♯41 鼓動

 ヴァーンは刃についた血を飛ばすように槍を回し、地面に突き立てる。


「もう少し粘るかと思ったんだがな。ハッ、本当に弱くなっちまったなぁ。それでフィオナちゃんを守っていけんのか?」

「くっ…………」

「そういやオレにも聞こえてたぜ? お前、優勝したらフィオナちゃんと式を挙げるんだってな。そりゃどうも無理そうだなァ? あーそうだ、イイこと思いついたぜ! オレが優勝してフィオナちゃんを嫁に貰うって願いを叶えてもらうか!」


 完全に武器から手を離したヴァーンは、まるで酒場で他愛ない話をするように笑う。

 クレスは片腕を押さえながらかつての仲間を見やる。


「……戦闘中によく喋るヤツは、痛い目を見るぞ。旅で学んだだろう」

「心配すんなよ。今のテメェに負けるはずがねぇ。それともお前――まさかオレに勝てるとでも思ってんのか?」


 先ほどまで笑っていたヴァーンが、途端に鋭く見下すような目でクレスを射貫く。


 クレスの額を、汗が流れた。


 試合中に話を始めた二人に、観客たちがざわつき始める。審判の拡声器によって観客にも会話の内容は届いていた。

 クレスは呼吸を整えながら言う。


「ヴァーン。どういうつもりかは知らないが、心にもないことを口にするな。それにもしも――本当にお前がフィオナと結婚しようというのなら、お前を勝たせるわけにはいかない」


 既に満身創痍となっていても、クレスの目は死なない。

 その反応に、ヴァーンは面倒そうに舌打ちした。


 ──“聖闘祝祭セレブライオ”は聖女に捧げるための催し物。

 対戦相手を死亡させることが禁じられてこの戦いにおいて、勝利するには相手を気絶など“戦えない状態にする”か、もしくは降参させるかしかない。

 

 ヴァーンは武器を持たぬまま、つまらなさそうな顔でクレスに歩み寄った。



「――もういい。お前、降参しろ。んでフィオナちゃんと別れろ」



 唐突な指図に、クレスは目を剥く。

 

「……何だって?」

「フィオナちゃんと別れろつってんだ。そうすりゃもうこんなくだらねぇ試合しなくていいんだよ。何より手っ取り早い。よし、そうしようぜ」

「ヴァーン……」

「んでよ、またオレたちと旅でもしようぜ。きっとこの世界のどっかにはお前の力を取り戻す術くらいあんだろ。そうすりゃお前もこそこそ隠れて暮らす必要はねぇ。また堂々と“英雄”に戻ればいい。オレもエステルも協力してやる。どうだ、イイ話だろ?」


 本気なのか冗談なのか、ヴァーンは調子よくペラペラと流れるように喋った。いつものように、かつて旅をしてきたときのように、茶目っ気のある顔をして。


「なぁ、思い出せよ。楽しかったよなァ三人の旅はよ。オレとお前でエステルを守りながら背中を任せあってよ。魔物はおろか、どんな魔族にだって負ける気がしなかった。大魔族だってヨユーだっただろ? ま、精霊王のところに行ってからは、オレらがお前についていけなくなっちまったけどな」

「……なぜ、そんな話をする。どうしてフィオナと別れなくてはならない。それに先ほどお前が言った、フィオナに騙されているとはどういう意味だ」


 クレスの言葉に、ヴァーンはかったるそうにため息をついて耳をほじる。


「そのまんまの意味だよ。少し考えてみろや。フィオナちゃんはなんでテメェみたいな男を選んだ?」

「……なんで、だと?」

「理由だよ理由。女が生涯の伴侶を決めようってんだぜ? “ワケ”があるに決まってんだろ。それもフィオナちゃんはあの若さでアカデミーきっての大天才らしいしよ、あんだけ極上モンの美女だぞ。どこにだっていけたろうし、金も名誉もいくらだって積めたろう。結婚相手になんざ困るはずもねぇ。約束された未来が待ってる。そんな子がどうしてお前を選ぶ?」



 そう訊かれて――クレスは、答えることが出来なかった。



 ヴァーンは冷たい瞳で告げる。



「つまりよ、フィオナちゃんはお前を利用してんじゃねーのか?」


「――!」



 信じられない発言に、クレスはさらに目を見開く。同様に観客も騒ぎ始めた。ヴァーンはあえて観客にも聞こえるようにそんな話をしていることは、クレスにもすぐわかった。


「フィオナちゃんは、お前にある“特別な魔術”をかけているんだとよ。そのせいでお前は力を失ったのかもしれねぇ。要はフィオナちゃんに力を奪われてるんじゃねーかってこと話だ」


 まるで誰かにその話を吹き込まれたような物言い。どうやらヴァーンは、何者かからフィオナについての情報を得たらしかった。


「馬鹿な……さっきから何を言ってるんだ、ヴァーン!」

「何なら直接訊いてみるか? うぉーい! フィオナちゃーーーん!」


 とうとうクレスにそっぽをむいて、客席のフィオナの方へ向かいながら声をかけるヴァーン。さすがにその行動に場内は唖然だ。


「聞こえてたろ! フィオナちゃんからも話してやってくれよ! オレも知ってんのは人づての情報だからよ、フィオナちゃんの真意が知りてーんだ! じゃねーと――」


 ゆっくりと観客席の方へ歩み寄ってくるヴァーンに、フィオナの顔色が急速に青ざめていく。

 ヴァーンは親指で後方のクレスを指しながら告げる。



「――こいつ、マジでオレらが連れてくぜ?」



 脅すような強い目つきに、フィオナは震えながら立ち上がる。焦燥した様子のまま席を離れ、そのままどこかへと走り去っていってしまった。その場から逃げ出すように。


 ヴァーンは肩をすくめながらクレスの元へ戻る。


「あーれま、フィオナちゃんすごい顔してどっかいっちまったぜ。ま、家族やダチも来てるだろう会場であんなことバラされたら当然かね」

「ヴァーン……貴様ッ! ――ぐっ」


 よろけながら立ち上がろうとするクレス。しかし、足に上手く力が入らない。

 ダメージの蓄積は大きい。戦えば戦うほど自分に勝てる可能性がなくなっていくのを、クレスは経験で、肌で理解していた。


 ヴァーンはクレスの前にしゃがみ込み、顔を近づけ、諭すように続ける。


「いくらお前でもフィオナちゃんの反応見てわかったろ? ありゃ“裏”があるぜ。前にも教えたろ。女ってのはな、どんなに愛する相手だろーが隠し事をするもんだ」

「……フィオナに話を聞くまでわかったことではない」

「ハッ、相変わらずのバカ真面目だな。――んじゃあお前よ、魔王を倒した後のこと、ちゃんと覚えてるか?」

「何? なぜ今そんな……っ」

「誰もが知ってる『勇者の物語』はこう終わるよな。“魔王を倒すために全ての力を使った勇者は力尽きた。しかし、聖女の加護を受けることで奇跡的な復活を果たす。こうして世界に平和を取り戻した偉大なる勇者は歴史に名を刻んだが、その後の姿を知る者はいない――”」


 今では大陸中――ひいては世界中にまで伝わる『勇者クレス』の伝承。子供たちでさえ知らない者はいない伝説。

 その“真実”を知る者は、ほとんどいない。


 ヴァーンは眉をひそめる。


「涙が出そうなおめでたいストーリーだな。だがよ、本当にそうなのか・・・・・・・・?」

「何を……何を言ってるんだ!」

「いいから思い出せ。本当に、何も覚えてねぇのか?」


 ヴァーンの鋭い視線に、クレスは言葉をなくしてうろたえる。


 ざわざわと胸の奥が騒ぎ出す。

 クレスは心臓を掴むように胸に手を当てた。



「……魔王を、倒した、あと…………」



 クレスの脳裏で、そのときの記憶が勝手に思い起こされていく。


 胸が――心臓が、熱く鼓動する。

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