♯82 花の楽園
ショコラの魔術――【
森で闇に包まれたときと同じような漆黒の世界に光はなく、足の着く感触がないため、フィオナは多少怯えることにはなったが、それでもクレスたちが一緒にいてくれることは大変に心強かった。
「みんな、ちゃんとついてきてるかにゃー? はぐれたら大変だし、ちゃんとウチについてきてねー!」
「ああ、大丈夫だ。フィオナも平気かい?」
「は、はい! クレスさんに掴まってますから!」
「オレも問題ねーぜ。夜の戦いには慣れてっからなァ。つーかショコラちゃんよ、はぐれたらどうなんの?」
「ずっとここから出られなくてしんじゃうだけだよー!」
「すげぇ怖ぇことさらっと言うなオイ!」
「フィオナちゃん、左右に氷で線引きをして道を作ってあるわ。万が一のときはそれを道標にしてちょうだい」
「あ、ありがとうございますエステルさんっ」
そのまま夜目の利くショコラを先頭に、暗黒の世界を進んでいく一同。
長い時間は掛からないとのことだったが、その間、ショコラは楽しそうに歌を歌いながら歩いていた。
「一歩でぴょーん! 二歩でぴょぴょーん! 十歩進めば山のむこ~! 百歩進めば海のむこ~! きょーおもっおさんぽたのしーにゃー!」
続くクレスやヴァーン、エステルたちも躊躇もなく、まるで道が見えているかのように歩いていくため、まだほとんど何も見えないフィオナは困惑していた。
ショコラの愉快な歌と皆の声、握るクレスの手のみを頼りに進んでいる自分とは違い、クレスたちには闇など大した問題ではないのだ。ここでも冒険者たちの経験に感嘆としてしまうフィオナである。
「なんだか……情けない、ですね」
「フィオナ? どうした?」
「あ、その……小さくなってしまったクレスさんを、わたしがちゃんと支えなきゃって思っていたのに、むしろ、わたしの方が支えてもらってしまっていると思いまして……」
自分を鼓舞しようとしても、どうしてもクレスと繋ぐ手に力が入る。心理的な不安がそうさせていた。
すると、クレスが小さく笑った。
「フィオナは暗闇が苦手なのか」
「ご、ごめんなさい。ここまで暗いとどうしても……あの、こ、子供っぽいですよね?」
「いや、そんなことはないさ。誰にでも苦手なことはあるだろう。それに、君は普段がしっかりしている分、こうして頼りにされることは嬉しいよ。いつもは、何にしても俺の方が世話になってばかりだからね。支え合うのが夫婦だ。いつでも頼ってくれ」
「クレスさん……えへへ、ありがとうございます……」
小さくなっても頼もしい夫の言葉に、フィオナの胸はじんと温かくなった。クレスを甘やかすことは大好きなのだが、こうして自分が甘えるのも悪くないと思える。ただ、優しくされればされるほど、フィオナはもっと彼を優しく包みこみたいと思っていた。
「心配はいらない。
「え? お、お姉さん?」
「ん? ……ああいや、フィオナのことだよ。すまない。んん、なぜ俺はそんな風に呼んでしまったのだろう」
隣でクレスが眉をひそめていたが、その顔はフィオナにはよく見えない。
そこで突如、前方から目映い光が差し込んだ。
見ればショコラが暗闇の中で扉を開けており、その先から光が届いていたのだった。ただし、あまりのまぶしさに何も見えないほどである。
「ハイ、ついたよー! この先が『花の楽園』です! 入って入って~!」
ショコラに促され、クレスたちは意を決して扉をくぐる。
そして光をくぐり抜けると――
「――わぁ!」
思わず声をあげて手を組んでしまったのは、フィオナ。
そこに広がっていたのは、色とりどりの花々が咲き誇る美しい世界だった。
見渡す限りが花畑となっていて、他に確認出来るのは雄大な山のみ。どうやら山々に囲まれた盆地のようであった。
太陽の日差しは温かく、心地良い風に花びらが舞い、それはフィオナたちに華やかな香りを届ける。
「ハイとーちゃーく! どうどう? イイところでしょ! ここが『花の楽園ミスティオラ』だよ!」
「うっはぁ、こりゃまたずいぶんメルヘンな場所についちまったな。こんなとこにいる魔族ってのはどんなヤツなんだかね」
「ミスティオラ……すべての花が生まれたという地ね。おとぎ話のものと思っていたけれど……周りが山ばかりで場所がよくわからないわ。ショコラちゃん、ここはあの森からどのくらい離れているのかしら」
尋ねたエステルに、ショコラは軽く口をすぼめて答える。
「うーんとねー、たぶん山が七個ぶんくらいカナ? おっきな湖もいくつか越えてると思うよ。森はずっとあっちのほうだよー」
「そ、そんなに? その距離をあの短さで……さすがナイトキャットね」
「にゃーホメられたー!」
尻尾を揺らして喜ぶショコラ。
美しい光景に目を輝かせていたフィオナが言う。
「すごいです……クレスさん、とっても綺麗なところですねっ」
「そうだな。それよりお姉さん、手を離してくれないか?」
「え?」
隣から返ってきた言葉に、フィオナが驚きの声を上げてそちらを向く。
クレスはフィオナの手からするりと抜けて、キョロキョロと辺りを見回した。
「それにしても、ここはどこなんだ? そもそも俺は、なぜこんなところに? お姉さんが俺をここに連れてきたのか?」
「え、え? あの、クレスさん? な、何を……」
困惑するフィオナ。
二人の様子を見て、ヴァーン、エステル、ショコラも近づいてきた。
「おいおいどうしたフィオナちゃん」
「クーちゃんの様子がおかしいようね」
「どうかしたのかにゃ? ――あれ? クレスのニオイがちょっと違うカモ?」
くんくんと鼻を動かして困ったような顔をするショコラ。
心配する四人の前で、クレスは顎に手を当てて真剣に頭を悩ませる。
「どこかでお姉さんと会っていたかな? 確か、昨日は師匠との修行を終えてから久しぶりに村に帰って、母と食事をして……いや、違う。母はもう…………んん? そもそも師匠とは誰だ……? なぜこうなっているのかぜんぜん覚えていない。それに、そちらの三人は……誰だろう?」
「ハァ? オイオイ何言ってんだお前。ホントにガキにでも戻ったか?」
「……っ! クーちゃん……貴方、まさか……」
ヴァーンの言葉でエステルが息を呑んだ。
「クーちゃん? それは俺のことだろうか? ええと、君は俺と同い年くらいかな? よくわからないが記憶が混乱しているようだ。一体何があったのか教えてもらいたい」
要領を得ない様子のクレスに、フィオナたちは全員が同様に嫌な予感を覚えた。
エステルが尋ねる。
「……クーちゃん。貴方、今の年齢はいくつかしら?」
その問いに、
「十二だ」
そう答えたクレスによって、フィオナたちの予感は合致した。
クレスは、
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