♯78 店主と黒猫

 遠慮がちに店内へ足を踏み入れるフィオナと、それに続くクレスたち。


 店内には木の香りが広がり、魔力灯の温もりある橙色が室内を照らす。観葉植物も多く、とても静かで穏やかな空間だった。

 フィオナは、そこで目を見開く。


「わぁ……すごい薬の数です……!」


 よく目立つ壁面の棚にはたくさんの小瓶が並び、そのすべてに薬の名前がラベリングされている。他にも、数えるのが大変なほどの引き出しがびっしりと備え付けられ、そこにも薬が入っているようだった。また、店の奥は調合場所になっているのか『お客様の立ち入り禁止』という札もある。そんなよく整理整頓された部屋からは、店主の几帳面さがうかがえた。


 久しぶりの来訪に、クレスたちもキョロキョロと辺りを見回す。


「俺には薬のことはよくわからないが、何度見てもすごい品揃えだな」

「私もずいぶんと旅をしてきたけれど、聖都や他のどの国にも、ここ以上の薬屋はないでしょうね。一般的な薬はもちろん、魔術の触媒に使える貴重な素材も豊富に揃っているから、大金を払ってでも来たいという魔術師も多いわ。ここでしか手に入らないものも多くあるでしょう」

「それに、ここにくりゃどんな病気でも治せちまうって噂があっからなぁ。世の中の金持ち共はこの森の地図だけでも城を買えるくらいの金を落とすらしいぜ。つーか、前来たときよりもさらに数が増えてんな。この骨みてーのも薬なのかよ」


 店主であるエルフの女性は、そんなクレスたちの様子を見てたおやかに微笑む。


「うふふ、長旅でお疲れでしょう。お茶と甘い物をご用意しますね~。ショコラ、ご案内を」

「ハァーイ。お客さんたち、こっちだよーん」


『ショコラ』と呼ばれた猫耳の少女がクレスたちを先導する。

 やってきた隣の部屋には、ちょっとした休憩スペースのような丸テーブルと椅子が用意されており、窓からは優しい木漏れ日が差し込んでくる。テーブルに置かれる綺麗な白い花が歓迎の意を示していた。


 クレスたちがそれぞれに腰を下ろすと、そこでフィオナが小さく鼻を動かした。


「なんだか、こちらのお部屋はとっても甘い匂いがしますね」


 するとショコラが立ったまま首を傾けて言う。


「あなた、やっぱり鼻がいいのね! それはネー、この『バニラムード』っていうお花のニオイだよ。この森にしかない品種で、甘くてリラックス出来るニオイなのー。薬にもなるんだよー。ウチも大好きなんだー!」

「そうなんですかぁ……確かに落ち着く香りですね」

「種を使うと、あま~いお菓子も作れるよ。たぶん、ご主人が持ってくると思うよー」


 ご機嫌そうに尻尾を振りながら説明してくれるショコラ。

 そんな彼女は、先ほどからクレスたち一人一人のそばに顔を寄せてはくんくんと匂いを嗅いでおり、最後にフィオナの隣で鼻を動かして言った。


「んふー。アナタって、少し不思議なニオイがするネ」

「え? わ、わたしですか? お風呂にはちゃんと入っているんですが、そんなに変な匂いがするんでしょうか……」

「んーん。イイニオイだよ。ウチ、こういうの好き!」

「え? きゃあっ?」


 そう言うショコラはフィオナの顔にすりすりと頬ずりをして、ぺろりと一回フィオナの頬を舐めた。その行動にフィオナが思わず声を上げる。

 クレスたちはそれを微笑ましく見つめながら言う。


「君も変わらず元気そうだな、ショコラ。君が広告を持ってきてくれたからこの店を思い出せたよ、ありがとう。フィオナを認めてくれたのなら、良い友達になってくれると嬉しい」

「うん! フィオナはイイニオイするからトモダチになるー!」

「え、え? そ、それは嬉しいですけど……な、舐めるのはやめてください~っ」

「ハハハ。ショコラちゃんの美少女モード見るのもひっさしぶりだよなァ。やっぱこっちのが可愛いわ。ずっとそのままでいてくれ」

「人の姿になると魔力量が増大するのが不思議だわ……」

 

 ショコラの話題について盛り上がっていると、店主の女性がトレイに紅茶とコーヒー、またクッキーとチョコレートを載せてやってきた。


「お待たせしました。こちらはご来店のサービスですので、まずはゆっくりとおくつろぎください~」

「わぁ……とっても美味しそうです!」

「うふふ。身体に良い材料を使った自家製のものなんですよ~。どうぞ、召し上がってみてください~」


 店主の優しい声に目を輝かせるフィオナ。紅先ほどショコラが言ったように、クッキーからはバニラムードの甘い匂いが漂ってくる。


「まだ何も買っていないのだが、いただいてしまっていいのだろうか」


 クレスが店主に向けて話すと、店主は手の平を合わせて微笑む。


「もちろんですよ~。勇者様たちは、大切なお得意様ですから。それに、おもてなしは薬の処方にとっても大事なんですよ」

「そ、そうなのか? ああ、だが『勇者』はもうやめてくれ。ただのクレスで構わない」

「うふふ、わかりました。クレスさん」

「うん。しかし、この店に来るのはまだ二回目なのだが……もうお得意様なのか?」

「本店に一度でもお越しくださった方は、皆さんお得意様なんですよ~。そもそも、お得意様になっていただける方以外は・・・・・・・・・・・・・・・・・一度も来店出来ない店ですので・・・・・・・・・・・・・・~」


 ニコニコと語る店主に、クレスは「そうか」と納得してうなずき、コーヒーに手を伸ばした。エステルは紅茶を、ヴァーンはとっくにコーヒーを飲み干して菓子類に手を伸ばしている。また、ショコラもいつの間にかフィオナの隣でクッキーをパクパク頬張っていた。

 そしてフィオナも、紅茶や菓子の味に感動する。


「えっ……と、とっても美味しいです! こんな美味しいお菓子、聖都でも食べたことありません!」

「まぁ、ありがとうございます~。気に入っていただけたようですね」

「はい! あのっ、よ、よろしければ作り方を教えてもらえませんか! わたしも是非家で作ってみたいです!」

「うふふ、レシピでよろしければ後ほど~。可愛らしいお客様、お名前をお尋ねしても?」

「あっ、ご、ごめんなさい。申し遅れました!」


 店主に尋ねられたフィオナは、そこでようやくまだ自己紹介もしていなかったことを思い出し、慌てて名前を名乗る。

 すると店主の女性も前に手を添えて言った。


「フィオナさん、ですね。私は当店の店主、『セシリア・メディア』と申します~。よろしければお気軽にセシリアとお呼びください」

「はいっ。よろしくお願いします、セシリアさん!」

「こちらこそ~」


 頭を下げ合う二人。緊張するフィオナとは違い、セシリアは常に余裕のある様子であった。

 フィオナは顔を上げて思い出す。


「……あれ? あの、お店の看板には『クラリッサ製薬店』とありましたけれど……』


 そう切り出すと、セシリアは笑みを保ったままうなずく。


「『クラリッサ』は、私の母の名前なんですよ~。ここは元々母が営んでいた店で、それを私が受け継いでいるのです~。店名を変えるのは、なんだか忍びないものでして……」

「あ……そうだったのですね……」

「はい~。でも、先代の頃から贔屓にしてくれているお客様もいて、ありがたいものなんですよ~」


 ニコニコと答えてくるセシリア。

 エルフは大変に長寿である。彼女が一体いくつであるのか――フィオナはそのことも気になったが、さすがにまだそれを聞くには失礼かと気持ちを抑えた。


「ところでショコラ? もうフィオナさんにご挨拶をしましたか~?」

「――あっ、まだだった!」


 促された猫耳の少女は、手元のクッキーを口に放り込んでから身軽に椅子からジャンプして立ち、クレスたちの前でまた首をかしげながら話す。


「ウチは『ショコラ・ノワール』だよ! ご主人のお店をお手伝いしながら、お店に来る人を“選んでる”のっ。スキなのは暗くてあったかいところと、イイニオイのするモノ! キライなのはさむいところと退屈なモノ! あとヘンなニオイのモノ! だからイイニオイのフィオナはスキ! んふー!」

「わぁっ? あ、ありがとうございま……あっ、ダ、ダメですよ、くすぐったいです~!」


 じゃれつくようにフィオナにくっつき、またペロペロと顔を舐め出すショコラ。どうやらすっかり好かれてしまったようで、全員が笑い出していた。


「うふふ。よく役目を放りだしては外に出て遊んでいる自由気ままな性格ですが、人なつっこい素直な子なんです。フィオナさん、店主の私共々、よろしくお願いしますね~」

「あ、はいっ。こ、こちらこそです!」


 こうして挨拶も終わったところで、フィオナたちの勧めによって店主セシリアも席につくこととなり、全員でティーパーティーをしながら話をすることになった。

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