんはずるいです!」
「ん? わっ」
そこでフィオナはざばぁと湯の音を立てて振り返り、向かい合う形でクレスに身を寄せた。
お互いに、唇が触れ合いそうな距離で見つめ合う。二人の鼓動は、寸分も違わずに同調する。
潤んだ瞳のフィオナがささやく。
「そういう甘い言葉は、わたしが言ってあげたいんです」
「フィオナ……」
「わたし、クレスさんが喜ぶこと……たくさん見つけてみせます。二人のことに時間を使っていきたい。わたしの鼓動を、あなただけに、捧げます」
自然に、唇が近づいていく。
魔術で繋がった、二人の命。
限りある生のすべてを、重ね合わせる。
クレスもフィオナも、お互いの感情を分かち合っている。
触れ合うだけで、愛と呼ばれる概念のほんの一部を理解したように思えた――。
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