♯75 フィオナ、初めての冒険

 ヴァーンが大口を開ける。


「オイオイオイオイ! お前マジでクレスなのか!? なんでガキになってんだよ!? そういうプレイか!?」

「ぷれい? いや、俺にもよくわからないんだ。それより見送りが遅れたことを謝罪する。すまなかった」

「それよりじゃねーよッ! んなこともうどーでもいいわ! ハァァァァ!? ちょい待てよどうすんだこれ!?」


 さすがのヴァーンも困惑してエステルの方を見やる。

 エステルは特に動じた様子もなく、腕を組んだままもくもくと何かを考えて、それからつぶやく。


「わからないと言っているのだから、そういうことなのでしょう。それで、見送りついでに私たちの考えが聞きたかったというところかしら」

「ああ。さすがエステルだな」

「そ、そうなんです! お見送りの日にすみません。で、でも、こちらも非常事態だったもので……!」


 うなずくクレスと、心配そうにクレスを見つめるフィオナ。

 エステルは間もなく答える。


「残念だけれど、私にもよくわからない状況ね。魔族の中には身体の大きさをコントロール出来るような種族もいるけれど……クーちゃんは若返っていると言った方が正しそうだわ」

「確かになァ。ハァ~、お前もホント奇特な人生送ってんなァクレス」


 ツンツンとクレスの頭を小突くヴァーン。クレスは苦笑いするしかなかった。


「んで、お前らどうするつもりなんだよ。つーかなんでそんなカッコしてんだ? ただの見送りだろ?」


 疑問顔を向けるヴァーン。

 フィオナは外出用の仕事着である魔術師用の衣を纏っており、さらに大きめの鞄まで背負っている。クレスは先ほど街で買ったばかりの動きやすい子供服に運動靴。こちらも荷物を背負っていた。


 そこでフィオナが、先ほど黒猫に貰った広告紙を差し出す。


「はい、実は――」


 そのまま、先ほどあったことを説明していくフィオナ。

 クレスの身体を元に戻すため、この店に行ってみたいこと。

 詳しい場所がわからないため、ヴァーンとエステルに教えてほしかったこと。

 もしクレスの異常について何かわかることがあれば、それも知りたかったこと。


 その話を聞いたヴァーンは、すぐにニカッと笑った。


「へっ、そういうことかよ。おいエステル、どうだ?」

「問題ないわ。どのみちそちらの方角へ行くつもりだったもの。多少遠回りにはなるけれど、急ぐ旅でもないでしょう」

「オーケーオーケー。よし、んじゃあオレたちが一緒についてってやんよ。フィオナちゃん一人じゃクレスのお守りも大変だろ?」


 彼の言葉に、クレスとフィオナは目を点にした。


「ヴァーン、エステル、いいのか?」

「お二人とも、い、いいんですか? お邪魔になってしまうでしょうし、そこまでしてもらうつもりでは――あっ」


 遠慮がちな二人に対して、ヴァーンはケラケラと笑ってフィオナの荷物を手に取り、自分のものとまとめて担いだ。


「いまさら気ぃ使うような関係かよ。ほれ行くぞ! 旅に美女は多い方がいいに決まってんからな。勇者パーティーのリーダーだったこのオレ様が、フィオナちゃんに冒険のいろはを教えてやんぜ!」

「面倒なことは全部この男に預けてしまっていいわ。それに、私もクーちゃんとフィオナちゃんと旅が出来るのは嬉しいもの。これから、よろしくね」

「ヴァーンさん……エステルさん……ありがとうございます!」

「二人とも、すまない。助かる」


 優しい言葉を掛けてくれる二人に、フィオナは感謝して頭を下げる。クレスも同様に感謝の意を示した。

 こうして二人は、ひょんなことからこの聖都を離れることになったのだった。



◇◆◇◆◇◆◇



 朝に街を出たクレスたち一行は、行商の荷馬車に乗せてもらってしばらく平原を進んでいく。やがて坂道が多くなり、山を一つ越えたところで馬車と別れた。

 それからしばらくは徒歩で道なりに進み、夕方頃に辿り着いた小さな町で一晩を過ごす。

 翌日も似たような行程を続け、ときには他の冒険者たちと出会い、ちょっとした魔物と戦うこともありながら旅は続き、野宿も行った。フィオナは初めての野宿体験に胸を高鳴らせ、先々で冒険の楽しさと難しさを知る。

 また、クレス、ヴァーン、エステルの三人が懐かしい思い出話に花を咲かせることもあり、フィオナは興味津々に聞き入った。まるで自分が勇者パーティーの一員になったように感じて、心が躍っていたのだった。



 ――三日目の夕方。

 教会が管理する聖都の不可侵領域と、『騎士国ヴァリアーゼ』との国境付近が近づいたところで本日の行程は終了。目的地はもうすぐそこであり、身体を休めて明朝から『森』へと向かうことになった。


 野宿のためにクレスとヴァーンが川で熱心な魚釣り勝負を繰り広げているとき、フィオナはエステルと夕食の支度をしながら、クレスたちの方を眺めては笑った。


「フィオナちゃん、ずいぶん楽しそうね」

「あっ、すみません。料理の途中だったのに」

「いいえ、結構な事よ。どう? 旅の道中は楽しかったかしら」

「はいっ! 最初は緊張していましたけれど、知らない世界を見ていくのはとても興味深くて……ワクワクしました! それに、わたしの知らないクレスさんがたくさん知れてよかったです!」


 目を輝かせるフィオナに、エステルは少しだけ驚いた後、わずかに微笑む。


 小さな頃にクレスに助けられ、聖都に連れてこられたフィオナは、それから聖都の街を出たことはほとんどなかった。魔術師の仕事も、大抵は聖都内部や近辺でのものだったからだ。


 知らない景色。

 知らない匂い。

 知らない人々。


 フィオナは、自分が何も知らない少女であったと思い知らされた。

 だからこそ、この冒険で見るものすべてがフィオナの心を躍らせてくれた。


 そこでフィオナがもじもじと照れながらつぶやく。


「それに……エステルさんが一緒にいてくれて、とても心強かったです。その、エステルさんでないと言いづらいこともありましたし……」

「そうね。男と旅をすることの大変さがわかったでしょう」


 こくこくとうなずくフィオナ。

 クレスは真面目だが女性のことには疎い。ヴァーンは女性のことには詳しいがデリカシーがない。その点、フィオナと同性のエステルはデリケートな事情にも気を遣ってくれていた。


 エステルは水で野菜を洗いながら話す。


「普通の女の子にとって野宿はなかなかに厳しいものがあるけれど、貴女は順応力が高いみたいね。それなら新婚生活も上手くいっているのではないかしら」

「あ、はいっ! わたしはまだまだお嫁さんとして至らないところばかりですけれどっ、クレスさんが、いつも優しく支えてくれるので。えへへへ……」

「そう。せっかくだから、ちょっとした夫婦での旅ハネムーンを楽しむといいわ。おいで。魔術を使った料理法と、クーちゃんが好きな食べ物を教えてあげる」

「はい!」


 素直なフィオナに対してエステルは微笑ましい視線を向け、それからフィオナのそばで魔術を応用した調理法を仕込み始めた。炎の魔術を好むフィオナにとって、料理という技術は魔術と大変に親和性の高いところもあり、新たな調理法、レシピを覚えるのは面白いことだった。また、なぜかヴァーンの苦手な食べ物まで教わり、困惑することにもなった。


 こうしてフィオナは、初めての冒険を心から楽しんでいた。



◇◆◇◆◇◆◇



 そんな生活を続けて四日目。


 朝食をとった一行は、朝のうちに目的の森へと到着した。


「やぁっと着いたぜ。相変わらずジメジメと気味の悪ぃとこだな。つーか、エステルが場所を覚えてなかったらぜってー辿り着けなかっただろ」


 槍の先に荷物をくくったヴァーンが面倒そうに息をつく。


 教会の管理領域と、騎士国ヴァリアーゼとの国境。そこに広がる巨大な森こそが目的の場所であった。

 鬱蒼と生い茂る森には人の手が加わっておらず、原生のままで色の濃い森を形作っている。密集する木々たちは太陽の光を遮り、昼だというのに薄暗く、妙に肌寒い場所だった。


 フィオナは道中に聞いた話を思い出し、目の前の森を見つめながらつぶやく。


「ここが……『夢幻の深森ミラージュ・フォレスト』、なんですか?」


 クレスとエステルがほとんど同時にうなずいた。


「ああ。古代から存在する豊かな森で、生息する動物の種類も多いが、人や魔物などは寄せつけない独特な雰囲気の森だ」

「古い『アルトメリア』のハイエルフが強力な結界を張っていて、“資格なき者”が立ち入ると永遠に迷い続けると云われているわ」

「そ、そんなに怖い場所なんですか……」


 ドキドキしてきた胸を押さえるフィオナ。

 エルフ族にもいろいろな種族が存在するが、中でも『アルトメリア』のエルフはその類い稀な魔力の高さが著名である。ただし、この種族は大変に数が少なく希少であるため、現代では姿を見たことがない者がほとんどだった。


「わたしには、その資格があるんでしょうか?」


 心配そうに尋ねるフィオナに、クレスが明るく笑う。


「大丈夫だよ、フィオナ。案内人が来てくれている」

「え?」


 クレスが指差す方向。

 森の入り口と思われる場所に、以前クレスの家に来たあの黒猫がいた。


「あっ、あのときの猫ちゃんです!」

「ニャー」


 座っていた黒猫が短く鳴き、そのまますっくと立ち上がってゆっくり森の中へと入っていく。尻尾についている鈴がリンリンと鳴った。


 エステルが足を踏み出す。


「さぁ、行きましょう。使い魔さんを見失ったら生きて帰れないかもしれないわよ」

「初めて来たときはオレですらマジで焦ったからなァ。おいクレス、ちゃんとフィオナちゃんの手ぇ握っとけよ」

「ああ。行こうフィオナ。二人なら大丈夫だ」

「クレスさん……はいっ!」


 こうして四人は、黒猫に続いて『夢幻の深森』へと足を踏み入れた――。

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