♯96 女湯sideⅠ
「柵の向こうに野獣がいては、おちおち入浴もしていられないわね」
一仕事を終え、髪を払って露天風呂に戻ってくるエステル。脱衣場の扉の前に立っていたソフィアの専属メイドが頭を下げ、エステルは軽く手を挙げて応えた。
エステルが岩に腰掛けながら湯に足をつけたところで、二人で身体の洗いっこをしていたソフィアとショコラがパタパタと駆け寄ってくる。二人はそのまま湯に飛び込み、飛沫がフィオナの顔を濡らした。
「あぷっ! と、飛び込んだら危ないですよ~っ」
「あははっ、ごめんなさい! それにしてもヴァーンさんは面白い人だよねぇ~。そんなにわたしたちの裸が見たいものなのかなぁ? まぁ、気持ちはわからなくもないけどねー」
ニマーとちょっぴりいやらしい笑みでフィオナを見つめるソフィア。濡れた顔を拭いていたフィオナはその視線に気付いていなかった。
「んふふ。みんなキレイだからねしょうがないものなのかなー。わたしは別に見られてもそんなに困らないんだけど」
「せ、聖女さまっ。そんなことを言ったらダメですよっ」
無邪気に笑うソフィアの大胆な言葉に、フィオナが慌てて口を挟む。またメイドが一度頭を下げていた。
そもそも、フィオナたちがこうして聖女ソフィアと湯を共にすることなど、本来であればありえないことである。
神の恩寵を受けた聖女の裸体を目にすること、そこに触れることは教会が固く禁じており、専属のメイドや世話役の一部の
「あのお猿さんが覗きに来て極刑になろうが私はいっこうに構わないのだけれど、他の皆が嫌な思いをするでしょう。結果的にあの男の命まで助けてしまうなんて……ふぅ、気遣いの出来る女というのも大変なものよね……」
腕のマッサージをしながら悩ましげなため息をつくエステル。
そんな彼女へフィオナの視線が向いていた。
「あのう、エステルさん? さっきはあんなことを言ってしまってましたけれど、ほ、本当にクレスさんが来てしまったらどうするんですか……?」
「クーちゃんは来ないと思うけれど、そのときはそのときかしら。私も困らないから特に問題はないわ。ただクーちゃんを極刑にするわけにはいかないから、いざとなったら目隠しをさせましょう」
「あはは、そのときはわたしが『寛大な処置』をしてあげるよー。でも、わたしはホントにクレスくんにならぜんぜん見られてもいいよ? 別に減るものじゃないし。ねーショコラちゃん?」
「ウチは楽しければなんでもいいにゃー」
エステルは涼しい顔で、ソフィアは余裕綽々で、ショコラは我関せずとばかりにほっこりと天然の温泉を楽しんでいた。おろおろと動揺しているのはフィオナのみである。
そこでソフィアが脱衣場の入り口へ――メイドへ向かって言った。
「ねぇ! もう誰も来ないだろうから見張りとかいいよ! こっち来て一緒にはいろーよ! きもちーよ!」
「お気持ちだけ受け取らせていただきます。私のような使用人が――」
「湯を共にするのは禁じられてーとか規則がーとか言うんでしょ? そういうの全部ナシ! ――『聖女ソフィア』が命じます。今すぐにメイド服を脱ぎ捨て、こちらで共に親睦を深めましょう。貴女には、いつもお世話になっていますから」
器用にすぐ『聖女』へと変わったソフィアにメイドは目を丸くして、それから観念したように小さく頭を下げ、脱衣場で服を脱いでくると、フィオナたちと共に湯に浸かった。
こうして露天風呂に揃ったのは、フィオナ、エステル、ショコラ、ソフィアと彼女の専属メイドの五人。
フィオナは少し、固くなっていた。
「……あれー? フィオナちゃん、さっきからちょっと緊張してない?」
「ふぇっ? あ、え、えっと」
そのことを瞬時に見抜いたのは『聖女』モードを解いたソフィア。
アカデミー時代はあまり人と関わり合いを持とうとしなかったフィオナであるから、思い出してみても同世代とこうして入浴するような機会はなかった。セリーヌやリズリットとでさえ、お互いに肌を晒すようなことをした経験はほとんどない。アカデミーの都外実習で向かったプトロイネ湖に制服を着たまま入り、魔術訓練を行ったことはあるが、あれは数に入らないだろう。
さらに、今フィオナの周りにいる女性陣は非常に
エステルの身体は起伏こそ小さいが、女性らしい丸みを帯びた身体は肌つやが良く、冒険者でありながら傷一つない滑らかなもので、小ぶりだがハリのある美乳はツンと上を向く。まるで水のヴェールを纏ったように透明感のある美しさだ。クールで大人びた表情と身体とのギャップも目を引く。
最も幼い印象のショコラは、その黒々とした髪がまるで夜空の星を散りばめているかのような美麗さで、宝石のような赤い瞳と共に見る者を虜にする。耳や尻尾も可愛らしいアクセントだ。魔族は人より成長が遅いということもあり、まだまだ発展途上な身体ではあるが、将来性が高いことは大人モードによって周知の事実である。
そして聖都の至宝そのものである聖女ソフィアは、自慢のプリズムヘアーが夜の世界で見事に煌めき、普段はドレスの下に隠れているその聖域は色白で肌のきめが細かく、胸にもしっかりとボリュームがある。にもかかわらず他に余計な脂肪は一切なく、磨き抜かれたバランスの造形美は同姓のフィオナでさえ息を呑むほどで、まさに非の打ち所がない。さらに、全身から溢れる高貴な血筋ゆえの気品とカリスマ性が彼女の『特別感』を誇っていた。
さらにそんなソフィアに仕えるメイドの少女もまた、質素なメイド服の下に見事なプロポーションの身体を隠していた。年齢はフィオナと近い彼女であるが、適度に鍛えられた肉体と、大人っぽい凜とした雰囲気はフィオナにないものである。
フィオナは美女たちの裸を見て、そわそわと口を開いた。
「わ、わたし、こうしてみんなとお風呂に入ることって初めてなので、その、ちょっぴりドキドキしています。それに、み、みんなとっても綺麗な方ばかりなので……」
そうつぶやいてみると、ソフィアが「んふー」と妖しげに笑ってゆっくりとフィオナのそばに近づき、湯の中でフィオナの腕を掴んだ。
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