♯54 控え室のひととき

 ──クレスとフィオナの結婚式当日。

 見事な晴天の下、聖エスティフォルツァ城前には早朝から大勢の人が集まっていた。ただし大聖堂内には人数制限があるため、二人に縁のある者のみが中に入ることを許可され、他の者たちは外でクレスとフィオナが出てくるのを待っている状況である。


 そんな大聖堂の控え室で、クレスは既に準備を終えていた。


「ブァッハッハッハ! いやー似合わねーなオイ!」

「そ、そんなに変だろうか?」

「おおヘンだヘンだ! 金髪はぴっちりだし、スーツは真っ白だしよ。カッコつけすぎてる感じがわざとらしーなァ! やっぱお前には戦場の鎧が一番おにあむほっ――!?」


 座っているクレスの横で、腹を抱えて笑っていたヴァーンの口が瞬時に氷結される。背後からエステルから目を細めてつぶやいた。


「貴方……この日くらい静かに出来ないの……」

「むごごごごごおーーーー!」


 呼吸は出来るようあえて鼻は塞がなかったエステルだが、その冷たさに悶絶するヴァーンはごろごろ転がりながら部屋を出て行き、廊下でシスターか誰かの悲鳴が聞こえた。


「はぁ。式の前にごめんなさいね、クーちゃん」

「いや、むしろ緊張が解けてよかった。エステルも、今日は来てくれてありがとう」

「クーちゃんとフィオナちゃんの晴れ姿を見るためだもの、当然でしょう。それから、彼はああ言っていたけれど……その格好、とても紳士的で似合っているわよ。貴女たちもそう思うでしょう?」


 エステルが視線を向ける先には、二人の少女の姿がある。


「ええ! なんたってあたしが1から作り上げたとっておきなんだから! 似合ってもらわないと困るってものよ! もうバッチリっ! ちょーカッコイイわよっ♪」

「クレスさん……と、とってもお似合いです。キラキラ、してます!」


 それは自慢げに胸を張ってウィンクするセリーヌと、静かに手を叩くリズリットであった。


「セリーヌさん、リズリットさん。二人とも、招待に応えてくれてありがとう。三人の格好もよく似合っているよ。素敵だね」


 そう言って、改めて三人の姿を見つめるクレス。

 来賓であるエステルたちはそれぞれにドレスで着飾っており、普段とは違う煌びやかな印象があった。もちろん、主役の花嫁よりも目立たぬよう控えめなドレスではあるが、クレスの目にはとても新鮮に映る。先ほど転がっていったヴァーンも、さすがに今日はスーツ姿であった。

 

 エステルがクールに髪を払って言う。


「ありがとうクーちゃん。けれど、それはあまり褒められたセリフではないわね」

「え?」


 セリーヌも眉尻を立て、前屈みになりながらエステルに続いた。


「そうよークレスさん! この晴れの日に花嫁以外の女の子褒めちゃってどうすんの! まだまだ勉強が足りなーい!」

「あ、ああ……そうか、なるほど……!」

「ク、クレスさんは本当に真面目な方ですね。あの、フィオナ先輩、リズなんかよりとってもとっても綺麗でしたから、た、楽しみにしていてくださいね!」

「そうか……うん、わかったよ。ありがとう」


 エステルたちは先にフィオナの控え室にも顔を見せにいったのだが、今はベルッチの家族だけにしてあった。そのため、こうして親類のいないクレスの元に来てくれたのである。


 じきにフィオナとの式が始まる。


 立ち上がったクレスは姿見に映る自分を見やると、深い呼吸と共に改めて覚悟を決め、気持ちを引き締めた。

 ようやく氷の溶けたヴァーンが「ぜぇはぁ」と戻ってきたところで、クレスは四人に向けて言う。


「皆。今日まで、本当にいろいろ勉強させてもらって感謝する。本当にありがとう。そしてどうか、これからも俺とフィオナを見守ってほしい。お願いします」


 素直に頭を下げるクレスに、エステルたちはそれぞれ笑みを浮かべて応えた。


 するとそこへ一人のシスターがやってきて、時間が来たことを教えてくれる。


「んじゃオレらは先にいくとすっか。しっかしこれでクレスも女房持ちかよ。オレもフィオナちゃんみてーな天使すぎる巨乳美少女と結婚してイチャコラしてぇなぁ! おおそうだっ、なんならセリーヌちゃんとリズリットちゃんはどうよっ? 乳は……まぁこれからに期待ってことでよ! オレ、結構イイ男だと思うぜ!」

「――は?」

「――ふぇっ?」

「フッ、世界中のどこにでも連れてってやんぜ?」


 オールバックで決めているヴァーンは両手でセリーヌとリズリットの手をそれぞれ掴み、キザったらしく笑う。

 まさかの控え室でのナンパ行為にセリーヌが不信感でいっぱいなジト目を向け、リズリットは真っ赤になって震えだした。


 即座に動いていたエステルが、ヴァーンの手に氷柱を突き刺す寸前で止める。


「そこのケダモノ。二人に手を出したら二度と軽口が叩けないようにしてあげるわよ」

「チッ、ここにはマジでヤベー女がいるんだった。よし、んじゃ会場に良い子いねぇか見てくっか! なんなら清純シスターさんとの禁断の恋でもいいしな! うほほほ燃えるぜ!」

「待ちなさい。フィオナちゃんの晴れ舞台を穢すなら処刑するわよ。彼女は私の妹になる子なのだから」

「ハァ~妹~~~? オイオイまたその話かよバーカ! つーかよエステル、お前やっぱオレに気があんだろ? だから嫉妬で止めるんだよな? なぁなぁ? そうならそうと言ってくれりゃあオレも一晩くらい付き合ってやってもいいんだぜ?」

「判 決 死 刑」

「うおおおおッ!? ちょ、こんなところで特大魔術使う気かやめろバカッ!! むしろテメーが晴れ舞台をぶっ壊す気じゃーねぇかあああ!」


 数え切れないほどの氷の矢が発生し、それらは必死に廊下を逃げていくヴァーンを追いかけ続ける。迎えにきてくれたシスターがちょっと怯えていた中、エステルはクレスを一瞥して小さく微笑み、そのままヴァーンに続いた。


「クレスさん、個性的な友人がいるわよね……。と、ともかく私たちも行くわよリズ。それじゃあクレスさん、後はしっかりね? 花嫁にとっては今日が何より大事な日なんだから!」

「クレスさん……本当におめでとうございます。リズたちも、応援してお祝いします!」

「ああ、ありがとう」


 セリーヌとリズリットも控え室を出て大聖堂へと向かう。残ったシスターもクレスに頭を下げると、控え室の外で待機してくれていた。


 いったん一人になったクレスは、静かになった部屋で手元の指輪を見下ろす。


 ――ブライダルリング。


 かつてクレスがフィオナに贈った婚約指輪ではなく、式で使うペアの結婚指輪である。これに聖女の祈りが込められた後、互いの指輪を交換することで誓いの契約が結ばれる。


 当日になって、皆に会って、ようやく実感が強まってきた。

 この式を経て、クレスとフィオナは正式に夫婦として認められる。クレスは彼女の夫となり、生涯彼女だけを愛する誓いを立てる。それは──冒険者であった、勇者であった頃のクレスには到底想像も出来ない未来であった。


 不安はない。

 多少の緊張こそあるが、むしろ誇らしく高揚してすらいる。


 自分がここにいられること。仲間たちに祝福されること。

 何よりも、フィオナと共に人生を歩んでいける。それ以上に望むものなど、クレスにはない。



「母さん……見ていてくれ」



 クレスは前を向き、胸を張って歩き出す。


 その耳元には、あの耳飾りが光っていた。

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