♯40 クレスvs.ヴァーン
休憩時間を終え、決勝が始まる寸前。
多くの人々がまだかまだかと興奮を高める中で、観客席のフィオナは自身の胸元に手を当てながら祈っていた。
「クレスさん……どうか、ご無事で……」
よほど不安なのか、何度も、何度も祈りが届くように願う。
それからチラ、と隣を見た。
「……エステルさん、ずいぶん遅いけど大丈夫かな……? あっ」
そしてついにエステルが戻ることはなく、クレスとヴァーンが会場に姿を見せた――。
◇◆◇◆◇◆◇
最後の一戦――トーナメント決勝。
コロシアム中央で対峙するは、クレスとヴァーン。かつて背中を預けた戦友同士。既に場内は活気に湧いており、拡声器によって選手紹介がなされている。
圧倒的な実力でのし上がってきたヴァーンは、その荒々しい戦いぶりと豪快な性格で特に男性陣から人気があったが、もはやフィオナの夫として認知されている『グレイス』はヴァーンよりもスマートで甘いマスクをしているため、女性陣からの人気が高かった。
クレスは得意の剣を、ヴァーンは長槍を武器に選んでいる。
「ヴァーン。約束通り俺は全力で戦う。だからお前も遠慮せずにきてくれ」
戦いを前に、スッと手を差し出すクレス。
「…………」
だが、無言のヴァーンはそれに応えなかった。
あれだけクレスとの戦いを望み、常にやかましいくらいに騒いでいた彼が、ただの一言も発せずに沈黙を保っている。
クレスはすぐに異変を察した。
「……ヴァーン?」
すると、ヴァーンは長槍を肩にかけながら、ひどく苛立たしげに長い息を吐く。
そしてようやく口を開いた。
「──
それがどういう意味なのか、クレスにはよくわからない。
ヴァーンは続けて言った。
「オレはよ、嬉しかったんだぜ。あのお前が、ようやく女に興味を持ちやがったってな」
その言葉には、とても複雑な感情が込められているようにクレスは感じていた。
「過去のことなんざ忘れて、愛する女と平穏に余生を過ごす。イイじゃねーか。お前にもそういう人生があっていい。邪魔をするつもりはなかったがな。そうもいかねーみてーだ」
ヴァーンの鋭い視線に、クレスは思わず身構える。
「オイ。お前、幸せか?」
「――何?」
「あんだけの力を失い、かつての自分を忘れ、ずいぶんと年下の女に甘やかされてよ。それでお前は幸せか?」
まるでこちらを挑発するような言葉に、クレスは眉をしかめる。
「……なぜそんなことを訊く。俺は幸せだ」
すると、ヴァーンは言った。
「もしもフィオナちゃんに騙されていたとしても、か?」
「……!?」
耳を疑うクレス。
その表情が険しくなり、剣を握る手に力が入った。
「ヴァーン、何を言ってる」
「わかんねーよ、オレも何が真実かなんてしらねぇ」
「お前の言っている意味がわからない!」
「だよなァ。だからよ、試すしかねーんだわ」
直後、試合開始の合図。
「お前の――本気ってヤツをなッ!!」
ヴァーンが地をえぐるほどの踏み込みで突進した。
「――ッ!」
狙われるは、頭部。
クレスはすんでのところでその速度に反応し、剣の腹で槍の突きを滑らせる。ギャリリリ、と金属が激しく擦れあい、空気を切り裂く音が彼方に消える。
クレスはすぐに背後へ下がり、剣を構えた。
「ヴァーン!」
ヴァーンは体勢を低くして、ちょいちょいと指でクレスを誘う。
「来いよ。約束通り全力でやろうぜ。ただしこれは遊びじゃねぇ。オレは――お前を潰す気でやるがな!」
「ッ!!」
先ほどよりもさらに速い踏み込み。
切っ先の光が見えた刹那には、もうこちらに攻撃が届いている。そんな目にも留まらぬスピードの突きは今のクレスに認識することは出来ない。
ゆえにクレスは攻撃前のヴァーンの手元や動き、足の踏み込み方で攻撃方向を察しとり、経験のみで攻撃をかわした。ただしかわしきることは出来ず、槍の切っ先で腕を軽く裂かれる。
「その程度かよ!? ドンドン行くぜぇッ!」
くるくると槍を回して持ち直すヴァーン。深い呼吸と共にその全身に闘気がみなぎり、さらにその攻撃速度が増す。
「――くっ!」
さらに後方へ距離を取るクレス。
だがヴァーンは一瞬にも満たない時間でクレスの動きを捉え、確実に急所を狙った精度の高い一撃を放り込んでくる。
どこか一つでもまともに受ければ敗北は免れないだろう連撃を、クレスは必死の抵抗でかわし続けた。
しかし、筋力、敏捷性、攻撃精度、あらゆる戦闘能力において今はヴァーンの方が圧倒的に上だ。何より長いブランクのあるクレスとは違い、ヴァーンは現役で旅を続ける冒険者であり、戦士だ。その実力差は誰の目にも歴然としている。
防戦一方。
ヴァーンからの致命傷を避けるのみで精一杯。とてもクレスから攻められる隙などない。下手に攻撃に転じれば即座に倒されることは明白。
それにクレスは、ヴァーンがまだまったく本気を出していないことをわかっていた。もし彼が本気でクレスを倒そうとすれば、初撃ですべてが終わっている。
だからこそ、クレスは肌で感じていた。
先ほどヴァーンが言ったとおり──彼は“何かを試す”ためにクレスと戦っている。
ここで少しでも力を抜けば、何か大切なものを失う。クレスは直感でそれを理解し、自身を鼓舞し続けた。
だが、いよいよクレスの集中力が途切れ始めると、次第に攻撃を受けるようになってしまう。わずかにでも生まれた隙を、ヴァーンは決して見逃さない。
「ぐぅッ!!」
右腕を刺されたことで血が噴き出す。クレスはそれを左手で押さえ、ヴァーンを睨みつけた。
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