♯88 ウブな妖精

 フィオナとクレスのやりとりに、ローザがさらなるショックを受けて悶えていた。


「あ、ああ、あああああ……っ!? なんてこと……なんてことなの! 甘い! 甘すぎるわ! 愛が煌めいていますわ!!!!」


 興奮と驚愕が一緒くたになっているローザに、フィオナは戸惑いながら声を掛けてみる。

 

「ええと、あのぅ……? 試練というのは、もう、おしまいでしょうか……?」

「ハッ!? ――い、いえそんなはずありませんわ! コホンコホン! こ、こんなものはまだまだ小手調べですのよ? ホントですわよっ!」


 明らかにうろたえているローザ。

 そのリアクションぶりに、固まったままのヴァーンたちがそれぞれに顔だけで反応を見せる。


『オイオイめちゃくちゃウブじゃねーかコイツ! まさか中身はとんでもねぇお子ちゃま魔族なんじゃねぇか!?』

『私は…………こんな相手に……負けたの…………』

『にゃあ! よくわかんないけどフィオナすごい! やっちゃえやっちゃえー!』


 先ほどまでローザが優位を保っていた展開は一転、フィオナの攻勢ぶりに場の空気はすっかり変わっていた。


 なんとか気持ちを立て直したローザは、ビシッとフィオナを指差して命じる。


「次ですッ! 次は『ひざまくら』をなさいませ!」

「ひざまくらですか?」

「そうですわ! どうです? もはや恋人同士にしか許されない魅惑の行為でしょう! これが出来てこそ本物の愛を持つ者といえ――」

「出来ました」

「ひゃわあああああああああああああ!?」


 顔が縦に引き伸びてしまいそうなくらい大口を開けて絶叫するローザ。

 正座したフィオナはクレスの頭を股に乗せており、クレスはされるがままでさらに紅潮している。

 

 ローザはごそごそと服の中から何かを取りだし、半ばヤケを起こしたように叫ぶ。


「ならばそのまま『耳掃除』ですわっ! このワタクシお手製の花の綿を使った柔らか夢心地耳かき棒を使って、優しく丁寧に耳掃除をして差し上げるのです! さぁどうです!? さすがのアナタもこれには――」

「えと、ではお借りしますね。――クレスくん、気持ち良いですか?」

「あ、うん」

「ふふ、良かったです。もし痛くしてしまったら言ってくださいね。あ、でも耳掃除はやりすぎると耳に良くないそうなので、軽くにしておきますね」

「すんごい手慣れた様子でやってますわ!? ハァハァ……ならば! さらにその耳元で彼に愛を囁くのです! 甘く蕩けてしまいそうなほどの愛の告白を! ラブな! ウィスパーボイスを!」

「こ、告白? みんながいる前でそれは……ちょっと、恥ずかしいかも……です……」

「それだけじゃありませんわよ! その上でチューをするのです! 口づけこそは愛の一つの到達点……! そこまでして見せてこそ本物の愛というものですわ!」

「え、えええ……!」


 よりエスカレートしていく要求に照れてしまうフィオナ。

 その反応にローザがようやく余裕を取り戻し、腰に手を当てながらニンマリと笑った。

 

「ウフフ……そうでしょうそうでしょう。出来ませんわよね? もはや降参ですわよね? いくらなんでもひざまくらで耳掃除をして、愛を囁きキスしてしまうほどの愛など持ち合わせていないでしょう! 口づけとは神聖なる愛の証。心の抱擁。“本物”の愛を持たなければ不可能なこと。そのことは先ほどの胸の薄いお嬢さんが証明していますわ!」


 完全に勝ち誇った顔のローザに、動けないエステルがイラッと目を細めた。

 ローザはフィオナの方に視線を戻して言う。


「しょせんアナタもただの子供ということですわ。嗚呼、まったく残念ですわぁ! これでアナタも花々この子たちの養分となっ――――」


 ローザの声がピタリと止まる。


 耳掃除を止めたフィオナは、覗き込むようにクレスの耳に顔を近づけていき、軽く耳へと息を吹きかける。クレスがわずかに身震いした。


「お掃除は、おしまいです」

「お、お姉さん……?」


 温かい風が、周囲の花々を揺らす。


 フィオナは流れる銀髪を耳にかけ、ささやく。


「……クレスくん。聞いてくれる?」


 ローザの表情が固まっていた。


 理解したからだ。



「わたしは……クレスさんのことが、好き、です」



 フィオナが――“本物”であると。



「ずっと、そばにいます。約束しました。今のクレスくんには、わからないかもしれないけれど……あなたが、毎日を幸せな笑顔で過ごせるように。楽しい気持ちで心をいっぱいに出来るように。とってもとっても頑張ってきたあなたの、一番大切な居場所になりたいんです」

「おねえ、さん……」

「そのためなら、わたしはなんでも出来るよ。どんなことでも怖がらない。もしもあなたがずっとこのままでも……わたしをまた好きになってもらえるように頑張るよ。だから、何も心配いらないよ。ずっとわたしがそばにいます。これだけは、忘れないでください――」


 フィオナは頬を赤らめながら、クレスの金髪をそっと撫でて微笑む。


 そして、唇の彼のもとへと近づけた。



「いつまでも、あなたを愛しています――」



 そんな愛の告白と、重なりに。



「あ、ああ、あ…………」


 宙に浮いていたローザがふらふらと地上へ落下し、その場にへたり込んだ。


「ああ……あああ…………ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ~~~~~~~~!」


 ローザは頬を押さえながら花畑をゴロゴロと転がり、感情を爆発させる。それは興奮でもあり、恐怖でもあり、感動でもあった。


「そんな……まさかっ! こんな、こんなことありえませんわ! なぜ! なぜあのような告白が出来るのです! 甘く、確かに愛のこもった完璧なる口づけが! 見ているこちらが悶えてしまうような本物の愛を紡げるのです!」

「うう……そ、そこまで言われてしまうと本当に恥ずかしいです……」


 火照った顔を隠そうとするフィオナ。銀髪から覗く耳も赤らんでいる。


 そしてクレスも、フィオナの膝から終始動けないでいた。

 年上の女性から“本物”の告白と口づけを受けたことで、真面目すぎる思考が現状を把握出来ずに混乱しており、ローザの魔術にかけられたわけでもないのに言葉まで失って固まっていた。

 それだけではない。

 熱くなる心臓が、大切な何かを強く訴えかけている。


 ローザは、腰を抜かしたようにへなへなとしながらも素早くフィオナの元へすり寄ってくる。これにフィオナが身を引いた。


「わぁっ! な、なんですか?」

「なぜ……なぜ……なぜなのです! アナタの愛、もはや演技では不可能ですわ。その愛は本物。例え仲間を救うためだとしても、そこまでの愛は語れない、騙れないはずですわ! なのになぜっ!」

「な、なぜと言われましても……」


 ぐいぐいと顔を近づけてくるローザに、さらに身を引くフィオナ。既にローザに敵対心がなく、彼女が純粋な探究心のみで近づいてきていることがフィオナにはわかった。


 そこで、ローザの視線がフィオナの手に向く。


「……ハッ! その指輪は……」


 さらに気付くローザ。

 フィオナの左手に嵌められた指輪と同じモノが、ひざまくらされたままの少年の左手にも嵌められている。


 その意味を知ったローザは、フィオナの目を見てつぶやく。


「まさか…………ア、アナタ方、お二人は……?」


 フィオナが、少しだけ間を置いてうなずく。


「ごめんね、クレスくん。少しだけ、待っててね」

「え? お、お姉さん?」


 フィオナは、ひざまくらしたままのクレスの耳をそっと手で塞いだ。


 それからローザの方を向いて、小声で話す。


「はい。わたしたちは、夫婦です。結婚しています」

「やはり……! ですが、彼はどうみてもお子様。アナタもまだ大人とは言えない年齢でしょう? それに、彼の反応はどうみてもアナタを妻としているものではありませんでしたわ! 一体アナタ方の愛にどんな秘密が隠されているんですの? ワタクシ、胸が高鳴ります! こんなにも興奮したのは初めてですわ!」


 ローザの目が輝き、その高揚ぶりからなのか羽からはキラキラした粒子が激しく舞っている。


「ええと、せ、説明すると、少し長くなるかもしれません」

「是非お聞かせくださいませ!」

「ひゃっ! わ、わかりました。でも、その前にみんなを元に戻してもらえませんか? 話している間に、みんなが花になってしまったら……」

「ご安心あそばせ。あの口づけを見てしまった時点で、ワタクシの魔術はとうに効力を失っておりますわ」

「え? そ、そうなんですか?」

「そんなことよりも早く! 特にアナタ方ご夫婦の馴れ初めを! 詳しく!! 一から十までこのワタクシにお聞かせくださいませ!!!」

「は、はいっ!」


 真剣に詰め寄ってきたローザに押し切られ、思わず了承してしまうフィオナ。


 こうしてフィオナは、つい先ほどまで敵だったはずの相手に、なぜか夫婦の馴れ初め話をすることとなってしまったのであった――。

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