♯100 それぞれの夜
慌ててセシリアの元へ帰っていったショコラを見送った後、再びペルシュにハマって遊び疲れた一同は、二階の宿泊施設へ移動。
手頃な価格設定の一般客室がほとんどを占める中で、たった二部屋だけ正客用の豪奢な造りをした最高級スイートルームがある。当然ながら、聖女ソフィアがそのうちの一室を利用することになったのだが――
「何? 俺たちも?」
「わ、わたしたちもですかっ!?」
仰天の声を揃えるクレスとフィオナ。
なんと、もう一室の空いているスイートルームを二人で利用するようにソフィアから言われたのである。そこには、どうやら新婚である二人を祝いたいという施設側の厚意もあったようだ。
「うんっ。支配人さんとは話が通ってるから大丈夫だよ。ほらほら、二人とも冒険してきて疲れただろうから早く休んだ方がいいよ。お部屋には二人だけで入れるお風呂もついてるからね!」
ニコニコしながらクレスとフィオナの背中を押すソフィア。当然ながら二人は慌てた。
「いや、し、しかし俺たちでそんな部屋を使わせてもらうわけには」
「そ、そうですよっ。いくらオープン前のサービスとはいえ、無料であんなに良い部屋に泊めていただくなんて……ヴァーンさんやエステルさんと同じ一般客室で大丈夫です!」
「いいのいいのっ。もー二人はホント真面目すぎ! これはわたしたちからのプレゼントなんだから素直に受け取ってほしいな。ねーヴァーンさん? エステルさん?」
ソフィアがお茶目にそちらへ顔を向けると、ペルシュで熱くなりすぎたヴァーンがだるそうにあくびをしながら返す。
「ま、そういうこった。お前ら結婚したっつっても、まだ恋人らしいことはおろか新婚らしいことすらほとんどしてねーだろ。せっかくだから世話になっとけ。こんなとこ泊まる機会そうそうねーだろうからな」
「だ、だが」
「んじゃあオレはさっさと寝るわ。また旅の支度しねぇといけねーからな。じゃあなー。盛り上がんのもほどほどにしとけよ」
そのままひらひらと手を振って、さっさと自分の客室へ消えていくヴァーン。
続けて、今度は石けんやタオルなどが入った風呂桶の『お風呂セット』を持ったユカタ姿のエステルがつぶやく。
「聖女様のご厚意を無下にすることは罪になってしまうわ。ここは受け取っておきなさい。それに、スイートルームには専用のお風呂もついているのでしょう。今度は夫婦水入らずで、一晩楽しんでおいでなさい」
「エステル……」
「それでは私、もう一度お風呂に行ってくるわ。さっきのペルシュで思わず本気を出してしまったものだから、汗をかいてしまったの。あの男も覗きにくる心配はなさそうだから、貸し切りが楽しめそうね。深夜までお風呂が開いているのは素晴らしいわ……フフ……」
珍しくもわかりやすくご機嫌なエステルは足取りも軽く廊下を進み、そのまま一階へと降りていく。
「それじゃあわたしもお部屋のお風呂に入りなおそうかなっ。それとも大浴場でエステルさんと絡みにいっちゃおうかなぁ~……なんて思ったけど、邪魔になったらやだもんね。クレスくん、フィオナちゃん。今日は遊んでくれてありがとう! おやすみなさい!」
「クレス様、フィオナ様。こちらがスイートルームの鍵となります。部屋に備え付けの家具や飲食物はすべてご自由にとのこと。ソフィア様のお部屋は廊下の反対側となりますが、私もそちらで執務を行っておりますので、何かありましたらご遠慮なく。それではおやすみなさいませ。どうぞごゆるりと」
ソフィアとメイドはそれだけを告げ、廊下の反対側にあるスイートルームへ姿を消し、その場にはクレスとフィオナだけが残る。
二人は揃ってぽかんと鍵を見つめた。
「……さすがに、ここまでされては断る方が迷惑だろうか」
「そ、そうですね……。なんだかみなさんに気を遣っていただいたようで申し訳ないですけれど、でも……」
フィオナがクレスの方を見つめる。
「すごく……嬉しいですねっ」
「フィオナ……」
「ヴァーンさんの仰る通り、わたしたち結婚はしましたけれど、その、まだ恋人らしいことも、夫婦らしいこともあんまり出来ていなくて……。だから、お出掛けして、一緒にお泊まり出来るなんて嬉しいです。それもこんなに良い部屋に泊まらせていただけるなんて……えへへ、わたし、ちょっとテンション上がっちゃいましたっ」
照れ笑いを浮かべるフィオナを見て、クレスもようやく事態を受け入れる。
そしてクレスは反省と共に返答した。
「思えば、君との新婚旅行をとんでもないものにしてしまった。その責任はいずれ別の形で果たしたいところだが……そうだな。せっかくの皆の厚意だ、ありがたく受け取ろう」
「クレスさん……はいっ! あ、ではさっそくお部屋のお風呂にも入ってみませんか? どんなお風呂か気になりますし、わたしもちょっとだけ、汗ばんでしまったので」
「ああ、そうしようか。部屋の風呂なら混浴も可能なようだし、俺も安心して入れる。いくらヴァーンが仲間とはいえ、フィオナの身体を他の男に見られたくはないからね。それに、本当は先ほど露天に入っていたときもフィオナに会いに行きたかった」
「ふぇっ」
「ん? どうした?」
フィオナが軽くうろたえ、クレスは不思議そうにまばたきをする。
すると、フィオナがクレスの腕を掴んだ。
上目遣いにつぶやく。
「えへ、えへへへ……。実は、わたしも同じです。クレスさんと一緒にお風呂に入りたいなぁって……でも、ほ、他の方にクレスさんを見られちゃうのは~って思っていたんです。それに……二人きりじゃないと、クレスさんを思いきり甘やかせませんから」
その言葉に、クレスはキョトンと呆けた後に小さく笑った。
「行こうか、フィオナ」
「はい!」
二人は手を繋いだままスイートルームの扉を解錠し、揃って中へ入っていった――。
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