♯95 男湯side

 聖女ソフィアの庭でひとときの団らんを過ごしたクレスたち一同は、その後、メイドとの聖職女シスターたちに案内されて、開店間近の温泉施設に訪れた。


 塔の跡地に立てられた施設は大変立派な二階建てのもので、一階に温泉と休憩施設、さらに遊技場などが用意され、二階は宿としても使えるよう整備が進んでいる。既に温泉の設備と外装の工事は完了しており、後は細かい内装を整えるだけという状況だった。

 ここを人々の憩いの場として活用してもらうよう、教会が最も多くの資金を捻出しており、そのおかげで料金もリーズナブルなものに決まっている。今回オープン前にソフィアを招待したのは、その礼という意味があるらしい。

 ただ、運営側はまさかあの聖女がここまで多くの『友人』を連れてくるとは思わなかったらしく、大変驚いてはいたが、それでも快くクレスたちを迎えてくれた。


 こうしてクレスたちは男女に分かれ、早速温泉を楽しむこととなる。


「……ふぅ。いや、これは熱めで良い湯だな。旅疲れがとれていくのがわかる……」


 姿勢正しく湯に浸かり、全身で温泉を感じとるクレス。長くなってしまった邪魔な金髪をとりあえずで結んでいるため、普段よりどこか中性的な外見だ。

 そんなクレスが楽しむ露天の岩風呂は大変に趣きがあり、大勢で浸かっても問題がないだろうというくらいに広い。星空が見えるのも女性や子供には良いポイントだ。

 他にも内風呂や泡の出る風呂、横になって浸かることの出来る風呂など、施設自慢の湯が多く用意されているという。女性側の湯はこちらとまた違う造りであるそうだが、日によって男女の湯が入れ替わるとのこと。これによって連日通っても飽きない工夫がされているようだ。


「古くから、温泉には大地の魔力が染みこんでいるというが……ここも素晴らしい湯だな。フィオナたちも楽しんでいるだろうか」


 エメラルドのような美しい色の湯をすくってつぶやくクレス。

 ここまでの物が作られたのは、どうやら大陸中の温泉に詳しいというある人物が聖都に滞在しており、助言をくれたそうである。また、大陸から海を渡った東国『マノ』からの技術や素材が使われているとのことで、この見事な異国情緒はそのためだと思われた。世界を旅して回ったクレスも物珍しさに驚いたものである。


「風呂はただ身体を温めるところだと思っていたが、ここまでになると立派な観光施設だな。……ところでヴァーン? 先ほどから何をしているんだ?」

「ア? ナニってお前、決まってんだろ」


 男湯と女湯の露天を隔てる竹の柵。その感触を確かめていたヴァーンが振り返る。


「女湯を覗く。露天に来たらそれしかねぇ!」


 決意の瞳で拳を握るヴァーン。

 こちらの男湯には、当然クレスとヴァーンしかおらず、フィオナたち女性陣は皆この柵の向こうだ。ヴァーンはその光景を拝みたいらしい。


「いや、露天は風呂に入るところだが……覗きなど女性に失礼だろう」

「ハァー! 相変わらずわーかってねぇなぁお前は」


 オーバーリアクション気味に肩をすくめてため息をつくヴァーン。

 彼はスラスラと語り出す。


「つーか、お前もフィオナちゃんと結婚して女の良さってモンが理解できたろ? エステルはお子ちゃまボディだが肌ツヤは悪くねぇ。ショコラちゃんは大人ボディになったらやべぇ。聖女サマも聖都一の美女と言われてるくれぇだし、あのメイドちゃんもなかなかいいモン持ってるぜ。特にフィオナちゃんのわがままボディなんざ他にねぇくらいだぞ。あのありがたみをオレにも味わわせろ!」

「フィオナをそんな目で見ないでくれ」

「へっ、いいか? そもそも風呂なんてもんが男女を差別しちまったら世界は平和にならねぇんだよ。男も女も関係なく、肌を晒して湯を共にする。こんなことが出来ねぇで何が本当の平和だ。家族も恋人も一緒に風呂に入るのは当たり前だ。フィオナちゃんだってお前と一緒に風呂に入りたがってたろ? 女の気持ちってヤツを察しな」

「……ハッ! なるほど……!」


 ニヒルな笑みを浮かべるヴァーンに容易く論破されるクレス。

 これでもう止める者はいない。ヴァーンは身軽によじよじと竹の柵を上り始めた。さすがの身体能力である。


「それによっ、女ってのはなぁ、内心じゃ、いつでも男が来るのを待ってるもんだ」

「待ってる? そうなのか?」

「ああ。受け身の男より、積極的に誘ってくれる男の方が女にとっちゃありがたいもんなんだぜ。女に恥をかかせないようにな。覚えとけ!」

「積極的か……うーむ……」


 ヴァーンの言葉を真に受けて思案するクレス。

 普段から年下のフィオナにあれこれ世話を焼かれまくっているクレスだからこそ、その言葉には少々重みを感じられたようだった。大体の場合、どんなことでもフィオナから声をかけてくれることがほとんどだからだ。


「へへへへ……さぁ、あいつらはちゃんと露天にいるのかねぇ――」


 そうこうしているうちにヴァーンはあっという間に柵の頂点に手を掛け、器用に物音も立てず、女湯を覗くためその竹柵から身を乗り出すと――



「――そうね。待っていたわよ。この肌ツヤが自慢の美女がね」


「ゲェッ!?」



 柵の向こうに見えたのは、エステルの冷たい瞳。

 肩の辺りまで露出しながら浮かんで現れた彼女は、そのままヴァーンの頭をガッと鷲掴みにする。するとヴァーンは一瞬でパキパキと凍りついていき、そのまま落下して氷のまま男湯の露天に着水した。


「脳みそにスライムが詰まっているような馬鹿には全部まる聞こえなのがわからないかしら。少し頭を冷やしなさい畜生エロ魔神」


 ぷかぁ、と湯に浮かぶヴァーンの口部分だけが溶けており、「ぢぐじょう……」と無念の声が漏れた。


 エステルの視線がクレスの方に向く。


「そこのヘンタイ筋肉ダルマは却下だけれど、クーちゃんなら歓迎するわよ。気が向いたらおいでなさい」

「え?」

「フィオナちゃんや聖女様も来てほしそうだから。もちろん、私もね」


 エステルは冗談かどうかも判別できないクールな声でそれだけを告げ、柵の向こうにまた姿を消す。直後、フィオナが「エ、エステルさん~!」と慌てた声を上げたのが聞こえた。


 クレスは顎に手を当てて眉をひそめる。


「ヴァーンは不可で……俺はいいのか……? いや、だからといって本当に行くわけにはいかないが……この矛盾は一体どういうわけだ……。ムムム、やはり女性の心は難しいものだな……」


 真面目な男の傍らで、氷漬けの男が「次こそは……」と懲りずに笑っていた。



 ――その一方で、女湯サイドは大変に賑やかで華やかな空間が広がっていた。


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