♯39 優勝したら

 こうして試合は続いていき、クレスは記念参加の一般人や騎士見習いのみが相手だったこともあり、順当に勝ち進む。

 逆にヴァーンの相手はそれなりの手練れが多かったが、それを単純な力の差でねじ伏せて勝ち残っていった。その派手で豪胆なヴァーンの戦いぶりは多くの観客らを魅了し、今大会においては彼が一番の人気を集めていた。そしてどうやら、参加選手の力量を判断してある程度は拮抗するように組まれていたらしいと判明する。


 気付けば準決勝二戦目も終わり、少々苦戦しながらも勝利したクレスが決勝戦でヴァーンと当たることが決定する。

 もちろん、観客は『グレイス』の正体に気付いてはいないため、やはり会場内では圧倒的にヴァーンが優勢という声が大きかった。


「クレ――グ、グレイスさん、お疲れ様です!」

「ああ、ありがとうフィオナ」


 クレスが観客席の方に歩み寄り、手を上げて応える。

 フィオナは観客席の最前列にいるため、戦闘後にこうしてすぐ声を掛けることが出来た。ただし、壁が高いため触れることは叶わない。すぐにでもクレスの汗を拭い、手を握って激励したい気持ちをフィオナは抑えていた。

 その場で、少々の休憩時間を挟んで決勝が行われる旨が会場内に通達され、観客の熱も増していた。既にフィオナの夫として認識されているクレスにも、大勢から声が掛かっている。


 と、そこで先に決勝行きを決めていたヴァーンがわざわざ控え室から試合会場に姿を見せ、こちらへ駆け寄ってきてクレスの肩に手を回してくる。


「うぉーい! 観てたぞやるじゃねーか“グレイス”さんよッ! こりゃあ面白くなってきたぜ!」

「いや、運が良かっただけで正直いっぱいいっぱいだよ。俺に比べてヴァーンは余裕そうだったな」

「ハハハ! まーオレ様は最強だからな! しっかし決勝でお前と当たれるなんて聖女様の粋な采配かねぇ。よし、オレらで会場を沸かせてやろうぜ!」

「善処するよ。ところでヴァーン、さっきの試合で怪我をしただろう。膝から血が出ている。エステルに看てもらった方がいい」

「んげっ、マジだ。うぉ~いエステル! ちょっと控え室まで来てくれぇ~!」


 大声で観客席の呼びかけるヴァーン。フィオナの隣でエステルが小さなため息をついた。


「公衆の場であの男……折檻してくるわ」

「えっ! あ、あの、出来るだけお優しく……」


 そのまま客席から離れ、ため息を共に歩き出すエステル。ヴァーンも同時に控え室へと戻っていった。


 そこに残ったのは、クレスとフィオナの二人。

 フィオナは壁から身を乗り出すようにして声をあげる。


「グレイスさんっ。どうか、無茶だけはしないでくださいね。まだ怪我だって完璧に治っているわけではないですし」

「わかっているよ。ただ、ヴァーンと戦えるのは少し楽しみになってきている。さすがに、今の俺では勝てないだろうけれどね」

「でもっ、もし少しでも危ないと思ったら、体調が崩れたら棄権してくださいね! 本当に、無理をしないでくださいね!」

「大丈夫だよ。今の自分をわきまえているつもりだ。心配はいらないさ」


 苦笑するクレス。

 フィオナを心配させないようにと、彼はあえて軽い口調でそう言ったのだが、フィオナの表情はどこか晴れない。とても不安そうに瞳を揺らしていた。相当な心配をさせてしまっているようだった。


 そこでクレスは観客席を――フィオナを見上げて言う。



「フィオナ。俺が優勝したら、式を挙げよう」


「──えっ?」


 

 突然のことにフィオナも、そして周囲でその話を聞いていた観客たちも固まる。休憩に入ろうとしていた人々は、ぴたりと足を止めて二人の方に注目する。


「どんな式になるかはわからない。けれど、もしも聖女様に来ていただければ俺たちも皆と同じ祝福を受けられる。優勝の願いとして、それを頼んでみようかと思うんだ。どうだろう」

「グレイス……さん……」

「俺は──やはり君のウェディングドレス姿が見たいんだ」


 クレスの瞳は、真っ直ぐにフィオナだけを見つめてくれている。

 だから、フィオナは答えた。


「……はいっ!」


 その返事に、クレスは満足そうにうなずく。同時に客席から大きな歓声が上がった。どうやら審判らの拡声器に声を拾われていたらしく、会場中にクレスの声が聞こえてしまっていたようだ。そのためクレスとフィオナは少々照れたように顔を伏せる。


 それからフィオナが言う。


「で、でも勝ち負けにこだわらないでくださいねっ。グレイスさんが無事に戻ってきてくれることが、わたしは、一番嬉しいです!」

「ああ。──少し、燃えてきたな」


 そのときのクレスは、勇者として旅をしていた頃の姿に戻りつつあった。



◇◆◇◆◇◆◇



 その少し前。

 準決勝でクレスが闘っている中、聖女ソフィアは専用の観戦部屋でかつてないほどテンションを上げていた。

 クレスの勝利でその興奮はさらに高まる。


「キャ~~~~! クレス様かっこい~~~っ! さすが勇者様! このまま優勝してわたしをここから連れ出して~~~~~~!」


 こちらの拡声器は停止され、都民たちに声が聞こえないのを良いことにワーキャーと素を出しまくっていたソフィア。あろうことか、聖杖をぶんぶんと振って応援に精を出している。


 そこへ、専属のメイドが姿を見せた。


「ソフィア様。お声が外に漏れませんよう、もう少しお静かに願います」

「ぶー。このくらいいいじゃない! それでそれでっ、調べてこられたっ?」

「はい。彼の御仁は『グレイス』という名で街外れの森に暮らしているようです。あの地の所有は教会の人間だったようですが、譲渡されたようですね」


 メイドは懐から羊皮紙を取り出し、それをソフィアに差し出した。


「ふ~ん……『グレイス』くん、ね。みんなわからないのかなぁ。どう見たって世界を救ってくれた勇者様のクレスくんなのに」

「勇者様はずっと旅に出ておられた身。こちらにお戻りになられた時も、満身創痍で生死の狭間を彷徨っておりました。目覚められたときはすぐに姿を隠されてしまったため──一般の方が目に出来る機会はなく、ソフィア様のような瞳をお持ちの方がおられるはずもないため、無理なきことでしょう」

「そっかぁ。でもでも、なんで名前を変えてるのかな?」

「単純に考えまして、素性を知られたくない事情があるのでは。それならば目立たぬ場所に暮らしていることも納得がいきます」

「なるほど~。じゃあどうしてこんな表舞台に出てきたんだろ? すっごい目立っちゃうよね?」

「それは、婚約相手の関係ではないでしょうか」

「えっ!? ク、クレスくん結婚しちゃうの!?」


 慌てて手元の紙をめくるソフィア。

 そこに、『聖究魔術アカデミー』の情報が記述されている。もちろん、フィオナの情報もあった。


「先日アカデミーを首席卒業されたばかりの、『フィオナ・リンドブルーム・ベルッチ』様がお相手のようです。魔術の名門ベルッチ家の養女で、街では知らぬ者がいないほどの有名人ですね。相当に優秀なお方で、教会や魔術関係の伝手からもスカウトがあったようですが、すべてをお断りされてグレイス様の元へ嫁ぐ予定だそうです」

「フィオナ……リンドブルーム…………」


 ソフィアは何か考え込むようにしばらくの間じっと手元の紙を見つめ、メイドがその姿を静観していた。


 そのとき、コロシアムが何やら騒がしくなり、ソフィアとメイドがそちらへ視線を戻す。

 すると、準決勝を終えた観客席の最前列で、クレスとフィオナが仲睦まじく話をしていた。

 やがて拡声器による二人の声が聞こえてくる。なんとクレスが挙式をあげようなどと言っているではないか。


「……え~っ!? ちょ、ちょっとちょっとなにそれ! クレスくんが優勝したらわたしがクレスくんとあの子の式をお祝いしなきゃいけないの!? そんなぁ~~~~~~! そもそもあの子はどうしてクレスくんと――」


 フィオナを改めて見つめ、聖女は小さな声を上げた。


「……あ」


 そのわずかな反応を、傍らのメイドは見逃さなかった。


「お知り合いでしたか?」

「──え? あ、う、うぅんそうじゃなくって! あの子、さっき大聖堂のところでクレスくんと一緒にいた子だな~って! そ、そっかぁあの子がフィオナちゃん……まさか婚約相手だったなんてねぇ!」

「正確なところでは、今はまだ婚姻関係を結んでいるというだけで、式は挙げられていないようです」

「そ、そうなんだ! あーあ、硬派なクレスくんなら絶対チャンスがあると思ったのにな。『フィオナ』と『ソフィア』で名前も似てるから、もしかしたらわた──」


 そこで――聖女の瞳が蒼く光る。そして彼女の髪がプリズムの魔力に煌めいた。

 さらに同調するように、聖杖の宝石も輝きを増す。



「…………え」



 呆然としたつぶやき。

 やがてソフィアはゆっくりと歩き出し、窓ガラスに手を当ててつぶやく。


「…………ダメ」


「……ソフィア様?」


「なんで、こんな…………ダメ。とにかくダメ! 二人が──クレスくんが危ない。あの子の隣にいさせちゃダメ!!」


 ソフィアはすぐにその場から走り出し、部屋を出ていってしまう。普段は顔色一つ変えない冷静なメイドも、さすがに驚いて後を追った。


「ソフィア様! どちらへ!」

クレスくんの心臓が・・・・・・・・・燃えてる・・・・! あの子と結婚なんてさせちゃダメ! このままじゃ――クレスくんが死んじゃうかもしれない!」


 鬼気迫った表情の聖女に、メイドはそれ以上何も訊けずについていくしかなかった。

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