♯60 大司教レミウス

 徐々に日が傾き始め、制限時間がゆるやかに迫ってくる。

 そんな中、フィオナは教会の聖職者集団と大熱戦を繰り広げていた。


「ごめんなさい! お先にいただきます!」


 杖に乗ったまま高速飛行し、教会の聖職者たちよりも先に宝箱を入手していくフィオナ。

 家屋の間や脇道を縦横無尽に駆けめぐるそのスピードに、聖職者たちはついていくことが出来ない。次々に宝箱を手に入れていくフィオナの活躍ぶりには、街中から歓声が上がる。既にフィオナもいくつかの『アタリ』を入手してはいるが、冠は未だに見つかっていなかった。ちなみに今までの『アタリ』でフィオナが一番喜んだのは、『新鮮野菜もりもりセット』である。


「はぁ、はぁ…………だめだ、我々では追いつけない……」

「彼女の魔術には、とても……」

「レミウス様……申し訳ありません……!」


 教会幹部たちの部下――まだ位の低い侍祭アコライトたちが苦しげに息を整える。

 彼らは法衣が破けていたり、泥で汚れていたり、顔面がクリームだらけになっていたり、頭から海藻をかぶっていたり、ずいぶんとコメディチックな外見になって苦労を表現している者が多かった。なぜかカエルの着ぐるみを着ている者すらいる。

 こうなっているのは、彼らが単純にハズレ箱を多く引いたというだけではない。


 その大きな理由は――


「ガァーッハッハッハ! 残念だったな神父様たちよォ!」

「お得意の人海戦術をもっと駆使したほうがいいんじゃねーかァ?」

「そうそう。そんなんじゃフィオナには勝てねーぜ!」


 豪快に笑い出す、肉体自慢の豪傑な男たち。その後ろには女性や子供も多く控え、皆が誇らしげに胸を張っている。


「くっ……」


 苦々しい顔をするのはレミウス。


 レミウスたちの行く先々で彼らのような住人たちが徒党を組んで現れ、時には道を塞がれ、時には宝箱を奪われ、時には水をぶっかけられ、時には飼い猫によって引っかかれたりもした。まるで街中の人間が結託でもしているかのようにことごとく邪魔をされたことで、レミウスたちは宝箱を上手く入手することが出来ずにいた。たとえ手に入れられてもハズレばかりを掴まされているのである。


「オラオラ、もうお終いか神父さんたち! つまんねぇなぁ!」

「男なら根性みせなっ! いくらでも付き合ってやんぜぇ!」

「せっかくのめでたい日だ! 遊ぼうぜ!」

『ブワーッハッハッハッハ!』


 やる気もいっぱいに道を塞ぐ都民たち。その人数の多さには教会の聖職者たちもうろたえていた。走り回って疲労が溜まっていることもあり、士気が下がっている。


「レ、レミウス様。このままでは冠が……」

「まだ見つかっていないとはいえ、我々の不利は明白では……!」

「い、いかが致しましょう」


 不安げに眉をひそめる幹部たち。

 代表のレミウスは自らの白い髭に触れ、深い息を吐いて足を進める。


 そして、都民たちの前に立った。


 レミウスが放つ重々しい雰囲気に、都民たちは表情を引き締めて対立する。


「――ふん。まるで我々が『敵』のような振る舞いだな」


 レミウスの乾いた笑いに、都民の中から反応が出た。


「――実際そうだろ?」


 そう言って最前列に姿を見せたのは、ヴァーン。

 隣にはエステルも控えていた。


「君たちは……ふん、そういうことか」


 納得したように目を伏せるレミウス。

 彼は淡々と話し始めた。


「この無益なゲームに必要なものは運ではない。手に入れた宝箱の数がものを言う。ベルッチの娘一人ではどうにもならないことを知り、協力して我々の妨害をするか。大したチームワークだ」

「妨害? んなつもりはねーけどな。オレらはただアタリが欲しくてがむしゃらに走り回ってるだけだぜ?」


 飄々と笑いながら返すヴァーンにも、レミウスは動じない。


「くだらん詭弁だ。君たちが手分けして冠を探し、それをベルッチの娘に届けようとしていることなどとうに存じている。そもそも、この催しはそのために仕組まれたものだろう」

「あーりゃりゃ。そうっスか。だいぶ派手にかき乱したつもりなんだがなぁ。この傷だってエステルにマジでやられたもんなんだぜ? あと容赦ねぇガキ共な!」

「なんてこと……私が優しすぎたせいなのね……。ごめんなさい。もう少し本気で貴方を痛めつけておけば、演技だとは思われなかったわね……」

「てめぇはずっとマジだったろーが! あの悦に浸った顔忘れてねぇぞ! オレの痛々しい生傷を見ろ! あの後ガキ共にどんだけやられたと思ってんだ! そんで治せよ!」

「はぁ……今日ばかりは自分の優しさが憎いわ……」

「ハナシ聞けクソ氷結オンナアアアァァァァッ!」


 目の前で行われる緊張感の欠片もないやりとりに、レミウスは呆れたように深い息をつく。

 それから彼は低い声で言った。


「そこまでする価値のある少女か」


「あぁ?」とヴァーンが睨むように返す。


 レミウスは続けた。


「孤児でありながらアカデミーに入学し、類い稀な魔術の才能を開花させ、輝かしいばかりの実績を残した将来有望な美しき少女。先日はキングオーガを撃退して街を守ったこともあったな。そんな少女が、世界を救った偉大なる勇者クレスの妻となる……。君たちが味方をするのは理解出来る話だ」

「ほーう? なんだ、大司教サマもそれなりにわかってんじゃねーか。そうそう。フィオナちゃんはすげぇ子なんだぜ? あの意志の固さはクレスによく似てんだ。その上あの巨乳だぞ!? 文句のつけようがねーだろ、ウワハハハ!」

「だが――」


 レミウスの目に力がこもる。

 その力強い視線に、ヴァーンでさえわずかにたじろいだ。


「彼女が禁忌を犯したのは紛れもない事実。我々はシャーレ神に遣える身としてその事実を看過するわけにはいかぬ。罪人は正当に裁かれなければならない。でなければ世界は正しく回らない。正しき救いの道へは進めぬのだ。これは真理である!」


 レミウスの瞳――そして言葉には強い信念が込められており、それは見る者、聞く者を圧倒する。長年教会を支え続けてきた彼にはそれだけの力が、存在感があった。


 レミウスはさらに一歩、足を前に踏み出す。


「君たちは聖女様のお言葉によって一時の情に流され、表面的なイメージのみを真に受けて動いているのではないか? だが、果たしてそれが本当にベルッチの娘のためになるのか? 彼女は成人の資格を有しているとはいえ、その魂はまだ若く、未熟であろう。君たちの“優しさ”という身勝手な赦しを受けてしまった彼女が、このまま勇者様と幸せに暮らしていけると思っているのか? そこに救いが在るのか?」


 問いかけるレミウスの迫力に、都民たちは何も返せない。大司教の貫禄に気圧されてしまっていた。ヴァーンも口が止まってしまう。


「我々はこの世界を救済する聖職者として、彼女の罪を見逃すことは出来ぬ!」


 宣言するレミウス。


 誰もが言葉をなくしてしまう中――そこで足を踏み出したのは、エステルだった。

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