花の下にて

DA☆

- 花の下にて -

 エェ桜の下には死体が埋まっていると申しましてナ。


 まぁこの手合いの、美しい者には棘があると申しますか色と陰が同居するオハナシの筋というものは、いつの時代もどこの国にもあるものでございます。


 その元祖と申しますとやはり西行法師でしょうかナ。「花の下にて春死なん」とはなんとも鮮やかではございませんか、死ぬというものが季節の移り変わりと同じようにやってくる、そういう時代の感性と申しましょうか。


 ひるがえって今般死ぬことを歌にするってぇとさっぱり流行りませんで、まぁ恨みつらみを並べ立てる演歌か、さもなきゃ「君の胸の中で死にたぁい」とかまぁあからさまと申しますか口説き文句と申しますか、そういう風でなければ、こうした落とし話に使うしかないわけでございます。




 このお話の主人公は酔っぱらいのサラリーマン。よれよれの背広姿に襟の汚れたワイシャツ、ネクタイはといいますと頭に巻いてある。これがまぁ寿司の折り詰めなんか持って歩いているというなら、よくある日常とかほほえましい光景とかいえなくもないのですが、困ったことに今まさに車を運転している、飲酒運転だこれは危ない。


 走らせるのは田んぼの中の一本道、これが緩やかなカーブになっている。カーブの先には、樹齢四〇〇年、見事な枝振りの大きな桜の木が立っておりまして、カーブに気づかずまっすぐ走るとちょうどぶつかるようになっている。……そういうふうに道を造る道路行政ってのもどうかと思いますが、まぁ酔っぱらい運転に配慮する政治があっても困ります。


 「♪オラが死んだのは~ 酔っぱらい運転で~ ぶうううううううう ぎゃああああああああ!」


 いやはや今般では死を歌にするというのは苦労しますナ。男の車はまさしくそのまま突っ込んで、そのまま哀れあの世行き。



 男はふっと目を覚まします。


 「ありゃ? どこだここ? なんだここ? 真っ暗だ。なんだなんだなんだぁ?」


 なんだといわれても死んじゃってるんですから、そこはもちろん死後の世界です。まぁ、あたしだって死後の世界なんて見たこたぁございませんが、飲酒運転して死んだ人間の行くところですから、花が咲いてたりきれいな天女が踊ってたり、なーんてことがないのは確かでしょう。


 ともかく辺り一面まっ暗。そこへ、ぼっ、ぼっ、ぼっ、と男を囲むようにロウソクが灯ります。


 男はなんだかわかりませんがともかく灯りがついたものですから、その光を覗き込むようにじっと眺めますと、そのロウソクの光の向こうから


 ぬっ!


 と顔を出す者がひとり。


 「わぁ、出たぁ」ばたばたばたばた。「あぁびっくりしたびっくりした」


 「なんでぇ、今度の新入りは騒々しいなぁオイ」


 「ひ、人? ……あぁ、こりゃどうも、なんか、化け物見たみたいに驚いちゃってすいませんでした」


 「いや、化け物だよ、俺は」


 「は」


 そう言われてよくよく見ますというと、男は野良着。それも、あっちこっちに継ぎの当たった絣はんてん、もんぺに草鞋ばき、三尺手ぬぐい肩にかけている。頭を見れば、ずいぶん乱れていますがまげを結っている。どう見ても平成の人ではありませんで、江戸時代の農民という風体です。


 「はぁ。あのう、あなたさまは一体……」


 「だから化け物。も少し風流にいうと、幽霊」


 「わぁ出たぁ」ばたばたばたばた。


 「二度も驚くんじゃねぇ。俺ぁこれからおめぇがもっと驚くことを言うんだからしっかりしやがれ」


 「もっと驚くって、聞いたら卒倒して死んじゃうような話ですか」


 「イヤそれはねぇよ。だっておめぇもう死んでるんだから」


 「はい?」


 「つまりだ、おめぇも、幽霊だ」


 そう言って野良着の男は足もとを指差します。サラリーマンの男もその指の動きにつれて自分の足もとをじっと見つめます。とは申しましても、肝心のその足がございません。


 「わぁ出たぁ」ばたばたばたばた。


 「自分で自分に驚いてりゃ世話ねぇや」


 「するとなんですか。あたしは……死んじゃった? 何で?」


 「俺が知るか。さっきでけぇ音がしたから、おおかたあのジドーで動く車のカラクリに乗ってたんだろう」 


 「はぁ。えー、車に乗ってて。花見の帰りで。田圃の中の一本道で。そんでカーブで。まっすぐ突っ走って。ぼがーんと木にぶつかって。……痛てぇぇぇぇぇぇ!」


 「だから、おめぇもう死んでるから痛くないって」


 「だって、木にぶつかったんスよ?! 木にぶつかったら痛いに決まってるじゃないですかっ。痛い痛い痛い……痛く……ない?」


 「だから死んだんだっての。おまえ幽霊になっちゃったの。わかったかい」


 「はぁ……えぇ……なんとなく」


 「『なんとなく』かい。ずいぶん頼りねぇヤツだな。……まぁいいや、これからおまえも俺たちの仲間だ。ここはつまりだなぁ、桜の木の下の、まぁなんだ、成仏できねぇ連中のたまり場ちゅうわけ」


 よくよく辺りを見回してみますというと、先ほどは自分の周りだけだったろうそくの明かりが、そこいらじゅうずっ……と広がっておりまして、その合間合間に、いるわいるわ、足のない幽霊たちがうようよしております。中には新入りに向かって手を振っていたりするのもいたりなんかして。


 「へぇ。はぁ。まぁ。いえ、その、今後ともよろしく、なんつって」へらへらして頭下げたりなんぞしております。


 「あー、そういう挨拶は後回しでいいから。新入りはおめぇ、長老に面通さなくちゃいけないんだからよ、もたもたしてんじゃねぇよ。こっち、ついてきな」


 かくして、古株の幽霊が新入りの幽霊を連れてロウソクの間を進んでまいります。幽霊足がありゃしませんからてくてくとはまいりません、すぅっと進んでまいります。


 「それからなぁ、今後夜になったら化けて出る当番、シフトでローテーションだからな。おまえも含めて決め直さなけりゃ」


 「長老? 当番? なんすかココそんなに幽霊がいっぱいいるんスか?」


 「樹齢四〇〇年てぇからな。もう数え切れねぇほどいるぞ」


 「どんな人が長老なんですかね?」


 「それはな、つまりだ、おまえの死体なんかはさくさくケーサツだのキューキューシャだのがはこんぢまって、この木の近所にゃねぇだろ。長老になれるのはこの木の下に死体が埋まっている人、ちゅうワケだ」


 「はぁ、なるほど。……つかぬことお伺いしますが、あなた様はいかようにお亡くなりになられましたんで……」


 「オレか」


 「はぁ」


 「オレはな。食うものがなくってな。あんまりに腹が減ったんでこの木が桜餅に見えてな。腹が減って木の皮をむさぼり腹を壊しても木の幹に食らいつきそのまま悶えてクソ垂れ流して死んだ」


 「……凄惨ちゅうのかみっともないというか……」


 「焼いて墓に入れてもらえただけまだマシさね。なんでも後の世じゃあ天明の大飢饉とかいうんだってなァ」


 「そーいや自動車知ってたりシフト勤務を知ってたり、なんかその『後の世』に詳しいですねぇ」


 「おめぇの前に入ってきたヤツがな。なんでも栗鼠とか虎とかでこの木で首をくくったおっさんなんだが、まぁいろいろ話は聞いててヨォ。この木もなんだい、最近は心霊スポットだのたたりの木だのといわれて、ナウなヤングにバカウケっていうじゃねぇか」


 「幽霊になるとコトバまで化けて出るんだ……」


 「なんだかいちいち文句の多いヤツだなおめぇは。……おぅ、長老のいるトコに着いたぞ。あちらにいらっしゃるのが長老だ」


 とまぁ、すーっと進んできて到着しましたところには、ぼぉう、ぼぉぅ、ぼぉうと篝火がみっつ。篝火の下にはひとりずつ幽霊がおりました。


 右のかがり火の下に立つ幽霊は、ぼろぼろの袈裟を着て錫杖を地に突き、一心不乱にお経を唱え続ける坊主。左のかがり火の下に立つ幽霊は、白装束に高下駄履き、手にわら人形を持った若い女。真ん中のかがり火の下に立つ幽霊は、刀折れ矢尽き果て、具足も陣笠も割れ破れ、深い皺を刻んでいる老いた足軽。


 「なんか、みなさん、幽霊……ってカンジですねぇ、年期入ってますねぇ、なるほど長老らしいや。えぇと右の方はどういう方で?」


 「うむ、あの坊さんはな。旅の僧でな。この木の下で一夜の野宿としゃれこみ」


 「はぁ」


 「オオカミに食われた」


 「やな死に方ですねぇ」


 「まぁ土地の者じゃない人間が勝手にのたれ死んじゃあ埋める者もいねぇや。そのうち木の根に泥がかぶさって土の底」


 「なるほど。……左の方は?」


 「うむ、あの女はな。どういうわけか丑の刻参りをこの木でやろうなどと考えてな」


 「はぁ」


 「真冬の真夜中に毎日毎日あの薄着で来てがたがた震えながらかつぅんかつぅんと五寸釘打ってたと思いねぇ。雪なんぞ降った日にゃあ」


 「死にますね」


 「しかもその凍死体を見つけたのが呪われそうになった浮気男で。見つかったらやばいってんで即掘って埋めやがった」


 「……はぁ。なんか想像したのと違うなぁ……」


 「真ん中の方が最長老だ。ここじゃいちばん偉い人だ。粗相のないようにな」


 「さすがにあの方は、やはり戦国時代の合戦で。主君のために戦って。かなわず敗れて。この木の下まで来てうらみごとつらみごとを重ねつつ」


 「いや。逃げようとして転んだところを味方に踏まれた。人にも踏まれた。馬にも踏まれた」


 「……最低ですね」


 「最低だな」


 「……どうしてそんな人がいちばん偉い長老なんです?」


 「なんでっておめぇ、この方の場合、木の下に死体が埋められたんじゃなくて、死体の上に木が植わったんだからよ。元祖死体元祖幽霊」


 「それだけ?」


 「それだけ」


 「桜の木の下なんですから。もう少し何かドラマとか、ロマンスとか、ないもんですか」


 「死ぬのにそんなものあるか。あったってそんないい死に方だったら成仏してらぁ。ろくでもない死に方だから成仏できねぇんだ、おめぇだってそうだろうが」


 「それはそうなんですけど、しかしねぇ」


 「ねぇったらねぇんだ。カッコイイ死に方なんかあるか」


 と、これを黙って聞いていた当の長老の足軽幽霊がぼそりと言うことには。


 「……せめてここが坂道だったらよかったんじゃが」


 「はぁ。確かにここは田圃の中の一本道、ずぅっと平たい土地の真ん中ですが。坂道だったらなんとなります」


 「金持ちで、とてもツイている、幸せな人ばかりがやってくる」


 「……そのココロは」


 「桜坂なら福山です」


 おあとがよろしいようで。♪つんつくてんてん♪

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