♯32 甘やかし上戸な夜
あっという間に上着を脱いでしまったフィオナ。薄紫の下着からこぼれ落ちそうなボリュームある胸が揺れ、しっとりと汗をかいた扇情的な姿に周囲の男たちから大歓声が上がる。
ヴァーンも「うはっ!」と目を輝かせたが、エステルが即座に目つぶしをすると彼はひどい悲鳴と共に地面を転がっていった。
さらにフィオナが堂々と『クレス』の名を呼ぶため、中には困惑している客たちもいる。
とにかく、いろいろと、大変にマズイ状況だった。
「や、やめるんだフィオナ。それ以上はいけない!」
とうとう下着にまで手のかかったフィオナを必死に食い止めるクレス。その身体はまたもや熱くなっていた。酒での発汗作用などもあるだろうが、どうやら酒によって体内の魔力のバランスが乱れているようだった。
フィオナは駄々っ子のように腕を振る。
「いーやーれーしゅー! クレスしゃんに、わたしがいちばんのおよめさんだってみとめてもらうんれしゅー! だれにもまけないんれすぅーーーー!」
「わ、わかった。認める、認めるから。そうだ、酔いに負けるな! 酒は飲んでも飲まれてはいけない、それが大人だ!」
フィオナの腕をつかんでなんとか落ち着けようとするクレス。
するとフィオナは据わった目でじ~っとクレスを見つめてきた。
「……みとめゆ? わらひが、クレスしゃんのおくさんれすか? あいするおくさんでしゅか? だいすきなおんなのこです?」
「あ、ああ、その通りだよ!」
「……にゅへへへへへへへぇ。やっぱり、クレスしゃんは良い子れしゅねぇ~」
と、半脱ぎ状態のままでクレスをぎゅーっと抱きしめてくるフィオナ。
彼女の素肌を包む布が一枚しかない際どい状況で、いつもよりさらに胸の感触がダイレクトに伝わってきてしまう。クレスは、こんなときだというのにその魅惑の柔らかさと温もりに癒やされてしまっていた。髪や素肌からはなんだか甘くていい匂いまで漂ってくる。それらはクレスに今まで知らなかった不思議な感覚を与えていた。
「クレスしゃんは、かわいいれすねぇ~。ぎゅーってすると、どきどきしちゃいます……♥️」
「フィ、フィオナっ? ちょ、こ、これはまず――」
「はふぅ~。ぽわぽわして、いいきもちれすぅ~♥️ えへ、えへへへへへへへへ」
頭をなでなで、すりすりしてくる完全な酔っ払い状態のフィオナ。笑い上戸だったのか、むぎゅう~と抱きしめる力が強くなっていき、クレスは身動きが取れない。
「いいこ、いいこれすね~。わらひのおっぱい、のんでもいいれすよぅ~?」
「むぐっ!? んっ、ふご、むごごごごっ」
「えへへへへへぇ……クレスしゃんをあまやかすのは、わらひだけのやくめれすぅ♥️」
「む……ふがっ……」
にや~と幸せそうに微笑みながら、クレスを抱きしめ続けるフィオナ。
あまりに強く押しつけられ、フィオナの胸に埋まって息が出来なくなっていたクレスは、天国と地獄の両立を体験しながら完全に抵抗が出来なくなっていた。かといって彼女を突き飛ばすわけにもいかない。いろんなものが脳裏をせめぎ合う。暴走中のフィオナには、目つぶしから復活したヴァーンやエステルも言葉を失っていた。
すると、彼女のご機嫌な表情がすぐに不満げなものに変わる。
「クレスしゃん……どうしておっぱいのまないんですかっ!」
「むごっ!?」
「わるいこは、めっ、ですよ! だんなさまは、おくさんに、あまえるのがしごとなんですー! まま、おこりますよ!」
今度は怒り上戸に変わったフィオナママ。むちゃくちゃな要求をしてくるものだが、さすがのクレスもこんなところでそんな真似は出来ない。というかここではなくてはやれないだろう。
しかし、彼女を止めようにも身体が動かせない。
無理にほどいてはフィオナに怪我をさせてしまう恐れもあったし、何よりこんな姿の彼女を他人の目に晒したくはなかった。だから抱きしめられているほうが都合は良いのだが、このままでは息がもたない。
――どうする。どうすればいい……ッ!
クレスが胸に包まれながら真剣に悩んでいると、今度はフィオナが嗚咽を漏らし始めた。
「……う、うううう~! クレスしゃんが、わたしのおっぱいのんでくれないれすぅ~。やっぱり、エステルしゃんみたいら方が、いいんでふか~! それとも、セリーヌさんや、リズリットですかぁ~」
「ふごっ?」
「わらひが、まだこどもっぽいから、えっちなことも、してくれないんですか……? わたしは、おくさんなのに、魅力が、ないでふか? そんなの、なさけない、れすぅ~~~」
めそめそと弱音を吐露するフィオナ。今度は泣き上戸になってしまった。
次々に表情の移り変わるフィオナの変貌ぶりに、周囲もどう対応していいのか戸惑っている。なにせ、街の人々はこんなに感情を露わにするフィオナを見たことがないのだ。彼女はアカデミーきっての優等生で、常に凜とした貴族令嬢らしい姿を見せ続けてきたのだから。
クレスは、彼女の胸の中で反省していた。
彼女は普段から素直ではあるが、だからといって本心をすべて明かしてくれているわけではない。彼女もクレスには言いづらい悩みくらいある。それが、酒の力によって漏れている。クレスはそう判断した。
泣きだしたおかげか、フィオナの力が抜けたところを見計らい、その包容から抜け出してフィオナの肩を掴むクレス。
ざわついていた場が静まる。
「フィオナ、すまなかった。俺はやはり、君に甘えすぎていた」
「ふぇ……?」
「君は何も知らない俺を受け入れてくれたが、それで終わってはいけないんだ。俺は、自分の知らないことを自分で学ぶ必要がある。でなければ君に失礼だ。君が教えてくれる前に、君の気持ちに気付ける男になりたい」
「……くれすしゃん」
「フィオナ。君はとても魅力的だよ。だから、俺は君の身体にもっと触れたいと思っている。ただしそれは、二人きりの時の方がいいのだろう。だから今は我慢をしてくれないか」
「わたし、に……?」
「ああ。俺は君に本音を伝えるよ。君も、もっと本音を教えてくれ。そして、お互いを高めあえる関係になれたらと思う。これから、二人で努力していこう。そんな良き夫婦になりたい」
あくまでもクレスらしく、真面目に彼女を説得する。
すると、泣き顔のフィオナはパァッと明るい笑みを見せた。
「――はいっ! クレスしゃん、だいしゅきれす!」
それを見て安心したように息を吐くヴァーンとエステル。周囲からも歓声と拍車が響いて、これにて一件落着――かと誰もが思ったとき。
フィオナは、にこやかに微笑んだままクレスを抱きしめた。
――むぎゅううううううううううう!
「くーれすしゃん♥️ もうだめですっ。わらひ、がまんできませーん! きょうはぁ、もう、あさまでずぅーと甘やかしちゃいます~~~♥️」
「ふごっ!? むっ、もごごごご……!!」
先ほどよりさらに強い包容。クレスの顔は完全に胸の中に埋まり、さらにその勢いのまま床に倒されてしまう。
「しゅき♥️ すき~♥️ しゅきしゅきっ♥️ だぁいすきれす♥️」
なでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなで。
倒れこんだまま頭を撫でてくれるフィオナ。
彼女の下敷きとなったクレスは全身でフィオナの身体を感じ、その甘いささやきや匂い、感触に蕩けて天にも昇る気持ちになっていたが――
「うっ……むふっ………………かっ……」
呼吸する術を奪われ、本当に天に旅立ちかけていたクレス。ついには動かなくなり、その身体から力が抜けていった――。
これにはさすがに周囲も動く。
「うっわ! オイしっかりしろクレスッ! テメェコラ! そんな幸せそうな死に方ずりーぞ! どんな夢心地か教えてから逝けやああああッ!」
「フィオナちゃん落ち着いて。このままではあなたの巨乳でクーちゃんがっ」
「えへへへへへへぇ~~~。ゆびわがキラキラぁ☆ ステキな新婚初夜れす~~~~♥️」
復活したヴァーンが悔しそうに、そしてエステルが珍しく慌てた様子で止めにくる。
すると周囲の男連中もようやく動きだし、全員で協力して、なんとか酔っぱらい美少女魔術師の暴走を止めることに成功したのであった――。
そうして救出されたクレスは、あの後で深い眠りに落ちたフィオナを抱えて店を出る。さすがに騒ぎ疲れたのか、フィオナはクレスの背中ですぅすぅと寝息を立てていた。
「ヴァーン、エステル。今日はすまなかった。悪いが、すぐに家へ戻るよ。フィオナをこのままにしてはおけない」
「おう。なんかとんでもねーことになっちまったが、ま、いろいろと面白いモン見られて楽しかったぜ『グレイス』さんよ。オレたちはしばらくこの町にいるからよ、また飲もうぜ!」
「フィオナちゃんは、しばらくお酒は控えたほうが良さそうね…。魔力の強い子は変わった酔い方をすることも多いから。そして酔いが醒めたとき、絶望を知るのよ」
「まったく酔わないお前が言っても説得力ねぇなァ!」
「皆が弱いだけよ」
まだまだ街中で大勢の人が祭りの雰囲気を楽しむ中、あえて大きくその名前を呼んでくれるヴァーンと、フィオナの身を案じてくれるエステル。先ほどフィオナが連呼しまくったクレスの名も、二人が周囲を上手く誤魔化してくれて事なきを得た。
陽気に笑うヴァーンは酒の飲み過ぎで少しふらついていたが、さりげなくヴァーンと同程度も飲んでいたはずのエステルは顔色一つ変えていない。
「エステルもありがとう。だいぶ面倒を掛けたね」
「いいえ。それよりも二人だけで大丈夫? 送りましょうか」
「いや、平気だよ。少し夜風に当たって酔いを覚ますさ。それじゃあ」
そのまま酒場の前で仲間たちと別れるクレス。
ヴァーンが叫んだ。
「おい『グレイス』! そういや明日の最終日は“
「ヴァーン……いや、俺は」
「私も、久しぶりにクーちゃんの格好良いところが見たいわ。このやかましい男をぶっ飛ばしてくれたらスッキリするもの」
「エステル……」
二人とも、クレスがもうろくに戦えないことはわかっている。
それでも誘ってくれるのは、そんなことは関係ないと示してくれているのだろう。思えば、クレスが初めてヴァーンと出逢ったのも“
この二人もまた、クレスの肩書きなど何も気にしてはいない。
「……ああ、ありがとう! 考えておく!」
仲間たちに応え、クレスは家に向かって街を歩く。
たくさんの星々が、賑やかな街を祝福するように輝く夜。月の魔力が降り注ぎ、人々の生活を潤す。
涼しい夜風が、火照った身体に心地良かった。
「……俺は、良い仲間を持っていたんだな……」
クレスは一度足を止め、酔いつぶれた少女を優しく背負い直した。
ぴったりと背にくっつく少女は、寝言を漏らす。
「くれすさん…………あいして……ますぅ……」
クレスはふっと微笑んで歩き出す。
「俺もだよ」
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