♯8 プロポーズ
魔物の脅威から逃れた人々は、それぞれに思い思いの感情を吐き出す。
――フィオナはすごい。勇者より強いのではないか。
――やっぱり勇者がいなくても問題ないな。
――ぜんぜん平和になってないじゃないか。勇者は本当に魔王を倒したのかよ。
――クレスたちは無責任だ。ちゃんと魔物を全部退治してからいなくなってくれ。
――騎士や魔術師もちゃんと働け。ああいうのを倒すのが仕事だろ。
――まだ魔物がいるなら安心できないわ。
――街がめちゃくちゃだ。潰れた店はどうしてくれるんだ。誰か責任を取れ。
――本当に平和な世界になったのかよ。聖女は何やってるんだ。
男は、それらの声に静かに目を伏せた。
すると少女──フィオナは先ほどの笑顔から一転。
とても、寂しそうな
そしてつぶやく。
「……やめてください」
少女が地面に杖をついて立ち上がり、人々の方へ振り向く。彼らの声はピタリと止んだ。
少女が、涙を流していたからである。
「あなたたちは、いつまで
その言葉には、静かな怒気が孕んでいた。
少女の手に力がこもる。
「わたしは知ってます。勇者クレスは、誰よりも強く、誇り高く、最後まで戦った本当の英雄です」
男の顔が上がった。
少女の声は徐々に大きくなる。
「皆さんだって知っているはずです。彼は、皆さんのために戦ったんです。平和な世界でみんなが笑って暮らせるように、自分の命をかけて戦い抜いたんです。身も心もボロボロになって、最後には戦えなくなっても……!」
彼女の言葉は、強く響く。
周囲の人々の心に。
そして、未だに起き上がることも出来ない男の心に。
「そんな彼を、どうして悪く言えるんですか? どうしてそこまで身勝手なことが言えるんですか? 皆さんは、彼が守り続けた誇りなんです。彼が一番大切にしていたものなんです。彼の誇りを――穢さないで!!」
綺麗な顔からぽろぽろと涙をこぼして、想いのこもった瞳で、少女は訴えかけた。
男にはわかった。
彼女が、自分のために叫んでくれていること。
自分のために泣いてくれていること。
少女は涙を拭って話す。
「この世界は、まだ本当の意味で平和になったわけじゃありません。魔王がいなくなっても、魔物たちが滅びたわけではないんです。人をよく思わない魔族たちだっています。だから、本当の平和な世界にするために、わたしたちがみんなで力を合わせなければいけないはずです。強き者に頼るだけではなく、自分たちの力で平和を作らなきゃいけないんです。勇者クレスが導いてくれたように。それが、本当の平和です!」
少女はそう締めくくって、倒れたままの男の方に振り返る。
「ごめんなさいっ、お怪我は大丈夫ですか? お家にまでお送りします。早く帰りましょう!」
「あ、ああ。ありがとう……」
その場で少女から簡易的な回復魔術をかけてもらい、止血をして、男は少女の肩を借りる形で街を後にする。
街の人々は、二人の背中を黙って見送っていた――。
◇◆◇◆◇◆◇
そして、男と少女は森のログハウスへと帰宅。
「はは……またキミに助けてもらってしまったな……」
「気にしないでください。あ、珈琲でも用意しましょうかっ。そちらで休んでいてくださいね。キッチンお借りします。あ、体調がよろしければごはんも作っちゃいますね! 体力つけなきゃです!」
少女はパタパタとキッチンに掛けだし、珈琲の準備を始めながらこちらを振り返って言った。
「あの……それとっ! さ、先ほどはとてもかっこよかったです! 今でもあの剣を使うことが出来るんですね!」
「え? ああ、これかい」
疲労困憊状態の男は、テーブルに立てかけていた剣を見やる。
――『聖剣ファーレス』
“絶えぬ光”という意味を持つこの剣は、今代の『聖女』から授かった特別な品である。
「格好なんてよくないさ。どんなに見事な武器だろうと、もう、俺にはろくに扱うことも出来ないんだ。キングオーガ程度の相手なら、たいして手こずることもなかったんだけどな……」
ほとんど力の入らない右手を握りしめる男。剣を見つめる瞳はどこか寂しげだった。
かつて男が使っていた、聖なる力の込められた剣。一振りすれば星が落ちるとさえ云われる伝説の剣。
これは『騎士国ヴァリアーゼ』より献上された至上の一品に『聖女』の祈りが込められた神聖なる聖剣であり、『勇者』の資格と相応の力を持つ者にしか扱えないシロモノだ。当然、この世に一本しか存在しない。できない。
そして、今の男にはこの剣の本当の力は引き出せない。となれば、ただの重たい鋼の塊だ。
男はつぶやく。
「……ありがとう」
「え?」
「さっきは……俺のために怒ってくれたのだろう? 少し、嬉しかったよ」
少女は少しだけキョトンとした後、何も答えずに微笑む。
そのまま男の元へやってくると、また男の前で正座をした。
「…ん? どうしたんだい?」
男が不思議そうに尋ねると、少女は再びもじもじしながら何度か咳払いをする。
続けて、何度も深呼吸を繰り返し。
パッチリと目を開いて。
「勇者クレスさん!」
「う、うん?」
男の目を見ながら、こう言った。
「わ、わたしを…………あなたのお嫁さんにしてくださいっ!!」
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