♯6 結ぶ記憶
男が叫んだとき。
――キングオーガの顔面に、巨大な火球が直撃した。
「ブガァッ!? グ、オオオオオオオオオオオオオオ!!」
火球は衝突の瞬間に激しく燃えさかり、キングオーガは火柱の昇る顔面を押さえながら背後に倒れ、建物を壊しながら野太い絶叫を響かせた。
男は見た。
自分たちの前に、あの銀髪の少女――フィオナが立っている。
「すみません! その子たちをお願いします」
「え……あ、ああ! だが君はっ!」
「大丈夫です! わたし――戦えます!」
先端に六芒星の意匠が施された『星の杖』を握りしめ、ハッキリと宣言する少女。その強い意志が宿る目を見て男はハッとした。
男のそばで、二人の少年が驚きと共に声をあげる。
「おまえ……、フィ、フィオナっ?」
「ア、アカデミーの首席卒業生の……!」
それらの声に、少女は背中で応えるようにしてオーガと対面していた。
必死に顔面の火を鎮火させたキングオーガは、焦げた顔から煙を上げたまま立ち上がり、その指の間から血走った眼球がギロリと動く。
「ガアアアアアア……いだい、いだいいだいいだいぃぃぃぃぃ……! 貴様……貴様ァァァァァ! 小娘風情が……なんだこの魔力はァァァァァァァ! ひねり潰して殺すうううううううう!」
激昂したオーガの声がビリビリと大気を震わせ、人々はさらに逃げ惑う。
戦っていた騎士団員や魔術師たちも動けない者が多い状況で、増援は到着が遅れている。これ以上戦うことが出来ない男は、ただ二人の少年の盾になるくらいしか出来なかった。
そんな中で、目の前の少女だけは逃げずにキングオーガと対峙している。
――身体中震えているのに。
――きっと、ひどく怯えているのに。
「――『
自らを鼓舞する“まじない”。それが男にはちゃんと聞こえていた。
いくら優秀な魔術師とはいえ、この平和な世界で彼女はこんな凶暴な魔物と――魔族と出会ったことすらないはずだ。実践経験だって少ないだろう。
たった十五の少女が、どうしてこんな化け物に立ち向かえるというか。
「……ダメだ。逃げろ! 逃げるんだっ!! いくら君が優れた魔術師だろうと、実践でこんなレベルの魔族が相手ではッ!!」
彼女の背中に向かって必死に叫ぶ男。
オーガは怒りの形相でこちらへ突進してくる。
少女は逃げない。
ただ、前を向いて。
ある言葉をつぶやいた。
「――『大丈夫。俺が君を守るよ』」
そう言った少女は、既に掲げていた『星の杖』を強く握りしめて、それから一瞬だけ男の方を見て微笑む。
まるで、男を安心させるように。
そのとき男の視界がスローになり、脳裏にある光景がフラッシュバックし、記憶が呼び起こされる。
――星の美しい夜だった。
夜空を照らすように燃えさかる村。
魔物の群れによって壊滅した村は、あまりにも悲惨な姿だった。
男が駆けつけたときには、生き残っていたのはたった一人の幼き少女のみ。
少女は生まれつき強い魔力を持っていたため、魔物たちが警戒して襲うことを躊躇っていたのだ。
男は少女のために――少女を守ろうとした村の人々すべてのために戦った。
そのとき、男は泣きじゃくる少女を背に言った。
『大丈夫。俺が君を守るよ』
男は約束を果たし、数え切れないほどの魔物たちから少女を守り抜いた。
そして、少女をこの街へと連れ帰った。少女は子供のいない裕福な魔術師の家庭に引き取られたはずである。
別れ際に、少しだけ話しをした。
『元気で。どうか強く生きてほしい。俺が、必ず世界を平和にするから』
『……へいわに? できる、の?』
『ああ、必ずする。君を守った、勇気ある皆のように』
『……じゃあ、そのときは、ほめてあげるね。いいことをしたひとは、ほめてもらえるんだよ。ぱぱもままも、そう、いってたの』
少女は、泣きながら笑っていた。
強い子だと男は感じた。
家族や村の仲間をすべて失い、独りになって、見ず知らずの家に引き取られる。そんな状況でも、他人の心を気遣える優しさは何よりの強さだ。
そのあまりにも健気で切ない姿が、男の記憶には確かに刻まれていた。
『…………うん。わかった、そのときを楽しみにしているよ』
『あなたの、なまえ』
『え?』
『なまえ、おしえて』
『……クレスだよ。クレス・アディエル。君の名前は?』
『わたしは――――』
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