♯58 花嫁の参戦

 レミウスが最後に聖女の方へ振り返り、毅然とした表情で告げる。


「聖女様。改めて申しておきますが、我々はこの式すら認めてはおりませぬ。以前は聖女様あなたさまの顔に免じ、場の混乱を考えて一時的に引いただけのこと。何よりも――」


 その鋭い視線が、メインテーブルのフィオナへ向く。


「許されざる罪を犯し、穢れた者を勇者様の妻になどと……到底ふさわしいものではない。同様に思う者が他にもいること、心して頂きたい。――失礼する」


 レミウスは厳しい言葉を残し、法衣を翻して歩き出す。

 無言で視線を落としたフィオナの隣に寄り添い、ソフィアが去って行くレミウスの背中へ向かって叫ぶ。


だからやるの・・・・・・! ほーんと頭固いなぁもう。この石頭~! そんなんだから白髪ばっかりになるんだぞ~~!」


 こうして披露宴の場に残ったのはクレスとフィオナ。そしてソフィアと、彼女に付くメイド、少数のシスターのみである。


 ソフィアは慌ててぱんっと手を合わせた。


「フィオナちゃんごめんね! けどあんなのぜんぜん気にしないで平気よっ。あのおじさん、昔っからあーなの! わたしだって何度イヤミを言われていびられたことかぁ~。聖女としての振る舞いもね、ほとんどレミウスに無理矢理押しつけられたんだよ。今だって聖女らしくしろーって毎日うるさくてさぁ。シスターのみんながいなきゃ式も出来なかったよきっと」

「え、え? そう、だったんですか……?」

「うん。あと二人に内緒でこんなこと始めちゃってごめんね! でもでも、みんな協力してくれたからゼッタイ盛り上がるし、すっごく楽しくなるから安心して! シスターたちも街に散らばってくれてるから、問題が起こらないように頑張るよ! それに――このイベントも、もちろん二人のためのものだからね?」


 ソフィアは新郎新婦の手をそれぞれ握りしめ、朗らかに微笑む。その子供らしい純粋な表情は、素の彼女そのものだ。


「というわけで――フィオナちゃん!」

「え? は、はいっ!」


 突然名前を呼ばれ、ウェディングドレス姿で立ち上がるフィオナ。


 ソフィアは花嫁の手を取って言う。


「もちろん、フィオナちゃんも参加していいんだよ?」

「……え?」

「ただし、フィオナちゃんは魔術の腕がすごいので、みんなへのハンディとしてそのドレス姿のままです!」


 呆然とするフィオナに、ソフィアはなんと『綺羅星の聖杖アルス・ルーナ』を手渡した。

 これにはフィオナも驚きのあまり言葉を失い、ソフィアと杖とで視線を行き来する。


 ソフィアは後ろ手を組んで話した。


「街にはね、この場に来たくても来られなかった人も多いの。確かにみんながみんなってわけじゃないだろうけど……それでも、たくさんの人が二人をお祝いしたがっているのは本当だよ。みんな、事前にいろいろとイベントの準備を手伝ってくれたの! クレスくんとフィオナちゃんのためならって!」

「みんなが……」

「そう! だからフィオナちゃん、その晴れ姿をみんなに見てもらおうよ! 今日の主役なんだから、もう遠慮なく大活躍しちゃってきておっけーよっ! この杖には持ち主を守ってくれる星の魔術が掛けられてるから、貸してあげる!」

「……聖女様」

「それにね、もし叶えたいお願いがあるなら、今がチャンスかもしれないよ? 例えば……頭の固い誰かさんたちに認めてもらうとか、ね?」


 愛らしいウィンクをするソフィア。

 フィオナは、彼女の真意に気付いた。


「聖女様……ひょっとして、わたしの、ために……」

「“聖女”は決して人を差別しません。贔屓もしません。人々を平等に愛します。でも、わたしは“ソフィア”だから。そうそう、せっかくだから特別ヒントも教えてあげる! わたしはね、この街には好きスポットがいくつかあって、中でもたか――」

「あっ、ダ、ダメですっ!」

「はむぅっ?」


 指で作った×マークを聖女の口に押し当てるフィオナ。その行為に聖女が目をパチパチさせた。


「あ……す、すみません聖女様! 無礼なことしてしまって……っ! でも、参加するなら平等がいいんですっ」

「ほえ?」

「聖女様が仰ったように、幸せになるチャンスは平等に与えられるべきだと思うんです。だからわたしも……自分の幸せは、自分で手に入れたいです! だから……この杖はお返しします」


 頭を下げ、丁寧に杖を返却するフィオナ。

 そんなフィオナを見て、ソフィアは少しだけ呆然とし、すぐに笑顔に戻った。そして、素直に杖を受け取る。


「――うんっ、素晴らしい心意気だね! よぉし、じゃあいってこぉーい! 魔術は自由に使っていいからね。ただし街やみんなに被害が出ない程度のもので!」

「わかりました! クレスさんっ」


 フィオナが隣に座るクレスを見る。


 クレスは、大きくうなずいた。


「自慢の花嫁をお披露目できる良い機会だな。頑張れ、フィオナ」

「はいっ!」


 笑顔で返事をしたフィオナは、ドレス姿でウェディングシューズを履いたまま大広間の窓に向かって駆け出し、ドレスの裾から『星の杖』を取り出す。


 そして、そのまま窓から地上へと飛び降りてしまった。


「ってわああああぁ!? フィオナちゃぁん!!」


 クレスとソフィアが慌てて駆け寄る。

 高台に立つ聖城から飛び降りれば通常は助かるはずもない。


 だがフィオナは――


「クレスさん! 聖女様! いってきます!」


 風を利用する飛行魔術を駆使し、伸ばした杖に腰掛けて自由に空を移動。こちらに手を振ってから街へと飛んでいってしまった。


「び、びっくりしたぁ~~~っ! フィオナちゃん、結婚式なのに杖持ってたの!?」

「あとでフィオナが魔術を使ったお礼を披露する予定だったんです。皆にお祝いしてもらうばかりでは申し訳ないからと」

「ええ~? 花嫁なんだからそんなこと気にしなくていいのにっ。でも、そういうとこがフィオナちゃんらしいのかな?」

「そうですね」


 笑い合う二人。

 彼女を見送ったところで、ソフィアが思い出したように言う。


「あっ、言ってなかったけどクレスくんは参加しちゃダメだよ?」

「え? どうしてですか?」

「参加するつもりだった? でもダメ-! だって、クレスくんはもう勇者として十分すぎるくらい幸せでしょ? あんなに可愛い花嫁さんを貰ってそれ以上を望んだら、罰が当たるというものよ!」


 人差し指をぴっぴっと振り、綺麗なウィンクをするソフィア。

 クレスは小さく微笑む。


「その通りですね。俺に、これ以上望むものはないです」

「ふふ、だよねっ。それにぃ……これなら制限時間が来るまで、クレスくんと二人きりでいられるんだよね~♥ わーいやったー! ねぇねぇ、今までの冒険のお話いろいろ聞かせてね? あとはぁ、フィオナちゃんとのあま~いラブラブ生活ぶりとか! もういろいろしちゃったのかにゃ~? ぜ~んぶ聞き出しちゃうからね~~~!」

「む? お、お手柔らかにしてもらえると……」

「――ソフィア様。クレス様。既に街中への開始告知は済ませてあります。馬車による観戦の準備も出来ておりますので、どうぞこちらへ。」


 そうしてメイドに案内されて会場を出ていくクレスの腕には、嬉しそうな顔のソフィアがぴったりとくっついていたのだった。

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