♯7 vs.キングオーガ

 男が口を開く。



「君は……あのとき、の……?」



 返事はない。

 代わりに、少女の全身から凄まじい魔力のオーラが浮かび上がる。


 オーガが少女に巨大な拳を振り下ろしたとき――彼女はとうに準備を済ませていた。


 爆発的に膨れあがった高密度の魔力が、少女の銀髪から光る粒子となって放出される。



「業火滅却の罪、その魂を焦がし尽くせ――《ラル・アベリカ・ヴォルフレア》!」



 杖をかざす。

 瞬間、少女のそばに四つの巨大な炎の玉が出現。それらはキングオーガに向かって放たれ、目に追えないほどの高速でオーガの周囲をぐるぐると回る。

 するとオーガの身体が突然激しく燃焼し、たった一瞬で巨大な火柱が上がるほどの熱量を発した。



「グガッ!? グ、オオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!?」



 苦しげな悲鳴を放つオーガ。


 男はその魔術を知っていた。

 今のは、ごく限られた魔族のみが扱える炎熱系の高位魔術であり、あの火球はたった一つで山を吹き飛ばす威力さえある危険な魔術だ。四つが互いに燃えさかり、最後に一つとなったとき、あらゆるモノを焼き尽くす超高熱を生み出す。


 それを、少女はあの年で完璧にコントロールしている。


 だが、それほどの魔術を受けてギリギリで耐え続けているキングオーガもまた恐ろしい生命力だった。



「ナンダっ、ごのっ、威力ッ……!! 馬鹿な、馬鹿なバカナバカナバカナァァァァ……! この、オ、おレサマが、コン、な………………グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 

 オーガは燃えさかる身体のまま斧を振り上げ、憎悪の塊となって少女を切り裂こうとする。


 少女は目を閉じて言った。


「……どうか安らかに」


 少女はさらに杖を∞の形に振って唱え、それを地面に突き立てた。

 六芒星が輝く。



「――《イグニッション》!!」



 次の瞬間、オーガの周りをぐるぐる回っていた火球すべてが激しい光と共に大爆発を起こし、その炎熱量はもはや男が目を開けていられないほどになる。


「くっ、うう…………!!」


 男は子供たちを背後に守りながら爆風に耐えた。


 やがて、ずううううんと重苦しい音がして。


 次に男が目を開けたとき、炭となって焼け焦げたキングオーガは絶命していた。断末魔の声を上げることさえ出来ないほどの、圧倒的な勝利だった。


 目の前に、心配そうな少女の顔がある。


「大丈夫でしたかっ!?」

「え…………あ、ああ……」


 男が気付く。

 少女と自分たちを覆っている半透明の膜――魔力結界が張られている。どうやら、少女が先ほどの爆発から自分たちを守ってくれていたらしい。


「……本当に、俺は何もする必要がなかったな」


 小さく笑ってつぶやく男。

 そのタイミングで、男が守っていた少年たちが安堵のあまりわんわんと泣き出した。

 そこへ少年たちの母親が駆け寄ってきて、少女が魔力結界を解除すると、少年たちはそれぞれの家族と抱き合った。


 男と少女はその光景に胸をなで下ろし、男が言う。


「すまない。本当は、俺が君たちを守らなきゃいけなかったのに」

「いいえ、それは違います」

「え?」

「あなただって、誰かに守られていいんです。言いましたよね。わたしが、あなたを守ります!」

「…………君は」


 少女はニッコリと微笑んでくれる。


 そこで男が気付く。


 よく見れば、少女の頭部には『キツネの耳のようなもの』が出現していた。


「……それは…………」


 男が可愛らしいキツネの耳をじっと見つめていると、少女は視線に気付いて慌てて耳を手で隠す。

 それは、魔族の血が混じる者にだけ現れる特有の身体的特徴だ。


「ひゃあっ!? あ、あの違うんですっ! これはその、わ、わたし実はっ」

「いや……大丈夫、知ってるよ。君には、クインフォ魔族の血が入ってるんだね」

「え? わ、わかるんですか……?」


 目をパチクリとさせる少女。

 男はうなずく。


「ああ。ずいぶん長い間冒険してたからね。クインフォの魔族にも会ったことがあるんだ。それに、そうでなければあの高位魔術は使えないはずだ。なにせ、あれはどんなにレベルの高い魔術師にも、王国の一等王宮魔術師にさえ使えない魔術だからね。生まれつきの魔術センスが必須だ」

「見ただけでそこまで……す、すごいです! で、でも、あの……」


 少女は頭部を押さえたまま、視線を逸らして言う。


「…………変、ですよね?」

「え?」

「魔力を最大限まで高めると……こう、なってしまうんです。だから、アカデミーではいつも力を押さえていて……。家でも、おじ様やおば様には、まだ……」

「……そうだったのか」


 驚く男に、少女は今にも泣きそうになっていた。

 

 男はそっと少女の手を掴む。


「え、えっ?」


 そのまま慌てる少女の手を頭部からゆっくり引き離すと、キツネ耳がぴょこっと揺れた。

 ついでに彼女の乱れた銀髪を軽く整える。サラサラと指通りの良い髪だった。


「大丈夫、綺麗だよ。変じゃない」

「……え」

「君はもっと、自分を誇っていい。君の力で皆が救われた。本当にすごい魔術だったよ。ありがとう。君が、この街を守ったんだ」


 真正面から正直な言葉を伝える男。


 少女の顔が、じわじわと紅潮していく。


「……え、えへへへ。ありがとう、ございます。わたし、褒められちゃいました……」

 

 二人の間に穏やかな空気が流れる。その頃には、いつの間にか少女のキツネ耳も消えていた。



 やがて、避難していた人々もキングオーガが倒されたことを知ってこちらへと駆け寄ってくる。幸い、軽傷者ばかりで済んだこともあり、皆はフィオナの活躍に目を輝かせていた。


 中でも、先ほどの少年たちは泣き止んで興奮している。


「す、すげぇよフィオナ~~~! やっぱアカデミーの魔術師はサイキョーだ! 勇者クレスは肝心なときにいなくなっちまったけど、魔術師もすげーんだな!!」

「あ、あんなすごい魔術見たことなかった……! すごいやフィオナさん! 勇者がいなくなっても、フィオナさんみたいな人たちがいれば大丈夫だよね!」


 そんな子供の声に、周囲の大人たちも笑顔を取り戻していく。

 男はほんの少しの寂しさを胸に、それでも、平和が戻ってきたことを喜んでいた。



 しかし――少女は違った。

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