♯99 湯上がりの熱戦

 聖女ソフィアのつけた条件によって、勝負事好きのヴァーンが最もわかりやすく燃えていた。

 ヴァーンはユカタの袖をまくり、たくましい腕を見せてニヤリと口を歪ませる。


「へっへっへ……ワリィが手加減しねぇぞ聖女サマ。自分から言い出したことだ、たとえひん剥かれても文句は言えませんぜ? まさかいまさらルール変更なんてしねぇよなァ?」


 公平にメイドが対戦相手を抽選で組み合わせた結果、一番手はヴァーン×ソフィアとなっていた。気合いの入るヴァーンが手をわきわきとさせる。

 あからさまな目的にエステルが汚物を見るような目を向け、クレスやフィオナも苦笑いする。ショコラは飽きたのか予備のボールで一人遊びの真っ最中だ。そしてメイドは淡々と審判役を務めるのみ。


 ソフィアはケラケラと笑って返答した。


「もちろんだよ。わたし、手加減とかキライだからね。負けちゃったら、な~んでも命令をきいてあ・げ・る♥」

「かっ! さすがに良い度胸だぜ気に入った! オイそろそろ試合開始だメイドのねーちゃん!」


 お互いに木板を構え、メイドが試合開始の宣言をしたところで先手を取るヴァーン。


「オラアアアアアアアッ!」


 自慢のパワーを込めたスイングで強打された球は、凄まじいスピードでソフィアの元へ迫る。これが初めてのゲームでありながら初球をクリーンヒットさせるところはさすがの運動センスだった。


 ボンッ、と球が大きく一度台上で跳ねる。バウンドすることで球の勢いに変化がつき、軌道さえ変わってしまうところがこの球技の難しさだ。


 次の瞬間。


 ヴァーンの打球は、光となってヴァーンの頬をかすめていた。



「…………んなっ!?」



 素早く振り返るヴァーン。

 球はヴァーンの後方で壁に当たって跳ね返り、ポンポンと床を跳ねる。メイドがソフィアの点を数えた。クレスやフィオナ、エステルさえ呆然と立ち尽くす。

 

 ソフィアに打球を返されたことに、ヴァーンはそこでようやく気付いたのだ。


 身動きも取れずに額から汗を流すヴァーンに対し、ソフィアは慣れたように木板をくるくる回転させながら色のある流し目で言う。


「んふふふ……カワイイなぁ。わたしが何も知らないであんなルール加えちゃうと思った?」

「聖女サマ……あんた、シロウトじゃねぇな!?」


 ヴァーンの指摘に、ソフィアは口元を木板で隠しながらニヤリと目を細め、次の球を手に取る。


「『聖女わたくし』のところには大陸中から様々な文化が流れてまいりますので。うふふっ、男の子はわかりやすくてカワイイです。『ペルシュ』は球を操る競技。力より技が必要な知的スポーツなのですよ。速いだけの球は良いエモノです♥」

「こ、このオレが獲物だと…………へへ、まんまと狩り場に誘いこまれたわけか。クソがッ!」


 ヴァーンは額の汗を拭い、ソフィアに木板を差し向けて笑った。


「俄然面白くなってきやがったじゃねぇかオイ! まだまだ勝負はこれからだぜ聖女サマ! ぶっ潰して合法的に裸拝んでやっからなぁあああああ!」

「うふふ。そういう欲望に忠実な方、わたくしキライではありませんよ。最後まで遊んでさしあげましょう。――ああそうだっ。ハンディとして、わたしは一点でも取られたら負けでいいよ? たまたまペルシュの経験者だったけど、これじゃフェアじゃないもんね。カワイイ男の子には、サービスしてあげなきゃ♥」

「ぐぎぎぎぎ、なめやがってえええぇぇぇ……上等だ後悔させてやんぜオラアアアアアアアアア!」


 激しいバトルになりそうな展開であったが、経験者のソフィアが一枚も二枚も上手であり、体力や筋力で絶対的なアドバンテージがあるはずのヴァーンが子供扱いされる始末。結局、たったの一点も取れずボッコボコにされて言葉通りに遊ばれてしまったヴァーンは、ユカタを着崩した状態で地面にぶっ倒れた。



 その後はクレスたちも順々に参戦するが、全員揃ってソフィアに敗北。本来の流れからは外れ、最終的にソフィアvs.全員という形になり、全員で数点を取るだけで勝ちということになったのだが、それでもまったく歯が立たない。ショコラだけは試合をせずに丸まって寝っ転がっていたが、ともかく勝負はついた。


 聖女による蹂躙劇である。


「クソがああああああああああッ!! オイ、マジかよオイ! こっちには勇者もいんだぞ! オレらが揃ってもたった数点とれねぇのか! つーか意外と体力あんな聖女サマ!」

「以前からなんとなくわかってはいたけれど、ソフィア様は私たちの思った以上にやり手なようね…………ぐぬぬ……」

「いかに経験者とはいえ、ヴァーンやエステルすら手が出ないとは驚いたな。俺も素直に負けを認めるところだ。フィオナもそこまで落ち込むことはない」

「うう、私って魔力が使えないとダメダメですね……ソフィアちゃんすごいです……」

「ドチクショオオオオ! このオレが真剣勝負で女に負けた! そんでもって合法的に聖女サマの裸を拝む唯一のチャンスがああああ!」


 本気で悔しがる負けず嫌いのヴァーン。クレスたちも軽い疲労感でまた汗を掻いてしまったが、ソフィアだけはニマニマと愉快そうに笑っている。しっとりと汗こそ掻いてはいるものの、その顔に疲労は見えず、ユカタもほとんど着崩れていない。それだけ無駄な動きをしていないということである。


「あははっ、もーそこまで悔しがられると裸くらい見せてあげたくなっちゃうなぁ。そもそもわたし、別にお風呂を覗かれたって気にしないし。なんならこの後、またみんなでお風呂入ろっか? 今晩はわたしたちしかいないんだし、今度は混浴でもいーよ♥」


 というソフィアの発言にヴァーンがぐわっと勢いよく顔を上げたが、メイドが一言「ソフィア様」と名を呼ぶだけでソフィアはびくっと震え、大人しく続きの言葉を飲み込んだ。


 こうして『ペルシュ』勝負が一段落したところで、フィオナが尋ねる。


「あのぉ、それでソフィアちゃん……? ルールの『命令』はどうするんですか? わ、わたしたち、全員が負けちゃいましたけど……」

「んふふっ、それはもう考えてあるんだっ!」


 その質問に、ソフィアはご機嫌そうにスキップをしてクレスたちの前に立つ。


 そして言った。

 


「遊んでくれてありがとう! これからも、お友達としてたまにはソフィアと遊んでください!」



 たったそれだけだった。

 年頃の少女らしい無垢な笑みで、ウキウキしながら、ほんのちょっぴりの緊張を伴ったお願いをする。


 クレスたちはわずかな間だけ呆けたが、すぐに全員でうなずき合った。


「ああ。俺たちでよければ」

「はい! もちろんですソフィアちゃん!」

「どうも、世界で一番高貴なお友達が出来てしまったようね。クーちゃんたちもいることだし、今後も折を見て聖都に寄りましょう」

「へっ、女にあそこまでされて黙っていられねぇからな。望むところだオラァ! つーかこれからと言わずに今やんぞ! 賞品はもういらねぇ! オレが勝つまで帰さねぇぞコラ!!


 クレスたちの返答とヴァーンが突きつけた木板に、ソフィアがパァッと顔を輝かせる。

 そこで、ショコラがあくびをしながら目を覚ました。耳や尻尾は気だるそうに垂れている。


「――んん~? にゃ~? まだ遊んでるの~? ――あっ、ウチそろそろ帰らないとご主人に叱られちゃう! わ~どうしよ~~~ソフィア~お土産ちょうだ~い! お酒、お酒あれば叱られないから~! あとチョコも~~~!」


 慌てたショコラは素早く黒猫モードに変身し、ソフィアの頭の上に乗って急かすように鳴き声を上げる。


 皆が笑いあう中、メイドが一人深々と頭を下げていた。

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