♯2 天才魔術師フィオナ

 いきなり大胆な告白してきた少女は、しかし相当緊張しているのかわずかに身体が震えている。そして、なにやらどこか焦っているように男には見えた。


「…………え、っと?」


 目を点にする男。当然、多くの疑問が頭を巡る。


 ――この子は一体何者なのか。


 ――なぜ突然告白されたのか。


 ――そもそもどうしてそんなに焦っているのか。


 その意味がわからず困惑していると、少女は慌ててしゃべり出す。


「あっ、と、突然のご訪問すみません、ですっ! はじ、はじめまして! わたし、『フィオナ・リンドブルーム・ベルッチ』と申しましゅ! あ、か、噛んじゃったごめんなさいっ」


 焦りか疲れか緊張か、なんとも落ち着きのない少女。


 男には見覚えがない。街に行く機会がほとんどないため当然ではあるが、初対面の女性だろう。まだ年若く、そして見目麗しい少女である。

 だから男は、つい目を奪われた。

 少女が持つ銀色の髪は森の木漏れ日を浴びて艶やかに煌めき、その肌は処女雪のように美しい。

 透きとおるような瞳も、良く整った顔立ちも、細身ながらにとても豊かに実った胸の膨らみも、愛らしいその美声さえ、すべてが完璧に作り上げられている。

 一目で高級とわかる繊維で織られた衣服は非常によく似合っており、街のミスコンテストなどに出場すれば上位は間違いないような絶世の美少女である。


 どこかの家と間違えたのかと男は考えたが、こんな場所に限ってそれはないはずだった。


「その格好……君は、聖究魔術学院アカデミーの魔術師、だよね?」

「あ、は、はい! そうですっ!」


 現在少女が着用しているのは、聖究魔術学院の歴史ある制服であった。

 紋章魔術の施された帽子と制服、腰に吊された『星の杖』は何よりの証拠であるし、その胸元には特別に優秀な成績を残した首席卒業生にのみに配布される証――『月の紋章』さえ付けていた。

 大陸中から優秀な魔術師の卵のみが集められ、その中で切磋琢磨した者だけが生き残れるアカデミー。

 そのトップともなれば、間違えようもなく天才である。それも天才の中でも他を凌駕する圧倒的な天才だ。


 それで男はハッと気付く。


 首席ともなれば、あの祭りで最も人気ある式典の主役扱いであったはずだ。

 そんなにも優秀な魔術師が、式典を抜け出してきてまで一体何の用なのか?

 そもそも『好き』とは、どういう意味なのか?


 多少混乱していた男は、神妙に尋ねた。


「君とは初対面……ですよね?」

「えっ……」


 少女は一瞬だけ声を詰まらせ、ほんのわずかに怯えたような素振りを見せたがその動揺はすぐに隠し、それからすぐに笑顔でうなずく。


「は、はいっ、そうです! どうかフィオナとお呼びください! きょ、今日アカデミーを卒業したばかりです! あっ、偶然ですが今日はわたしの誕生日で、十五歳になったばっかりです!」

「そ、そうか。それはおめでとう。それで、どうしてそんなおめでたい日に、こんなところに……?」

「えっ!? あ、え、ええええとっ、そ、そそれは、ですねっ……あのっ、わ、わたっ……!」


 男が尋ねると、少女はなぜか挙動不審になってうろたえた。その顔はすぐに真っ赤になっていって、呼吸も乱れ始める。明らかに様子がおかしい。

 まるで本当に好きな異性と・・・・・・・・・・・・対面しているかのようだった・・・・・・・・・・・・・


 彼女の姿に疑問を抱いた男は、ひょっとしたら魔術関係の組織への勧誘かと思い、すぐに話を打ち切ることにした。

 アカデミーの優等生は、卒業後に特定のルートを使って各地の魔術協会や教会団体、『聖女』に仕える聖少女や学士などになって聖城で働くことが多い。


「申し訳ないが、俺はもう魔術なんて使えないし、そういうのは間に合っている。それに今日はめでたいお祭りですし、あなたは街に戻った方が良いと思いますよ。それじゃあ――」


 男は諭すようにそう言って、扉を閉めようとする。



「――ま、待ってくださいっ!!」



 少女が叫んだ。

 その大声に思わず驚愕する男。


 扉に手を掛けていた少女は、大きな瞳で男を見上げている。


 男は思わずハッとした。


 彼女の潤んだ瞳から──何かを訴えかけようとしているのがよくわかったからだ。


 必死に。


 今、このときを決して逃したくないかのように。


「……ち、違います! 違うんですっ! その、あ、逢いに、きたんですっ」

「……え?」


 少女は声を詰まらせながら、懸命に、言葉を重ねようとする。


「わたしはっ! あなたに……あなたに逢いたくてきましたっ! アカデミーを卒業して、少しでも立派になってからって、そう、決めていて! 小さい頃、ずっと、だから!」

「……俺に、会いに?」

「はい! わ、わたしは……あなたに、ずっと、あ、憧れていたんですっ!」

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