♯62 良き先輩

 それからも宝箱探しイベントはより白熱していき、街が夕焼け色に変わった頃には、完全に『フィオナ&都民』vs.『教会の聖職者たち』という構図が出来上がっていた。

 当のフィオナ本人にそのことが知らされることはなかったが――


「オーイ、フィオナぁー! こっちにはもう箱ねーみたいだぞぉー!」

「あっちいけあっち! こっちは教会のヤツらが多くてジャマだ!」

「可愛いねーちゃんが『塔』の方で呼んでたぜ! いってこい!」

「もうすぐ日が落ちちまうぞ! 急げーッ!」


 茜色の空を舞うフィオナの眼下から都民たちの声が飛び、フィオナは「は、はーい!」と返事をして指示された方向へ向かう。


 風を切りながらフィオナは考えた。


(みんな、やっぱりわたしのことを手助けしてくれてるよね……? それに、教会の人たちがずっとわたしについてきてるのも……)


 イベントの最中に周囲を観察していたことで、都民たちがやけに自分をアシストをしてくれること、教会の幹部とその部下たちが妙にこちらだけを敵視してくることはフィオナにも当然わかっていた。そのことから、フィオナにも徐々に全貌が見えつつある。

 だから少し、少しだけ、悲しくなった。


「……そう、だよね。教会の人たちは、わたしのこと……」


 そんなとき――


「――何か考えごとかしら?」


 突如、フィオナの目の前に見知った女性が現れた。


「きゃっ!? エ、エステルさんっ?」

「ごきげんよう。夕景の散歩もいいものね」


 急ブレーキをかけたことで杖から落ちそうになり、慌てて体勢を立て直してから目をぱちぱちとさせるフィオナ。まさか空中で人とぶつかりそうになるとは思わず、さすがに驚いてしまった。


「ずいぶん驚かせてしまったみたいね。それにしても……ウェディングドレスはこんな景色にも映えるものなのね。白が夕陽を吸い込むようで、とても綺麗だわ」

「あ、ありがとうございます……」


 手ぶらのエステルは器用に“空を歩いて”おり、よく見れば、彼女は薄い氷の円板に足を乗せている。その氷の板はエステルが足を踏みだすと瞬時に出現し、役目を終えればパラパラと砕けて散る。

 彼女もまた会場と同じドレス姿であるが、その色っぽい雰囲気にフィオナは少々見惚れた。同時に感嘆する。


「わぁ……そんな方法で空を歩くことが出来るんですね! 空気中の水分を利用しているんですかっ?」

「ええ。本来は川や湖を渡ったりと水上で使うことが多いのだけれど、慣れればこういうことも出来るわ。空だと空気も利用しなければならないけれど、魔術はいろいろなことに応用が利くものだから、常に思考を柔軟にすることが大切よ」

「は、はいっ!」


 見たことのない魔術の使い方に目を輝かせるフィオナ。

 彼女はクレスのために魔術を学び始めたという経緯があるが、生来魔術が好きな少女である。アカデミーでは基本的に先人が生み出した『既製品の魔術』ばかり学ぶため、名もなき魔術さえスラスラと扱うエステルのような、外で経験を積んだ魔術師の先達は良き見本だった。エステルには何度も一緒に旅をしないかと誘われているが、それもいいかもと考えてしまうほどである。


「ふふ、講義はここまで。そんなことよりフィオナちゃん、このまま『塔』へ向かいなさい。どうも大アタリの宝箱はあそこに隠されているみたい」

「え?」


 エステルが示す場所を見つめるフィオナ。

 その先にあるのは──この街が生まれた当初からそこにある、聖都の中でもシンボル的な存在となっている『聖究の塔』だ。

 シャーレ教会とアカデミーが共同所有する魔術の研究施設であり、歴史上の貴重な魔術書、文献などが多数収められている。アカデミー時代にはフィオナも足繁く通った思い出の施設だ。また、最上部には見晴らしの良い展望台のある屋上庭園があり、フィオナもよくそこから街を眺めたことがあった。


「塔に……で、でもエステルさん。宝箱は屋内にはないルールですよね? さすがに建物の中にまで隠されてしまうと、時間的に見つけるのが難しいからと」

「そうね。でも、あの『塔』には屋内ではない場所が一つあるわ」

「……あっ」


 言われてすぐに気付くフィオナ。

 視線が向くのは、塔の最上部。屋上庭園だ。

 そこは空が一望出来る広場となっており、中央部には歴代の聖女像が並ぶ。時折、イベントごとで聖女があの場所に立って人々に姿を披露することもあった。


「他の場所はもうほとんど探索し尽くしているわ。それに、聖女様の好みや考えを想像すると、なんとなく理解出来るところかしら」

「た、確かにそうかもです」


 思わず納得してしまうフィオナ。

 アカデミーの塔は教会とも深い関係がある。それに、披露宴会場で聖女ソフィアが『特別ヒント』を出してくれようとしたとき、ソフィアはある好きなスポットの話をしていた。言いかけていたあの続き――それは、ひょっとして塔の庭園ではないのかと思いつく。


「さぁ、行きなさい。もたもたしていると、教会の男たちに先を越されるわ。もうあちらも気付いているみたいだから」

「あ、そ、そうですねっ。わかりました!」


 フィオナはすぐに飛行を再開するが、すぐにぴたっと止まってエステルの方を振り返る。


「あのっ!」


 その声に、エステルが不思議そうにフィオナを見る。


「……エステルさんは、どうしてわたしに優しくしてくれるのでしょうか?」

「どうして?」


 これにはさすがのエステルも呆然とする。


「わ、わたしの思い上がりかもしれないですが……エステルさんも、ヴァーンさんも、それに街のみんなも、きっと、わたしのために動いてくれていますよね? わたしが、冠を見つけられるようにって……」

「……」

「わたしは、みんなに何かお礼が出来ているわけではありません。迷惑ばかりかけてしまって。なのに、みんな、とても優しくしてくれるんです。結婚式を盛り上げてくれて、お祝いしてくれて、応援してくれるんです。それは、どうしてなのかなって……」


 思い悩んでいた気持ちを吐露し、どこか寂しそうな表情で語るフィオナ。


 静かに聞いていたエステルは、わずかに口角を上げ、たった一言のみ返す。



「愛かしら」



 冗談なのか本気なのか。

 クールな表情と口調からは、フィオナにその判断がつかない。


 それでも──心は熱くなった。


 だから、フィオナにはそれで十分だった。


「……ありがとうございます。いってきます! エステルさんっ! また、たくさん魔術のことを教えてくださいね!」


 笑顔を取り戻したフィオナは、そのまま全速力で塔まで飛び去っていく。ウェディングドレスがバタバタと風になびき、あっという間にその姿は見えなくなっていった。


 エステルが、乱れた髪を抑えながらつぶやく。


「少し、お馬鹿さんに影響されてしまったわね」

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