♯79 診断
そこでクレスは、早速自分が小さくなってしまったことと、そこに至った経緯をセシリアに説明した。
セシリアは口元に手を当てて、少し大きめにまぶたを開く。
「まぁ……道理で可愛らしいお姿になられていると思いました~」
「今のところは特に大きな問題もないんだが、このままでいるわけにもな……。しかし、よく俺がクレスだとわかったね、セシリア」
「うふふ。お得意様の顔と魔力はすべて記憶していますから。本質的なものはたとえそのようなお姿になっていても変わりません。すぐにわかりましたよ~」
「そういうものなのか。やはり君はすごいな」
「長く生きていることだけが取り柄ですから~♪」
おっとりとしたセシリアの発言に素直に驚くクレス。
彼女はエルフとして長い年月を過ごしてきたため、精神的に大変成熟しており、その魔力や知識量も膨大である。
店に置かれている無数の薬の名前や効果、用法、製薬するための手順や、元となる薬草や素材の知識に採取方法、客の細かいプロフィールに至るまで、そのすべてを頭一つのみで完璧に記憶している。そんな話を聞いてしまったフィオナはこれに驚くばかりだった。
「ところで、エステルさんとヴァーンさんは、クレスさんのお付き添いですか~?」
尋ねるセシリアに、訊かれた二人が揃ってうなずいた。
「ええ。森への道を覚えていたのが私だけだったの。あとは個人的に欲しい物もあったから、後ほどいくつか買わせていただくわ」
「うふふ。それはありがとうございます~。サービス致しますね」
「オレは別にほしいもんねーけどなァ。あーいや、セシリアちゃんがお持ち帰り出来るなら言い値で買っちまってもいいんだぜ!」
「まぁ。相変わらずご冗談がお上手ですね~」
淑やかに微笑むセシリアに、ヴァーンは残念そうに肩を落とした。さらりとかわすところにも女性としての余裕があった。
「チッ、セシリアちゃんはこう見えてガードかてぇんだよなァ。ショコラちゃん……はすげぇ将来有望なんだが、さすがにまだロリすぎるからな。十年後くらいにまた会いてぇもんだ」
「ロリ? ちっちゃいのダメってこと? んー、
口元にクッキーのカスを付けたまま立ち上がったショコラは、背後に現れた闇の球体に入り込む。
そしてすぐに戻ってきた姿を見て、ヴァーンが「うおっ!?」と立ち上がった。
「――じゃーん! どうどう? ウチ、オトナになったでしょー!」
両手を広げて猫耳をぴょこぴょこさせるショコラ。
先ほどまで子供だったその姿は、セシリアと同じような大人の顔立ちになり、背や手足も伸びて、まさにボン・キュ・ボンな魅惑のセクシーボディに変貌していた。
にもかかわらず、頭部の猫耳や尻尾、ノースリーブの黒いワンピースから覗く素肌、そして無邪気な仕草をとる子供っぽい中身は何も変わっていないため、ギャップある魅力が醸し出されている。猫の手招きポーズもどこか印象が違ってきていた。
クレスたちは思わず拍手で迎えたのだが、ヴァーンだけがショコラの方に伸びそうな自分の手を自ら押さえて苦悶の表情を浮かべていた。
「う、うおおおおお……こいつはやべぇっ!! クッ! このままじゃこのオレが手を出しちまう……! ショコラちゃん、元の姿に戻ってくれぇぇぇ!」
「ええ~~~? そっちがオトナになれってゆったのにー!」
「頼む! その姿はエロすぎんだ! 早くしねぇとめちゃくちゃ触っちまうぞ! んでそこで睨んでる氷結女にマジでやられるううううう!」
「もぉー、しょうがないにゃあ」
ショコラはまた闇の中に入り、元の子供の姿になって戻ってくる。途端にヴァーンはホッとしたように息を吐いた。
クレスがうろたえながら言う。
「ど、どうしたんだヴァーン。お前の好みなら良かったのでは……」
「バッカヤロウ! いくら外見が良くても、子供の女に手ぇ出すわけにいかねーだろ。オレは自分で責任を取れる大人の女にしか手は出さねーって決めてんだ。いいかクレス。女は……育つまで待て!」
「な、なるほど……さすがヴァーンだ……!」
既に結婚しているにもかかわらず思わず感心してしまうクレス。
フィオナもセシリアも場の空気に吞まれてパチパチと手を叩いたが、エステルだけは「当たり前の話でしょう」と冷たくあしらった。
それから、セシリアの視線がフィオナに――その手元に向いた。
「うふふ。勇者様の奥様というのはどのような方がなるものかと思っていましたが……どうやら、フィオナさんがクレスさんの心を射止めたようですね~」
「あ、は、はいっ。先日挙式を済ませまして、クレスさんの妻となりました! ま、まだまだ未熟者なのですが、こ、今後ともよろしくお願いします!」
「はい、ご結婚おめでとうございます。こちらこそどうぞご贔屓に。後ほど結婚のお祝いを差し上げなくてはいけませんね。――さて、それではそろそろご来店の件についてお話させていただこうと思いますが……」
セシリアはクレスの方を見て、語りかけるように話す。
「今回ご要望の品は、クレスさんの姿を元に戻すための薬、でよろしいでしょうか~?」
「あ、ああ。さすがに言わなくてもわかってしまうか」
「えっと、でも、そもそもそんな都合の良い薬はあるんでしょうか……?」
クレスに続いてフィオナが少々心配そうに発言し、セシリアはこくんとうなずく。
そしてあっさりと言った。
「ええ、ありますよ~」
待ち望んだ一言に、クレスたち全員の顔が明るくなる。特にフィオナの喜びようは大きかった。
「良かったですね! クレスさん! やっぱりこちらに来て正解でした!」
「ああ。フィオナが提案してくれたおかげだ。ありがとう。ヴァーンとエステルも、助かったよ」
「オレは別に何もしてねーっての」
「私はそれなりの仕事をしたから、クーちゃんに借り一つね」
「お、お礼はわたしよりもセシリアさんにっ。それでセシリアさん、その薬はすぐにいただけるものなんでしょうか?」
そわそわするフィオナの問いに、セシリアはそこでいったん話を止めてから、クレスとフィオナの顔を見比べた。
「お薬の前に、クレスさんとフィオナさんの身体を診断させていただいてよろしいでしょうか?」
「え? 診断、ですか?」
「はい。お薬を処方するために、まずはお客様のお身体を知ることを何よりも大切なことなんです~」
「なるほど……道理だな。もちろん構わない。よろしく頼む」
「わ、わたしも大丈夫です! お願いします!」
普段通りのクレスに対し、フィオナは背筋を伸ばして固まっていた。
だが、セシリアは何か尋ねて問診するわけでなく、二人の身体に触れて触診するわけでもなく、しばらくの間、エメラルド色の美しい瞳でじっと二人だけを見つめていた。
まるで、何かを見通すように。
「――はい、終わりました~」
「「え?」」
そして、彼女は言った。
「お二人は、魂が融和していますね。これは……禁術の効果でしょうか」
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