♯80 小さくなった理由


『……!!』


 セシリアの診断に、クレスたちは声もなく動揺した。

 それは、決してセシリアが知るはずのないであろう情報。にもかかわらず、あんなにも短い“診断”とやらでそこまでのことがわかるものなのかと。


 フィオナが尋ねる。


「ど、どうして、そのことが……?」


 すると、セシリアは手の平をテーブルの方に向けた。


「先ほどの飲み物とお菓子には、私の魔力をちょっぴりだけ混ぜ込んであるのです。それを摂取していただくことで、体内から異常を察知することが出来るのですよ~」

「え? そ、そんなことができるんですかっ?」

「はい。事前に話してしまいますと、初めてのお客様には余計な抵抗感を与えてしまいますので、事後報告になってしまってすみません~。もちろん身体には何の害もありませんので、どうかご心配なきよう。むしろ、エルフの魔力は気の流れを整える効果があります。あとは、症状にあった薬を作り、お渡しするだけですね」


 ニコニコ笑顔で二人を安心させながら、優しい声音で話すセシリア。手元のカルテらしきものにその診断結果を書き込んでいた。

 フィオナは初めてだったので当然驚いていたが、以前にも同じことのあったクレスたちはそのことを思い出していた。


「ああ……そういえば、以前に俺の身体を看てもらったときも、始めに水を飲んだな……。そのあと治療の薬を貰って……同じ説明を受けたことを思い出したよ」

「あーそうだそうだ! そういやんなことあったなァ! ハハ、なんかの手品かと思ってビビったぜ」

「あのときは慌てていたから……私もすっかり忘れていたわ。けれど、それだけでそこまでのことがわかるものなのね……。そもそも自身の魔力を切り離して物質に混ぜ込むだけでも難しい技術を簡単に、それを使って感知まで……」


 セシリアは、笑みを保ったままクレスたちの反応を見守る。


 そこで彼女の目に入ったのは――視線を落として黙り込んでいた、フィオナ。


 セシリアはささやくように名前を呼ぶ。


「フィオナさん」

「……え? は、はい、なんでしょう」


 顔を上げたフィオナに、セシリアは言った。


「あなたは、自分のしたことを後悔していますか?」

「……え?」

「あなたの使った魔術は、おおよそ未完成の難しいものです。私たちエルフでも扱える者などまずいないでしょう。魂の融和レベルを見ればある程度の判断はつきますが、クレスさんの勇者の力さえあなたの魔力に飲み込まれてしまっている。上手く魂が溶け合っているのが奇跡的に思えます」

「…………そう、だったんですね」


 フィオナ自身、そのことはなんとなく察していた。だからセシリアにハッキリと言われて自分がした事の大きさに改めて気付く。


「もしも後悔しているのなら、もうその道を進むのはおやめなさい。その先には深い悲しみが待つでしょう。……けれど、後悔していないのなら、それはあなたにとって正しい道のはずです」

「……え?」

「正しさなど、本来は誰が決めることでもない。あなた自身が決めるべきことです。例え周囲に敵を作ったとしても、歩みを止めてはいけません。強い想いが生んだ道には、必ずそれに応える人が現れます。その方が隣にいてくれるのなら、きっと、その道はあなたを幸せに導いてくれますよ」

「セシリアさん……」

「うふふ、余計なお世話だったでしょうか~。もう、十分に幸せそうですもの」


 セシリアはクレスたちを一瞥してから、ただ穏やかに笑いかけた。

 少しだけ泣きそうになったフィオナの手を、隣でクレスが握ってくれる。


 そんな二人を見て、セシリアは先ほどより軽い口調でおどけたように話した。


「フィオナさん、あの魔術を使ったことであまり悲観的になる必要はありませんよ。禁術というのは、人が独自に定義した魔術概念ルールに過ぎません。我々エルフや、ショコラのような魔族には、そのようなものはないのですよ」

「え? そ、そうなんですか?」

「はい。そもそも“術”とは、使用者を助けるための技です。そのために進化を続けてきた技術です。そこに善も悪もありません。すべては、使い方次第なのです」

「使い方、次第……」

「薬は人の病気や不調を治してくれる良き味方ですが、使用法を誤れば、毒にもなってしまいます。うふふ、魔術もお薬とおんなじなんです~。母が、そう教えてくれたんですよ♪」

 

 可愛らしく首を傾けるセシリアに、フィオナは救われた思いでいた。


 隣で、クレスが笑っていてくれる。

 エステルやヴァーンが味方でいてくれる。

 ぶつかり合っても、理解してくれた人たちがいる。


 それがすべてだ。


 自分が選んだ道を、彼を共に歩き続ける。この手をずっと離さないように。

 それがきっと、自分が生まれた意味だと思えた。


「――はいっ! ありがとうございます、セシリアさん!」


 フィオナの言葉に、優しい笑みで応えるセシリア。


 それからセシリアが手を叩いて話を戻した。


「さてさて~、現在クレスさんの身体に起きている異常ですが、病気の類いではないようです。おそらくは、禁術で魂を同化した影響により、クレスさんの身体にフィオナさんの魔力が流れ込み、特殊な作用をしているのでしょう~」

「俺の身体に……」

「わ、わたしの魔力が……?」


 困惑する二人。ヴァーンやエステルも目を点にしていた。先ほどからまったく話に興味を示していないショコラだけは、尻尾を振りながらひたすらお菓子に手をつけている。


「ご存じのように、魔術とは己の精神に強い影響を受けます。今回のケースでいえば、フィオナさんの想いや願望がクレスさんの身体に何らかの影響を及ぼしたのでしょう。実際にここまでの変化があるということは、よほど強い想いだったはずです。心当たりはありませんか?」

「心当たり……ですか……」

「お二人の肉体的な、精神的な結びつきが強いほど、それは効果を高めます。新婚さんならなおさらでしょうか~」

「うーむ、俺にはよくわからないが……」


 セシリアの言葉に真剣に思い悩むクレス。

 すると隣でフィオナが何かに気付いたように固まり、急激に顔を赤くして、それから徐々にうつむいていった。


 クレスがハッとして顔を上げる。


「そういえば俺は、よくフィオナの前では子供のように甘やかされてしまうんだ! 俺自身、まるで子供に戻ったように錯覚するときがある。気付くと彼女の胸に包まれて安心する俺がいるんだ」

「まぁ」

「それに、結婚してからは将来子供が出来たときの話をしていた。俺がこの姿になる朝も、ちょうどそんな話をしていたんだ。心当たりといえばこれくらいだが、どうだろうか!」

「まぁまぁ。“当たり”だと思いますよ~」


 口元を押さえながら、たおやかに微笑むセシリア。

 その視線の先では、フィオナが先ほどからずっと両手で顔を隠しながらうつむいていた。クレスがよく見れば、フィオナはぷるぷると震えている。


「ん? フィオナ、どうしたんだ?」


 何もわかっていないクレスとは違い、ヴァーンが思いきり噴き出した。


「……ぶふっ! ブワッハッハッハッハッ! オイオイオイ! つまりフィオナちゃんがクレスを甘やかしすぎてガキみてーに可愛がってたのが原因だっつーこったろ! そんでもってクレスとの子供が欲しいって願望がこんな形になっちまったわけだ! ぶふぉっ! お、面白すぎんだろお前ら! ひぃ腹いてぇ!」

「フィ、フィオナちゃんがクーちゃんを想うあまりに、ということかしら……。禁術の影響とはいえ、さすがに私もこれは予想出来なかったわ……。ええと、フィオナちゃん? その、夫婦の仲が良いのは結構なことよ。あまり気にしてはいけないわ」


 腹を抱えて笑いまくるヴァーンと、なんとか励まそうとするエステル。しかしフィオナはぷるぷる震え続けるばかりで、隠しきれない耳元が真っ赤になっていた。


 クレスは二人の言葉を聞いて至極真面目に納得し、手を打った。


「なるほど……そういうことだったのか! それなら危険がないとわかって安心出来たよ。フィオナ、気に病むことはない。顔を上げてくれ。薬で元に戻れるなら心配はないだろう」

「…………無理ですぅ」

「え?」

「…………恥ずかしすぎて、顔から……火が出そうですぅぅぅ…………」

「な、なぜ恥ずかしいんだ? フィオナ? だ、大丈夫か?」

「わたし……わたしが…………クレスさんと………………願っちゃった、から……うう、うううう~~~~~~!」

「フィオナ? し、しっかりしろ、フィオナ!」


 心配するクレスと、羞恥にまみれるフィオナ。それを見てヴァーンは大笑いし続け、エステルが氷のハンマーでヴァーンを顔面からぶっ叩いた。ショコラが倒れたヴァーンの顔をツンツンし、セシリアはそんな光景をただニコニコと観察するのだった。

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