♯63 聖究の塔
フィオナが塔へ向かって全速力で飛行する中、地上からは多くの聖職者たちが追いかけてきていた。中には魔術を行使し、フィオナと同じように杖や箒などを使って空を飛ぶ者たちさえいる。
「彼女を塔に近づけるな!」
「少しでも時間を稼ぐんだ!」
だが同時に、そんな聖職者たちを止める都民たちもいた。
「オラオラ通すかよぉぉぉ! いけぇフィオナ!」
「さっさと終わらせてこいや! 大事な初夜が始まっちまうぞ!」
都民たちはその身を挺して聖職者たちの行く手を塞ぎ、くんずほずれつで食い止めている。一部の者たちは屋根に上がってそこから豪快に投網を放りなげ、空を飛ぶ聖職者を捕獲していた。
これにはさすがにフィオナも多少困惑してしまうが、彼らの気持ちは純粋に嬉しい。
「……ありがとうございますっ!」
都民たちの声援を一身に受け、フィオナはようやくアカデミーの塔の真下まで到達。壁面を垂直に高速飛行して駆け上り、一気に最上部へ。
展望台のある屋上庭園に降り立ったフィオナは星の杖をしまい、自らの脚で走る。
ほどなく、中央部の聖女像が立ち並ぶ場所にやってきた。
「──あったっ!」
すぐに目的の物を見つける。
先代の若き日の聖女像――ソフィアによく似た女性像の手に、大きめの宝箱が一つ乗っていた。
フィオナはそれをゆっくりと持ち上げ、開封する。
中には間違いなく聖女の証──『
「これが、聖女様の……」
フィオナは冠を見つめて、しばらく何かを考えるように目を伏せる。
そんなとき、
「――待ちたまえ」
すぐ近くから聞こえた声に、フィオナがそちらに視線を向ける。
背後に、大司教レミウスが立っていた。
「……大司教様」
レミウスの傍らには、幾人もの幹部たち。全員が杖を持ち、魔術を使う体勢を整えていた。そのさらに背後に大勢の侍祭たちも控える。その多くがまだ呼吸を整えている最中であった。
「その冠は、我ら教会の権威そのもの。一般人が触れてよいものではない。たとえ力づくになろうとも……渡していただく!」
レミウスの声に反応し、幹部たちが一斉に練り上げた魔力を開放。
屋上庭園の石畳や石造りのベンチなどがガタガタと鈍い音を上げて浮かびあがり、フィオナを目掛けて襲ってくる。
だが、フィオナの周囲に出現した激しい竜巻がそれらをすべて弾き返す。重たい音を立てて砕けていく石に、幹部たちが軽い悲鳴を上げた。
「やめてください! わたしは、教会のみなさんと争うつもりはありませんっ」
フィオナの言葉に、レミウスが小さく息を吐く。
「やはり君ほどの魔術師が相手では、通常の方法ではどうにもならんな。ならば――」
レミウスが床に『
「《シャーレの祈りに従い、無垢なるモノに仮初めの命を与えよ》」
呪文を唱えると、杖の先端にある宝玉が光り輝く。
わずかな間を挟んで――塔が激しく揺れ始めた。
「え……? これは……きゃあああっ!」
さらに地面が“斜め”に傾き、立っていられなくなったフィオナは固い床を滑り落ちて空へと放り投げられる。
思わず手放した宝箱が宙を舞っていたが、そこに塔から『石の手』がニュッと伸びてきて箱を掴む。そして、その手はレミウスに箱を送り届けた。
だが、フィオナはそんなことをまったく気にしていなかった。
なぜなら――
「う、うわあああああ!」
「レミウス様っ!? わ、我々までっ!」
「たす、たすけてぇっ!」
数名の幹部たち、そして位の低い侍祭たちのほとんどもまた、フィオナと同様に塔から振り落とされていたからである。飛行魔術は大変に高度な魔術であり、アカデミーの中ですら使えない者の方がずっと多い。
「――っ!」
その光景を目撃したフィオナはすぐに動いていた。
星の杖に乗って飛行魔術を使用し、落下する彼らを高速で追う。
まずは近くにいた三人の幹部に手で触れ、簡易的な風の衣で彼らを包み込む。すると三人は風船のようにぷかぷかと宙に浮かび、そのまま緩やかに落下していった
「まだっ!」
三人を救出しても、塔から投げ出された聖職者たちが大勢いた。中には飛行魔術を使える者も数名いたようだったが、今からではとても全員を助けることが出来ない。
「どうしよう、どうしよう、今からじゃ……!」
突然の状況で軽いパニックに陥っていたフィオナは、なんとか冷静さを保ち、それでも必死に一人ずつを助けていくが、やはりどうしても間に合わない。呼吸が荒くなっていった。
「『
必死に思考を巡らせていくフィオナ。
するとそこで、落ちていく聖職者たちの下に突然巨大な水たまりが――プールのようにも見える水の固まりが出現した。
しかも水はスライムのような粘性を持っており、そこに落下していく聖職者たちの衝撃をクッションとなって吸収。全員を優しく受け止める。ついでに街に降り注ぎかけていた落石、瓦礫類などもキャッチしたことで、地上にも被害はなかった。
これだけの規模の魔術。そして水の特性すら変化させる高度な技術。
フィオナにはすぐにわかった。
「エステルさん……!」
さらに、都民たちは先ほどまで敵対していたはずの聖職者たちを協力して助けに向かい、見事に一人の負傷者も出ることはなかった。
そこでホッと落ち着いたフィオナが、ようやく箱のことに意識を取り戻して塔の方を振り返る。
すると、アカデミーの塔にはなんと巨大な手足が生えており、自立歩行をしていた。その最上部、庭園からはレミウスの強い魔力が感じられる。
「あれは……≪
想定もしていなかった事態に固まるフィオナ。
ある特異な魔術紋章を用いて生命なきモノを操る魔術であり、高い魔力とそれをコントロール出来る強靱な精神力が必要となる、高位魔術の一つである。とりわけ、このように石や土を素材に使う場合は『ゴーレム』などと総称されることが多い。
近くで民家の屋根を身軽に跳んでいたヴァーンが走りながら叫ぶ。
「うおおおおい! フィオナちゃん! ここいらはオレらに任せていきなッ! アイツ、そのまま行くみたいだぜ!」
「ヴァーンさんっ!」
言われて気付くフィオナ。
どうやら塔のゴーレムは、このまま大聖堂の方に向かっているようだった。おそらく、冠を運ぶつもりなのだろう。
だが、その途中には多くの建造物があり、人々がいる。ゴーレムがこのまま進み続ければ、街は少なくない被害を受ける。キングオーガのときと似た状況だった。
「エステルやセリーヌちゃん、リズリットちゃん、アカデミーの子たちが集まってくれてるからよ! こっちはなんとかなる! 心配いらねぇから行け!」
「で、でも……」
「それから伝言だぜ! 『必ず無事に戻れ』ってよ! 旦那が言ってんだからそれで十分だろ!」
歯を見せて親指を立てるヴァーン。
その言葉を聞いたフィオナの瞳から、一瞬ですべての不安が消し飛ぶ。
自分を応援してくれる仲間がいる。
信じて待ってくれる人がいる。
やることは一つだった。
「――はいっ! 必ずっ!」
余裕を取り戻したフィオナは、そのまま杖に乗って塔の方へと向かった。
ヴァーンは愉しそうに笑う。
「へっ、やっぱイイ女だな。ま、オレ様はそれ以上にイイ男だけど――なァッ!」
そのまま塔の真下――ゴーレムの脚部付近に着地したヴァーンは、黒い槍を強く握りしめる。
「オメェら! 危ねぇから離れとけよッ! へへ、こちとら最近いろいろ溜まってんからなぁ。ストレス解消に付き合ってもらうぜ――!!」
ヴァーンの髪がざわざわと逆立ち、黒い槍が深い真紅に染まっていく。よく鍛えられた肉体をさらに膨らみ、闘気を覆い、身体中に大量の血を巡らせる。
――『爆槍・グラディア』
深淵の竜の息吹から生まれた破壊の槍が、力を放つ。
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