♯38 聖闘祝祭《セレブライオ》

聖闘祝祭セレブライオ”とは、元々は聖女を守護する『聖星騎士団プリミエール・ナイツ』による演習成果を都民に披露するための催しであった。

 聖女や都民の前で実力を評価してもらうことは騎士団員たちにとって名誉なことであり、人々にとっても自分たちを守ってくれる存在を目の当たりにすることで、安心した生活を送ることが出来る。


 それが今のように多少の娯楽性を持った形へ変わったのは、現代の聖女ソフィアの祖母にあたる第十代目聖女の手によるものだ。


 一般人も参加出来るようになったことで、都民はもちろん他国からも参加者が押し寄せ始める。さらにひときわ優秀な成績を残した者は教会から『勇者』として認められ、報償に聖女の祈りが込められた剣が授けられるとあって、より爆発的に人が集まるようになった。魔王のいなくなった今はそのような報償は必要がなくなったが、それでも人々が熱中する一つの催しとして残っていた。


 クレスたちはそんな“聖闘祝祭”の会場――巨大な円形のコロシアムに到着。多数の参加者たちと共に入り口で当日受付を済ませ、後は開始を待つばかりとなった。


「『勇者』って肩書きの“餞別”はもう必要ねーし、聖剣が与えられることだってねーってのに、今回も意外と出場者が多かったなァ。おいクレス、オレと当たる前に負けんじゃねーぞ」

「それはわからないが、やるからには全力を尽くすつもりだよ」

「へへ、それでいい! んじゃ、あとは試合で会おうぜ!」

「ああ」


 クレスとヴァーンはお互いの腕と腕を合わせて健闘を祈り合う。それからヴァーンは一人、手をひらひらと振って控え室へと去っていった。


「フィオナちゃん、私たちは観客席へ行きましょう。二人とも、集中する時間が必要でしょう」

「あ、はい。そうですよね」


 エステルの言葉にうなずくフィオナは、クレスの前でぐっと両手を握りしめる。


「クレスさんっ、観客席で応援していますね!」

「ああ。格好悪いところを見せることになると思うが……」

「クレスさんは、どんなときでも格好良いですよ。わたしが保証しますっ!」

「……そうか。ありがとう、フィオナ」


 フィオナの笑顔に背中を押してもらい、クレスのやる気にも火がつく。


 ついに今年も“聖闘祝祭”が始まる――。



  ◇◆◇◆◇◆◇



 クレスやヴァーンたち参加選手が控え室に揃い、大勢の都民が押しかけたコロシアム。この時期における祭りのクライマックスになっていることもあり、予想以上に多くの人々が訪れていた。


 既に熱気が満ちている中、聖女ソフィアによる開催の言葉が告げられる。


『──皆さま、本日はお集まりくださり感謝致します。本年もこの“聖闘祝祭”を無事に開催出来ること、嬉しく思います』


 魔力によって光を灯す『魔力灯』などと同じように、自然界の魔力をエネルギー源にした『魔導具』と呼ばれるアイテム――特殊な拡声器マイクによる声が、コロシアム全体に響く。

 聖女がいるのはコロシアムの最上段。聖女専用の観戦部屋だ。


『もう、この世界に魔を統べる王はおりません。冒険者様たちのご活躍により、人々の生活圏に侵す魔物もずいぶんと減りました。ですが、武を磨くことは決して無駄にはならないでしょう。本日この場で、皆さまが全力を尽くしていただけることを期待しております。そして、優勝者には聖剣に代わり――私、聖女ソフィアが可能な限りの願いを一つだけ叶えること、お約束致します』


 どよめく場内。それは事前に知らされてはいないサプライズであった。


 聖女は微笑み、続ける。



『それでは――“聖闘祝祭”を開幕致します』



 聖女の挨拶が終わり、観客たちが大いに沸く。何せ、優勝者には願いを叶える権利が与えられるのだ。参加すればよかったという声も次々にあがる。もちろん、そのほとんどが冗談のつもりであろうが。


 予選一回戦の準備が進む中、観客席の最前列に座るフィオナは落ち着かずにそわそわとしていた。

 隣のエステルが小さく笑う。


「フィオナちゃん、緊張しているみたいね」

「は、はい。まさかこんなことになるなんて……それに、親しい方が出るのは初めてで……あっ、は、始まるみたいです!」


 フィオナがそう言ったとき、ついにコロシアム中央に二名の選手が現れた。


 一名は聖都の力自慢な一般人の男性であるが、もう一人は――クレスである。

 なんと、初戦からの登場であった。


「わ、わっ! ええっ、クレスさんです! い、いきなりそんな!」


 慌てふためくフィオナ。居ても立ってもいられない様子だった。


 この大会は騎士道精神に乗っ取り、一体一のトーナメント形式で行われるが、初戦の組み合わせは勝負が始まるまで参加者にも観戦者にも明かされない。ゆえにフィオナの驚きは大きかった。


 エステルがつぶやく。


「安心して、フィオナちゃん。普段は可愛らしいクーちゃんだけど……こと戦闘にかけては天才よ」

「……え?」


 エステルの言葉に、フィオナは目をパチクリとさせた。


 そして――予選一回戦がスタート。


 クレスよりも巨漢な相手は、その筋力を誇示するように巨大な斧を使用していた。

 武器の持参が認められない本大会において、選手は事前に騎士団が用意した武器類を使って戦う。それらすべては訓練用の模造品であるが、当然、直撃すれば無事では済まない。


 振り上げられた斧の一撃は相当な威力があるだろうが、クレスはなんら焦ることもなく、身軽に攻撃をかわし続け、あっという間に裏を取って相手の足を崩し、その首筋に剣を当てて相手を降参させ、勝利した。


 一瞬の出来事に、少し遅れて大歓声が上がる。


「……ふぇ」


 終わったことに気づけなかったフィオナ。目をパチクリとさせて、呆けた声が漏れた。

 エステルは足を組みながら、愉快そうな声色で話す。


「確かに今のクーちゃんは、以前のような力を失っているようね。単純な力比べだったなら、今のような相手にも勝てなかったでしょう。けれど、“戦闘”なら別よ」

「戦闘なら……ですか?」

「ええ。クーちゃんには、幼い頃から数え切れないほどの死線をくぐり抜けたきた膨大な経験がある。たとえ力を失い、剣技や魔術がろくに扱えない今の状態でも、一般人を相手に負けることなんてありえないわ。そもそも彼は、抜群の戦闘センスとたゆまぬ努力で少年の身でありながら勇者に選ばれたのだもの」

「……そっか。そう、ですよね! す、少し安心できましたっ」


 ホッと胸をなで下ろすフィオナ。フィオナもクレスがどれほど強いのかはわかっているつもりではあったが、それでもやはり戦いを目の当たりにすれば緊張も心配もする。それが少しだけ緩んだ気がした。


 だが、エステルはこうも続けた。


「――けれど、それは一般人が相手の場合」


「……え?」


「ある程度の経験を積んだ戦士や冒険者が相手なら、厳しいかもしれないわね」


 その淡々とした冷静なつぶやきに、フィオナはまた自身の緊張が強まるのを感じていた。


 そして、手を組んで祈る。



「――どうか。クレスさんが無事に戻ってきますように……」


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