♯81 素材集めへ
それからフィオナが回復するまでには少しの時間を要した。
「フィオナさん、大丈夫ですか? すみません~、私が余計なことを……」
「いえそんなっ、セシリアさんのせいではないです! み、皆さんにはご迷惑おかけしました……。特にクレスさんには、本当にごめんなさい!」
「いや、俺は気にしていないよ。元に戻ることは出来るのだから、それ以上気に病まないでくれ」
「は、はい……」
まだ赤面したままのフィオナだが、自分のせいでクレスが子供になってしまった事実をなんとか受け止めきることが出来た。同時に、正直なところ子供のクレスを可愛がることが出来た喜びもほんのちょっぴりはあったため、深く反省している。
そうしてようやく全員が落ち着いたところで、セシリアが診断を締めくくる。
「さて、クレスさんに必要となる薬の件ですが、正確には、“魔力的外因によって生じた身体的変化を回復させる”調合薬になります。結果として、それが子供になってしまったクレスさんを大人に戻す薬となるわけですが……すみません~。実は今、そちらの薬は切らしているんです。すぐにお渡しできず、薬師として力不足を謝罪致します」
深々と頭を下げるセシリア。
これにはクレスもフィオナも慌てて頭を上げるようにお願いした。
「あの、セシリアさん。でも、それなら薬は作れるということですよね?」
「はい。材料さえあれば、いつでも調合は可能です」
「ふぁ……よかったぁ……。クレスさん、これで大人に戻れますね!」
「ああ。それでセシリア、その材料というのは?」
「はい。それがその~……」
セシリアは、少し言いづらそうに弱々しく微笑む。
「こちらの薬を作るには、『愛の涙』という特殊な花の蜜が必要なのですが……ここ数ヶ月、その花の群生地がある高位魔族に支配されておりまして。他にも珍しい素材が多くある土地なのですが、どれも採取することが出来ない状況なのです~」
「何? 魔族が?」
その言葉に、クレスが最も早く反応を見せる。
魔王がいなくなった今も、未だに各地ではその配下だった魔族たちが人と敵対していることがある。今回もそのケースのようだった。
クレスはすぐに状況を飲み込み、告げる。
「わかった。ならば俺がどうにかしよう。魔族を追い払って素材を取ってくればいいだろうか?」
「まぁまぁ、よろしいのですか?」
目をパチパチさせながら驚くセシリアに、クレスは大きくうなずく。
それにフィオナたちも続いた。
「セシリアさんはクレスさんのお知り合いですし、お世話になる方が困っているなら見過ごせませんっ。それにわたしのせいでクレスさんが子供になってしまったんですから、わたしがママとして――じゃなくって! お、奥さんとして責任とりますっ!」
「ま、ここまできたらいっちょ恩を売っておくかねぇ。そんでもっていつかセシリアちゃんと……ぐふふふ」
「そこの邪な男は来なくていいわよ。私たちだけで十分な仕事でしょう」
三人の発言に、クレスが呆ける。
「皆……一緒に来てくれるのか? これは俺の問題で、皆には――」
と言いかけたクレスの口を、フィオナが人差し指でそっと塞いだ。
驚くクレスに、フィオナがささやく。
「わたしはあなたのお嫁さんです。どんなときも、ずっとあなたのそばにいます。当たり前ですよ」
「フィオナ……」
「それに、子供のクレスさんもとっても可愛くて素敵ですけれど、やっぱりわたしは、大人のクレスさんに会いたい……ですから」
頬を染めながら微笑むフィオナ。
ヴァーン、エステルの頼もしい表情も見て、クレスはふっと笑った。
「すまない。ありがとう、皆」
「よせよせキモチワリーな。そうと決まりゃあさっさと行こうぜ! 日が暮れちまう前にこの新婚バカップルの問題解決させんぞ!」
「そう難しい仕事ではなさそうね。早めに片付けましょう」
「クレスさん、行きましょう」
「ああ、そうだな」
席を立ち上がった四人は、それぞれに武器や防具の確認を済ませて店を出る。
そこで、セシリアが特製の傷薬や解毒薬などが詰まった革袋を持たせてくれた。どれも彼女自慢の品である。
「セシリア、持って行ってもいいのか?」
「薬のためにお客様の手を煩わせてしまうのですから、これくらいはさせてください。もちろん、報酬は別にお渡し致しますのでご安心を~。それと、目的の場所はここからだと少し遠いので……ショコラ、皆さんをお願い出来る?」
「ハァーイ! それじゃあちょっと行ってくるネ!」
片足を上げて愛らしい猫ポーズを決めるショコラ。
どうやら彼女も冒険についてくるらしく、クレスたちは少し驚いてしまう。
そこでショコラが前に手を伸ばすと、あの闇の球体が出現し、それはぽこぽこと自在に形を変えて真っ黒な扉に変形した。
「じゃじゃーん! ココに入ればすぐ目的地に着くよ。いこいこー!」
テンション高く手を挙げるショコラ。耳と尻尾もピーンと伸びている。
「わぁ……ド、ドアになっちゃいました! これは……魔術、なんでしょうか? ま、まったく見たことがありません」
「魔族だけが扱う闇の魔術ね。魔力を練り上げる早さといい、それを放出する操作も見事だわ。以前からずっと気になっていたけれど……彼女は一体何者なのかしら。ただの使い魔とは思えないのだけれど」
ショコラの魔術に興味津々な魔術マニアであるフィオナとエステルに、セシリアが悠々と説明する。
「うふふ。ショコラは元々、『ナイトキャット』と呼ばれるこの地域固有の種族である魔物でした~。それが、私と一緒にこの森にいるうちに多量の魔力を帯びてしまいまして、いつの間にか『魔族』になっていたようなんです~」
「うん! 気付いたら人の姿に変化出来るようになって、言葉も喋れるようになったの! すごいでしょすごいでしょー! ニャー!」
可愛らしく手を挙げてまたも猫っぽい決めポーズを取るショコラ。どうやらいくつかお気に入りのものがあるらしい。
「ナ、ナイトキャット? ……確か、空間を操る力を持つ大変に珍しい種族だわ。アルトメリアのエルフと同じ……いえ、それ以上の希少種だったはずよ。まさか貴女がそうだったなんて……」
「にゃふふふふっ。おどろいたでしょー? どーだ! ウチはすごいのだ!」
えっへんと小さな胸を張るショコラに、エステルが驚きを隠せずにいた。
『魔族』の定義とは、基本的に“人の形態を取ることが出来る魔物”。または“人語を解する魔物”のことである。それらを総称して『魔族』と呼ぶ。
ただ、現代では人と交わっている魔族が増えたこともあり、生まれた頃から人の姿をしている魔族も多く、一見しただけでは人と見分けのつかない者も増えた。時代は少しずつ変化している。
セシリアがショコラのワンピースのリボンを結び直しながら言う。
「ショコラの操る闇の魔術がお役に立つと思います~。ショコラ、皆さんをお願いね?」
「ハァーイ! じゃあ行くよ? あんまり長い間出してられないからね~!」
そのまま黒い扉を開けるショコラ。
中に広がるのは、わずかな光さえない漆黒の世界。
――【
『ナイトキャット』だけが生み出せる闇の回廊。世界の“裏側”である亜空間を利用して時間を飛び越え、長距離移動を可能にする高位魔術である。
闇だけが続く奥底に、フィオナは少しだけ怖じ気づいて足を止めた。
「オイオイ、これホントに大丈夫なんだろうな? 二度と出られねーなんてオチは勘弁だぜ? オレには世界中を回ってフィオナちゃん以上の上玉を見つけなきゃなんねぇっつう使命があ」
「さっさと行きなさい」
「んがっ!? テメこのっ、う、うおおおおお!?」
エステルに蹴っ飛ばされたヴァーンが先頭で扉に入り、闇に呑み込まれる。
「先に行っているわね」
続けてエステルも躊躇なく闇の向こうへと姿を消した。
そこで、クレスが静かにフィオナの手を取った。
「行こう、フィオナ」
「……クレスさん」
子供になっても変わらないクレスの優しい顔を見て、フィオナは決意を新たにする。
自分は、彼の妻だ。
これ以上、彼に心配をかけるわけにはいかない。
幸せな家庭を作り、彼をずっと支え続けていく覚悟を持っている。
この道を進む上で必要なことはなんでもする。どんなことでも乗り越えていく。
そう。クレスのためを思えば、足を止めている暇などないのだ。
「よぉし! がんばるぞっ!」
「おお、げ、元気が出たねフィオナ」
「はい! ――ふふっ。なんだか最近は、わたしの方がクレスさんに甘やかされているような気がします」
「ん? そうだろうか?」
「でも、これからはそうはいきませんっ。お嫁さんが甘やかされてはダメなんです! わたしがクレスさんをもっともっと甘やかしてあげられるように、わたし、もっと強くなります! クレスさんの、お母様みたいに!」
「……そうか。君は、やはりすごいな」
フィオナの明るい笑顔に、クレスもまた笑いかける。
「行きましょう、クレスさん!」
「ああ」
二人はお互いに手を取り合い、扉の中へ足を踏み入れる。
「クレスさん、フィオナさん」
そのときセシリアが声を掛け、二人は振り返る。
「クレスさんの症状は魔力による可変的なものなので、今後、さらに症状が進行したり、別の症状が起こるやもしれません。出来る限り、お急ぎください。もし何かの薬が必要になったときは、ショコラが教えてくれるはずです」
クレスとフィオナは同時にうなずき、そのまま闇の中に入り込む。
そうして最後に入ったショコラが扉の内側からひょこっと顔を出して、セシリアに手を振ってから扉を閉める。すると、闇の扉はスゥッと空気に溶け込むように消えた。
一人残ったセシリアは、振っていた手を下ろしてつぶやく。
「――さぁ、私は製薬の準備をしておきましょう」
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