♯59 皆の願い

 クレスは聖女ソフィアと共にメイドが操る馬車に乗り込み、街を見学。その賑わいぶりに驚いていた。


「すごいことになってるな……」


 今回のイベントは誰でも自由に参加出来るということで、街中では子供たちが大騒ぎで辺りを駆け回り、宝箱捜索を楽しんでいた。大人たちも童心にかえった笑顔で動き回る。

 彼らの中には、なぜか全身泥で汚れていたり、びしょ濡れになっていたり、スライムにくっつかれて身動きが取れなくなっていたり、着ぐるみのような妙な格好をしている者たちもいる。

 老若男女問わず、誰しもが自分のペースで宝探しを楽しんでおり、車窓からでもわかる大変な盛り上がりだった。


 そして、そんな光景を眺めて聖女ソフィアもまた笑顔になっていた。


「みんな楽しんでくれてるかなー? あっ、あっちの子はハズレの箱引いちゃったみたいだね! でも笑ってくれてる、よかったぁ。あっ、あっちの女の子はアタリみたいだね! おめでとう~!」

「うん、本当に皆楽しそうだ。どうやら企画は成功みたいですね」

「あはは、よかったよかった! ――あっ、クレスくんのお友達がいるよ!」

「ん?」


 クレスも一緒に外を覗く。

 そこには、街中で対峙するヴァーンとエステルの姿があった。それを多くの人々が囲むように見守っている。いや、引いているといってもよかった。


「エステルぅぅぅぅ……さっさとそいつをよこせぇぇぇぇぇぇ!」


 今にも襲いかかりそうな形相のヴァーン。

 エステルは、その手に小型の宝箱を二つ抱えていた。


「私が先に見つけたものをよこせだなんて、まるで物盗りね。いい歳をして恥ずかしくないのかしら」

「うっせぇ! 今日という今日はてめぇのおすまし顔を歪めてやんぜ! 冠さえ手に入りゃあ……ひんむいてヒィヒィ言わせてやっから覚悟しろよ!」


 わきわきと手を動かして悪役そのもののニタリ顔を浮かべるヴァーン。エステルは目を細めて蔑視し、周囲の大人たちがドン引きしていた。


「子供たち。見てはいけないわ。あれが人の道を外れた野獣ケダモノよ」

「誰がケダモノじゃ! いいからそいつをよこしなっ、痛い目みたくねぇだろ!」


 じりじりと距離を詰めていくヴァーン。どうやら本気のようだった。


 するとエステルは眉尻を下げ、突然か弱い素振りを見せながら言う。


「お願い……一つだけにして。貴方に好きな方を選ばせてあげるから……」

「ハァ? んだお前、いきなりなよなよして気持ち悪りぃな」

「私にだって叶えたい夢くらいあるの……お願い……なんでもするから……」


 その場に崩れおち、うるうると瞳を潤ませてエステル。今度はヴァーンの方がドン引きして怪訝な顔を向けた。


 すると、今にも泣きそうなエステルの姿を見た周囲の子供たちが颯爽と駆け寄って味方につき、彼女の前に立ってヴァーンに向かって石を投げつける。その中にはクレスの師匠たる少年ケインもいた。


「――オイ! 女の子をいじめるな!」

「――オンナから宝箱うばうなんて、それでもオトコか!」

「――少しはクレスを見習えヘンタイヤロウ! みんなやっちまえー!」


「なっ、ちょ、やめろてめぇら!」


 ひそひそ話を始める周囲の大人たちの視線、子供たちの攻撃、これにはさすがのヴァーンがうろたえ始める。

 外見上はまだか弱い少女にしか見えないエステルゆえ、彼らの行動も当然のことだった。


「いたっ、くそっ、おいやめろガキども! チッ、それが狙いかエステル! くっそ、んじゃあ右のよこせ右の! それで許してやっからよ!」

「わかったわ……」


 子供たちの攻撃に耐えながら進むヴァーンに、素直に宝箱を差し出すエステル。

 ヴァーンはそれを受け取り、その場ですぐに開封した。


 すると――



「――うおおおおおッ!?」



 箱の中から突然水らしきものが勢いよく噴出し、それがぐねぐねと渦を巻いてヴァーンの身体を縛り付けた。ヴァーンは立っていられずにその場に顔から倒れ込む。


「ぶべっ!? ――オ、オイオイなんだこりゃ!? くっそ『ハズレ』かよ! う、動けねえええええ! なっ、ちょ、てめぇらやめろ! いてぇ! お、おいコラ!」


 ジタバタと動けなくなったヴァーンに子供たちが近づき、げしげしと容赦なく足蹴にする。


 その最中、ヴァーンが息を呑む。


 子供たちの間から見えたのは、エステルの、冷たい微笑。


「どうしても欲しいようだから、もう一つもプレゼントしてあげるわ」


 パカッと宝箱を開けてヴァーンの方に放り投げるエステル。

 するとその箱からも同じ水が飛び出してヴァーンをさらにきつく縛り付けた。


 エステルは袋だたきに遭うヴァーンのそばにしゃがみ込み、穏やかに微笑む。


「ぐえええっ!? うぐぐぐ……エ、エステルてめえええ…………ハメやがったなあああああ!」

「どちらもハズレだったから、代わりに私のお手製魔術をかけた水を詰め込んでおいたのよ。元々中に入っていたのはこの激辛唐辛子だったのだけど……せっかくだから、これも貴方にあげましょう」


 エステルはその手に持った赤い唐辛子と緑の唐辛子をヴァーンの口に詰め込み、残った分を鼻の穴に差す。ヴァーンは悲鳴を上げて悶えた。


「ひぃぃぃぃぃ! 痛ぇ痛ぇ痛ぇかれえええええええええ!」

「あらあら。ヒィヒィ言うのは貴方だったわね。私をひんむきたいのなら、もっと頭を使うことね」

「クソがあああ! おいガキども見たろ! マジでヤベーのはこのクソ女の方なんだって! オイ話きけ……んがっ! ドチクショおおおおおおお! 覚えてろよおおおおおおお!」


 正義感溢れる子供たちからしばかれまくるヴァーンを尻目に、エステルはなんともスッキリした晴れ晴れしい表情で華麗にその場を去っていった。



 馬車の中で、ソフィアが言う。


「……ク、クレスくんのお友達、個性的だね!」

「よく言われます……」


 複雑な気持ちで応えるクレス。


 それからも、二人は街中を巡っていろいろな人々の姿を見た。

 魔王がいた頃はとても想像出来なかった、笑顔で溢れた光景。

 そんな騒々しい街のあちこちで、ソフィアは大きな瞳を輝かせる。

 普段、城の中に閉じこもりきりの彼女にとって、こうして街に出てくることは稀だ。クレスが魔王を討伐するまでは教会内のしきたりもより厳しく、聖女が人前に出ることは特別な祭典を除いてありえなかった。

 それが変わりつつあるのは、魔王がいなくなって世界が平和へ向かいつつあること。そして、“聖闘祝祭セレブライオ”の件で聖女自身がいろいろと吹っ切れたことが大きい。

 クレスはそれを喜んだ。


「楽しそうですね」

「あはは、うん! わたしが一番楽しんじゃってるかもっ。準備のときからね、ずっとワクワクしてたの! あ~、でもあんまり聖女らしくはないよね? ちょっとやりすぎちゃったかなぁ……」

「いや、たまには良いと思います。聖女様が笑顔でいれば、皆も笑顔でいられる。そんな気がしますから」

「クレスくん……うん、ありがとっ!」


 プリズムヘアを揺らし、屈託のない笑みを浮かべるソフィア。


 クレスがまだ勇者だったとき――彼女と面会をしたのは、わずか2回。聖剣を受け取るときと、魔王を討伐した後の祝勝パーティーのときだけだ。


 そのときクレスが抱いていた聖女ソフィアへの印象は――正直なところ、あまり良くはなかった。

 

 無表情で淡々と仕事をこなす少女。

 そこに彼女の意志というものを感じることはなく、空虚な瞳をしていたことを覚えている。まるで心を封じ込めているような、人形のようにも見えていた。聖女とは、そういう人物なのかと思っていた。


 だからクレスにとって、彼女のこんな姿を見ることはまだ慣れない。

 それでも、彼女が心を露わに出来る今の世界をクレスは好ましく思っていた。


「聖女様。何か俺に出来ることがあれば言ってください」

「え?」

「俺たちは、もう十分に祝ってもらえました。俺は、皆のおかげでフィオナと一緒にいられる。だから、皆にもこの幸せを分けたい」


 真面目に語るクレスに対して、ソフィアは何度かまばたきをする。

 それから彼女は、くす、と微笑んで告げた。


「クレスくん、忘れてない?」

「ん? 何を、ですか」

「今日の主役は、クレスくんとフィオナちゃんだよ」

「……え?」

「みんなきっと、そう思ってくれてるはずだから。クレスくんも、そのつもりでいること! ほーんと、クレスくんもフィオナちゃんも真面目だよねぇ!」


 ピッとクレスの鼻に指を当てるソフィア。彼女の言葉の意味が、クレスにはいまいち理解出来ない。


 そのとき、ソフィアが馬車の外を見て言った。


「――あっ、見てみてクレスくん! あっち! フィオナちゃんいる!」


 ソフィアが指差す先にいるのは、確かにフィオナだった。

 ウェディングドレス姿のフィオナは『星の杖』に乗ったまま空を自在に飛び回り、街中から掛けられる声に応えて笑顔で手を振っていた。ときには子供の元へ近づき、小さな花を受け取ったりもしている。


「わぁい! ママ~! 花嫁さまにお花あげられた!」

「うおー! フィオナちゃんめっちゃキレイだったなぁー!」

「チクショウ、直接祝いに行きたかったよなぁ」

「へへ、でもこれでますますオレらが見つけたくなってきたよな!」

「だな! よっし、そんじゃあ改めて宝箱探そうぜ! オレたちでフィオナに最高のもんプレゼントしてやろーじゃねーか!」

『おー!』


 一般の都民たちが声を掛け合い、モチベーションを高めてまた散っていく。

 その光景を見たクレスは目を点にしていた。


「……プレゼント? フィオナに?」


 隣で、ソフィアがくすくすと笑う。


 クレスはそこでようやく理解した。


 主役は自分たちという言葉。


 このイベントが、二人のためのものだという意味。


 街中を走り回ってくれている彼らの願いは――


「……本当に、感謝してもしきれないな」

「さぁいこ、クレスくん! フィオナちゃんを追いかけてみよー! 飛ばして飛ばしてー!」


 ソフィアの声で馬車がスピードを上げ、石畳の聖都をガタガタと走っていく。

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