♯64 魔術人形

 一方、塔の最上部ではレミウスが苦悶の表情を浮かべていた。


「ぐう……っ!」


 自身の魔力を大量にゴーレムへと供給しているためか、額には汗が滲み、疲労が濃くなっていた。自然界から魔力を補充しても、すぐにそれ以上の量を奪われる。


「レミウス様……制御、しきれませんっ! このままでは、街に被害が……!」

「我々も、そう、長くは……ぐっ……!」


 レミウスと同様に魔力を供給しているのは、残った二人の幹部たち。彼らも苦しげに顔を歪ませる。


 本来、このレベルの巨大な《魔術人形ゴーレム》を動かすには数百の魔術師が必要である。それもある程度のレベルを超えた魔術師だ。それ以外の者は魔力の流れを乱し、逆に足手まといとなる。

 たった三人でここまでのゴーレムを操ることは尋常なことではなく、それは彼らが優秀な魔術師であることの証明であったが、やはり限界はある。特に年老いたレミウスの力は衰え、そのために全盛期ほど上手くゴーレムを操れていなかった。


 レミウスが言う。


「ベルッチの娘と正面から戦っては敵わぬ。この隙に、進むしかないのだ。冠さえ持ち帰ることが出来れば、問題は、ない。このまま、極力被害の出ない中央通りを、進め……!」

「レミウス様!? で、ですがそれでも少なからず被害は!」

「それに、レミウス様のお身体も持ちません!」

「人的被害だけは出すな! 私のことは……よい!」


 ――ズゥン……ズゥン……。


 鈍重なゴーレムが一歩進むごとに彼らの身体にも振動が伝わり、疲労は増す。かつ、どれだけ集中をしていても完璧な操作はできず、ゴーレムはいくつもの民家を踏みつぶし破壊してしまっていた。だが教会のアコライトたちが人々を避難させているため、人的な被害だけは出ていない。


 レミウスは目の前の光景に悩み、それでも前進を続ける。


「この冠だけは……必ず、持ち帰るのだ。そのためなら、建物程度の犠牲は致し方あるまい。今はこれが……最優先である!」


 レミウスの判断に、幹部の二人は愕然となる。

 次の瞬間、幹部二人が精神的なショックを受けたことでついに限界を迎え、その場に倒れる。

 二人の魔力が底を尽き、すべての負担がレミウス一人にのしかかる。そこでついにゴーレムがその足を止めた。


「ぬううううっ……!」


 レミウスは、それでも前を向く。決死の表情には、それだけの覚悟があった。


「止まれぬ……止まるわけには、いかぬのだ……! 我々が……教会を、守る……!」


 レミウスの魔力が高まり、ゴーレムへと供給される。


「本当の意味でこの国の人々を救うためには、我々が…………!」


 そこで――ゴーレムの動きが変化した。

 動きを止めていたゴーレムは、再びゆっくりと歩き出す。そして、次第にその速度が増す。さらにはなんと、両手を思いきり地上に叩きつけた。


「ぬううっ!? 馬鹿な! 何をしている!?」


 驚愕するレミウス。ゴーレムは彼の命令を拒絶し、まるで自我を持ったかのように動き出していた。


 ――暴走。


 供給され続けた膨大な魔力がゴーレムの中で形を持ち、脈打つ。それ自体が心臓となって石の肉体を突き動かす。

 レミウス一人に残ったわずかな魔力では、もはやどうしようもなかった。既に彼の身体も枯れ果て、自然界の魔力を取り込むことすら出来ない。


「くっ――止まれ! ただの石塊が勝手な真似をするな! 我が命に従い、ただ聖堂へ向かえば良いのだ!」


 しかし、ゴーレムは言うことを聞かない。激しく暴れて街を破壊する。

 人々を守るために教会が生み出した平和の象徴が、しかし今、その守るべきものに敵意を向けていた。


「ありえぬ……こんなことが……ぐ、ぬうううううっ……!」


 残った魔力すら吸い尽くされていくレミウス。彼の足はゴーレムによって石と同化されており、逃げることも出来ない。顔から血の気が引いていく。意識を保っていることさえ奇跡のような状況だった。


 さらに倒れていた二人の幹部も弾き飛ばされ、塔から落下していった。



「──大司教様っ!」



 そこへ現れたのは――フィオナ。


 飛行する彼女は真っ先に二人の幹部に魔術をかけ、ふわふわとした空気の衣を纏わせて風船化。後のことは下の者たちに任せて、そのまま塔を上昇。レミウスの元まで戻ってきた。


「大司教様! ご無事ですかっ!」

「ぐっ……ベルッチの……」

「早く魔術を解いてください! このままではみんなと街が、大司教様も!」


 自分を心配する声に、レミウスは乾いた笑みを浮かべる。


「……不可能、だ。私が、塔全体に流していた魔術の回路が……ゴーレム自身に奪われ、私の魔力を……勝手に抽出し、利用している。“暴走”、だ」


「――っ!」


 事態を察するフィオナ。

 ゴーレムに限らず、《魔術人形》を創造する魔術は非常に難度の高いものとして認知されており、アカデミーでも基本的に生徒へ教えられることはない。

 その一番の理由は、このような暴走の危険があるためである。

『魔力』とは、魔術師一人一人によってその性質も、許容量も、色も、形も、匂い、感触さえ、すべてが異なる。それは、魔術師の心に呼応する生命エネルギーであるためだ。

 そんな術者の“心”が魔力を通して意志なきモノに宿り、擬似的な意識を宿す術がある。だがそれは、ゆえに術者のコントロールをはね除けてしまう危険をはらむ。才ある魔術師ですら、その習得には膨大な時間を要する。


「早く……この場を、離れろ。このまま、では――」


 そして、ついにがくっと意識を失ってしまうレミウス。

 彼は、そんな状況でも宝箱を――冠を手放さなかった。


「いけない、このままじゃ大司教様が……! でも、こんな大きなモノを止めようとしたら、街のみんなが……!」


 焦るフィオナ。

 彼女の力ならば、この塔そのものを破壊して止めることも十分に可能である。

 ──だが、街の中心でそんな破壊力のある魔術を行使すれば人的な被害は避けられないだろう。かといって、フィオナにゴーレムを操る術はない。他の者にそれが出来るならとうにしているはずだった。


 最悪の結果を防ぐ方法は、一つしかなかった。


「だけど……だけど、わたしに、そんなこと……っ」


 フィオナは決断出来ない。

 これ以上街の人々に迷惑をかけられない。もう誰にも悲しい思いをさせたくない。そんなことになればクレスとの生活も続けていけなくなるかもしれない。そのことが怖かった。


 そのとき、塔の下部から激しい爆発音が響く。


 すると塔がぐらりと傾き、ゴーレムが動きを止めた。


「!」


 フィオナは杖に乗って空を飛び、再び塔の下へと降りていく。

 そこでは、教会の者たちや都民らが女性と子供を逃がしつつも、なんとか街を守ろうと動いている。

 さらに最も危険なはずの塔の足元では、ヴァーンが膨れあがった深紅の槍を手に派手な攻撃を開始していた。それによってゴーレムの脚部が破壊されたのだ。


 だが、ゴーレムは魔力によってすぐに周囲の瓦礫を引き寄せ、脚部を再生させていく。

 そのわずかな間にエステルやセリーヌ、リズリットたち魔術師が集まって大規模な魔術結界を張り巡らせており、動きを封じられたゴーレムが結界を破壊しようと殴りつける。


「フィオナッ!」


「あ――クレスさんっ!」


 地上から聞こえた声に、フィオナは慌ててそちらに飛ぶ。

 そこでは聖女ソフィアが逃げることなく人々へ的確な指示を出し、メイドやシスターたちと共に懸命に事態を収束しようとしていた。


「ク、クレスさん、どうしましょう。ゴーレムが暴走していて……!」

「わかっている。ああなればもう破壊するしかない。フィオナ、君ならそれが出来る。俺たちがサポートするから全力を出して構わない」

「で、でも、だけどっ……」


 怯えるフィオナ。

 いつもクレスを支えてくれるこの花嫁は、まだ年若き少女である。不測の事態に怯えるのも当然だった。

 

 それをわかっているクレスは──こんなときだからこそ笑顔を向けた。


 それから、フィオナのことを抱きしめる。


「大丈夫だ、フィオナ」

「クレス……さん……」


 優しい抱擁。

 二人の心臓が同じ鼓動を生み、心が繋がる。


 フィオナの呼吸が穏やかになったところでクレスは身を離し、フィオナと目を合わせる。


「こっちのことは任せていい。必ず皆を守る。約束するよ。だから君も──無事に俺の元へ帰ってきてくれ」

「クレスさん……」

「俺のお嫁さんは強い。これくらいのことでは負けないさ。すべて終わらせて、皆で式の続きをしよう。まだ、リズリットさんのウェディングケーキも食べられていないからね」


 微笑むクレス。

 その顔を見て――フィオナもようやく笑った。


「はいっ! すぐにクレスさんのおそばに戻ります!」


 元気を受け取ったフィオナは、杖に乗って勢いよく空へ舞い戻る。

 クレスの周囲からヒューヒューと囃し立てるような声が上がり、クレスは苦笑して人々の先導に戻った。


 そのとき、脚部を回復させたゴーレムがまずは足元の邪魔者を始末しようとしたのか、地面へ向けて巨拳を振り下ろす。


「甘ぇんだよオラァッ!!」


 それをヴァーンが槍で弾くように防ぐ。接触によって槍が爆発を起こし、ゴーレムの腕が吹き飛んだ。その光景に遠くで観戦していた子供たちが「おお~!」と声を上げる。弾け飛んだゴーレムの破片は、見事に子供たちの方には一つも飛んでいない。


「おうガキ共! オレ様の完全無欠ショーは楽しんでるか!? もっと面白ぇモン見せてやるからそっから動くなよ!」


 ヴァーンの槍が、「フシュウウウ──!」とまるで竜の伊吹のような熱煙を上げる。さらに子供たちの歓声が上がった。


「ぶわはははははは! オラオラこれも治してみろや石コロ! フィオナちゃんより先にオレ様が全部ぶっ壊しちまうぜぇぇぇ!!」


 愉しそうに笑いながらゴーレムへ激しい攻撃を続けるヴァーン。

 彼の仕事ぶりでゴーレムの歩みは遅く、エステルたち魔術師が容易に結界を張り巡らせることが出来ていた。それに最も危険であろう場所で戦うヴァーンの姿に多くの都民たちが勇気をもらっている。特に、本来なら泣き喚いていておかしくない子供たちがヴァーンの戦闘ぶりに熱狂していた。

 クレスもまた、その姿から余裕を貰える。彼は場の空気を変える、そういう仲間だった。


 すぐそばにきていたソフィアが言う。


「クレスくんっ、フィオナちゃんは大丈夫そうだね! 他のみんなもすごいすごい!」

「はい。俺も今の俺に出来ることをします」

「それがいいね。じゃあわたしの方を手伝って!」

「はい──なっ!」


 そこでクレスの目が大きく見開かれる。

 母親と一緒に避難しようと走っていた少女──その少女が瓦礫に躓いて転び、タイミング悪く頭上から大きな石塊が落下している。母親が転んだ娘に気付いて戻るが、頭上には気付いていない。


 クレスは声を上げる前に走り出していた。


「二人とも逃げろ!! くっ、ここからでは──ッ!!」


 クレスが叫ぶことで、その少女と母親が不思議そうにこちらを見た。瞬間に、周囲の人々がその状況に気付く。

 

 このスピードでは間に合わない!


 クレスがそう思ったとき――



「《スターライト》ぉっ!!」



 高い声と共に、巨大な『光る星』がくるくると回りながら瓦礫に直撃。星と瓦礫は共に近くの民家に突っ込んでいき、星はパァンと弾けてキラキラと美しく降り注ぐ。


 おかげで少女と母親を抱きかかえて救出することが出来たクレスが、二人と共に呆然とそちらを見る。


 そこで、星の杖を掲げた聖女――ソフィアがニマリと笑って立っていた。


「ふっふーん! 歴代聖女直伝! 『星の魔術』の力を見たまえ! わたしの大切な人たちはわたしが守る!」

「ソフィア様。民家は見事に壊れましたが」


 冷静なメイドの発言に、ソフィアが「うっ」と気まずそうな顔をする。

 

「み、みんな既に家からは避難してるからおっけー! そうそう! だって命より大事なものはないからね! さぁさぁ早く避難して~! フィオナちゃんならゼッタイ大丈夫! みんなでいっしょに応援しよー!」


 聖女ソフィアの言葉に、全員が笑って声を上げる。

 クレスはそこで、改めて聖女という人物の偉大さに気付いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る