♯57 ゲームスタート!

 直後、すぐに教会の幹部たちがすっ飛んでくる。

 その先頭に立つのは、仰々しい法衣を身に着け、白いヒゲをたくわえた『大司教アークビショップ』のレミウス。

 以前“聖闘祝祭セレブライオ”の会場でも真っ先に聖女ソフィアを説得に掛かった老年の男であり、魔術にも造詣が深く、司教クラスの幹部たちを取りまとめる教会の重鎮だ。先代の聖女たるソフィアの母の代から教会をまとめ上げており、ソフィアのことは赤ん坊から知っている人物でもある。


「お待ちくだされ聖女様ッ!」

「あーもーやっぱりきたー」


 肩を落としてげんなりするソフィアに、レミウスたちは険しい顔で詰め寄る。


「『神聖宝セフィロト』の一つであり、神の創りし神器である『綺羅星の聖冠アルス・ミトラ』を……歴代の聖女たちが命よりも大事に受け継いできた宝をこのような戯れに扱われるなど到底許容出来ませぬ! 一体貴女は何をお考えなのか!」

「まぁまぁ。少し落ち着いてよ~。まだ話は終わってないんだよ」

「これが落ち着いていられますか! 第一、聖女が直々に都民の挙式を執り行うなどという時点でおかしいのです! 我々にまで何をするか隠していたかと思えば、このような戯れ言に教会を巻き込み……ありえませぬ! 即刻前言を撤回していただきたい!」

「だーかーらー、落ち着いてってば! そんなに怒ったら血管切れちゃうよ? もう年なんだから落ち着きを学びましょう!」


 窘めるようなソフィアの発言に眉間をぴくぴくさせるレミウス。今にも大きな火山が爆発しそうな光景に周囲の幹部たちは怯えまくっていた。彼に対してこんな発言が出来てしまうのは、現教会ではソフィアくらいのものである。


 ソフィアはスッと聖女の顔つきに戻って言う。


「さすがに冠そのものを差し上げるようなことは致しませんよ。冠は、あくまでもお宝を見つけたときのびっくりポイントなのです。もちろん、後ほど返却していただきますからご安心ください」

「む? ……それはつまり、どういうことですかな」


 要領を得ないレミウス。会場のクレスたちも同じような疑問を抱いていた。


 聖女は会場に向けて続きを話す。


わたくしが普段あの冠――『綺羅星の聖冠アルス・ミトラ』を被っているのは、『神の意を冠する者』という意味があってのことです。そんな私の冠を見事に見つけた方には……一度だけ、冠を被る権利を与えようと思っております』


 ざわつく場内。

 レミウスが驚きに目を見開く前で、聖女はくすっと口元を隠しながら続ける。


『ふふ。皆さん、この意味がおわかりになりますでしょうか? 冠を被った者の発言は、神の発言と同意なのです。その口からこぼれた言葉には絶対服従。さて……皆さんは、一体どんな言葉を紡ぐのでしょうか? 今からよぉく考えておいてくださいっませ』


『…………おおおおおおおおおおおおおッ!』


 ようやく聖女の言いたいことを理解した一般人たちが大いに盛り上がる。

 それはつまり、どんな願いでも叶う権利。一瞬だけでも聖女と同位になることが出来る資格。これに皆が張り切らないわけがなかった。


 聖女は、いつの間にかに年頃の幼い少女の顔を取り戻していた。夢を語る乙女のような笑顔に、自然と注目が集まる。


『“聖闘祝祭セレブライオ”のときは、結局クレスくんが優勝してこの願いを叶えたわけだけど、勇者なんだから優勝出来て当然、ずるいぞーって、そもそも戦えない人間もいるんだぞーって意見もあったんです! だから、こうやって新しい企画を考えてみました! これならみんなに平等にチャンスがあるでしょ? 幸せのお裾分けというわけです。どうだー!』


 さらに熱気が高まる場内。そのリアクションにソフィアも満足げだ。


『ただーしっ! 中にはハズレの箱もあるので注意だよ~! ハズレの箱を引くと……むふふっ、何が起こるかはそのときのお楽しみね! とゆーわけで、早速ゲームを始めましょう! 制限時間は、あの山に夕陽が沈んじゃうまで! 』


 ソフィアが指差すのは、窓の外に見えるロレンツォ山。頂上には教会の施設もあり、この辺りで一番大きな聖なる山と云われている。


『参加者に制限はなし! 子供も大人も魔族だって、誰でもいつでも自由に参加していいからね! でも人を傷つけるような行為は極力しないこと! みんなで楽しみながら正々堂々、フェアなプレイを心がけること! 終わったら、各自宝箱を持ってここに集合です! ルールは以上! それじゃあ……はじめぇ~~~~~~~~!!』


 ソフィアはメイドから渡された笛をピピーと高らかに吹きならし、会場の都民たちが一斉に外へ駆け出していく。


 その先頭をつっ走るのはヴァーンであった。


「うわはははッ! しばらく街に残って正解だったぜ! うおっしゃあああああ! 真っ先に冠見つけてオレのハーレム作ってやんぜえええええええええ! そんときはエステルも加えてやっから安心しろな!」

「余計なお世話」

「――ふごっ!? ちょ、待てやエステル! いきなりオレの足凍らせるとか卑怯すぎんだろ! てめこらっ! 聖女サマが正々堂々言ってたろーがあああああ!」

「だから貴方にはフェアにハンデが必要でしょう。それじゃあね」

「てめええええええええええ! ハーレム要員にしたら真っ先に脱がせてやるううううう! ぐへぇっ!?」

「あはは、ごめんあそばせー!」

「す、すみませぇ~~~ん!」


 一人だけスッ転んで後続に背中を踏まれまくるヴァーンと、知ったことかと先を走るエステル。さらにセリーヌとリズリットまでヴァーンを足蹴にして去って云った。これにはクレスとフィオナも苦笑いである。


 一方、レミウスは苦々しい顔で聖女を見やる。


「あらあら、そんなにむくれた顔をしないでくださいませ。とても楽しい企画だと思うのですが……」

「楽しければ良いというわけではないでしょう」

「それはそうなのですが……たまにはこうして皆さんと遊ぶのも良いことだと思うのです。平和になりつつあるこの時代、堅苦しい教会のイメージだけでは、きっと、皆さんも神を信じてはいただけないでしょう。わたくしは、もっと皆さんと近いところにいってみたいのです。これは、そんなにいけないことでしょうか」

「…………」


 レミウスは何も答えない。それを無言の許可だと思ったのか、聖女ソフィアはニコリと微笑む。

 それからレミウスがつぶやく。


「……貴女様は、誰でも、いつでも参加していいと仰いましたな」

「ええ」

「ならば、我々が参加することにも文句はありませんな?」

「もちろんです。幸せになるチャンスは、皆さんに平等に与えられるべきですから」


 両手を広げる聖女の綺麗な笑みに、レミウスは一瞬だけ目を見開く。


 彼は、それからすぐに聖女に背中を向けて手を横に広げた。


「街へ出る! こうして始まってしまった以上、我々が先に冠を見つけ出すのだ! であれば何も問題はない。急げ! 宝箱を見つけて冠を回収するのだ!」

『は、はいっ!』


 幹部たちが声を揃え、彼らはさらに位の低い聖職者たちに指示を出し、大人数で街へ繰り出していく。その頃にはようやくヴァーンも足の氷を破壊して「うおおおおおお!」と走り出していた。

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